第4話 意味を成さないオリエンテーション

「……だからね、ほんとは今回、私は召喚当番じゃなかったわけよ。でも、エイルが病んじゃって、今回無理じゃない?ってことになってね。私の当番が、繰り上がったってわけよ」


異世界に転生するという一大事が発生した以上、今後に向けてのオリエンテーションが始まるかと思いきや、なぜか自称女神の愚痴を聞かされています。


簡単に説明しますと、どうも、この世界における勇者召喚という業務は、女神の間の当番制で、今回この自称女神は本来の順番ではなかったようです。


「繰り上がるのは仕方ないとしてよ?『悪いけど、今回やってくれない?』って打診されたのが、一週間前だよ?はぁ?って感じ。そりゃ、私もそこそこ経験キャリアあるけど、普通、勇者召喚の準備って、最低1ヶ月は欲しいじゃない?ふざけるなっていうの!」


この世界の普通が分かりかねるので、何とも言いようがありません。


「エイルが途中まで、召喚の準備しかけてたみたいなんだけど、上手く引き継ぎ出来なくてね。中途半端に引き継ぐと、トラブりそうじゃない?だから、面倒だけど、一から私が準備したのよ。もう一回言うけど、一週間でだよ?ギネス載るから!」


愚痴が止まりません。


「……貴女個人の事情は、何となく分かりましたが、肝心な私のこれからについての説明がまだなのですが?」

「それな」


自称女神は、ため息をつきました。


「一週間で必死で仕上げて、いざ召喚してみたら、アンタ、10日間目覚めないし。普通、昏睡しても2日間だよ?ギネス載るから!」


またもや、ギネス更新です。


「基本、召喚した勇者が目覚めて、状況説明とか、これからのスケジュール感とか伝えるまで、当番の女神は離れちゃダメな決まりなの。だから、10日間、拘束されたんだよ、私は?予定狂いまくりよ!」


「大変申し訳ありませんでした」


納得はいきませんが、とりあえず謝罪しました。


「それで、今後のスケジュールなのですが」

「それな」


自称女神は、また、ため息をつきました。


「何だかんだで当番になったわけだし、一応最低限の説明はしようって思ってたけど、ちょっと体力気力が、さすがにキャパ越えてて……。悪いけど、マニュアル置いていくから、自習ってことでいいよね?」


……はしょるにも、程があるでしょう。


「だいたいのことは、これ読めば分かるから」


自称女神が短く「具現化マテリアライズ!」と口にすると、大理石の床に、目映い白光の渦から、突如とんでもなく分厚い書物が現れました。


「……これを全て読めと?」

「いや、全部じゃなくてもいいんじゃない?ポイントポイント押さえれば」


ですから、何もかも分からなさすぎて、ポイントが何かすら分からないのですが……?


「いくらなんでも、はしょり過ぎでしょう。もう少し丁寧なオリエンテー……」

「全っ然ダメ、気分が乗らない!とにかく、キャパオーバーだって言ってるでしょ!?」


サファイアの瞳が血走っています。


「あぁ~、もうっ、何かあったら、これで連絡して!本当に困った時だけにしてよ?寂しいからとかワケわかんない理由で、連絡してきたら、着信拒否ブロックするからね!」


イラつきながら、自称女神は、純白の衣装から、さっと小型の石板のような物を取り出すと、大理石の床に投げつけました。


「あの、待ってください……!この石板の使いか……」

「来い、神獣!」


私の声をガン無視して、自称女神が叫ぶと、数秒後、白馬のような体躯に、白鳥のような羽ばたく翼を有した生き物が、疾風のごとく翔て来ました。


「遅い!」


いや、充分すぎるほど早いでしょう。


「ちょっと、貴女!無責任すぎますよ?職務を全うしてください!」

「うるさいっ。帰って、寝る!」


血走った瞳で、銀髪を振り乱しながら、衣装が捲れることも気にせず、バイクのように神獣に跨がると、自称女神は一度も振り返ることなく、去っていきました。


「どうすんだよ……」


もはや執事の仮面も剥がれ、大理石の床に膝をつきました。その冷たさに、心が折れそうです。

元の現実世界からの、詳細一切不明の異世界に、一人放り込まれたわけです。


…………ん、一人?


柄にもなく取り乱し、もっとも大切なことを忘れていました。


「お嬢様は……どこに?」


今さら、広間を見渡しましたが、見当たりません。


「お嬢様……?」


柱の陰や、広間中歩き回りましたが、どこにもいません。……先ほどの自称女神の話の中に、お嬢様に関するような話は全くありませんでした。私に関しては、召喚するべくして召喚されたようですが、お嬢様はもしかすると、予定にはない?そもそも、お嬢様も、この異世界に来ておられるのか?お嬢様だけは、元の世界で、単なる池ポチャで、今も普通に過ごしていらっしゃるのか?


とりあえず、この広間を出て、外を探そうと、歩き始めた私でしたが。


「……あれらを持っていかなければ」


先ほど、自称女神が置いていった、分厚いマニュアル本と石板です。


「結構重いな……」


石板はスマホサイズの小型なため、スーツのポケットにしまいましたが、マニュアル本が、米一袋並みの重さです。それを小脇に抱えて、私は大広間を足早に後にしました。

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