第3話 自称女神登場
私の意識は、遠い記憶の彼方、あるいは夢の中を漂っていました。
私は今、賑やかな夏祭りの中、
「た~くさん、お店あるね!」
まだ小学一年生くらいのお嬢様は、はしゃいだ声で言いました。この頃は、現在とは違い、大変ピュアな可愛らしい女の子です。
「でも、お嬢様。私達3人だけで、このようなところに来てしまって、良かったのでしょうか?」
顔の見えない誰かが、おずおずと言いました。
「堅いこと言うなよ。大丈夫だろ、近所の祭りじゃん?ちょっと遊んで、すぐに戻ればバレないって」
お嬢様と別の意味で現在と違う、私が笑いながら言いました。私とお嬢様は7歳違いますので、この夢の中の私は、概ね中学生かと思われます。
「ねぇ、あれ買って」
お嬢様は、屋台で売られている、わたあめを指差して言いました。
すると、顔の見えない誰かが、ためらいがちに答えました。
「か、かしこまりました」
その人物は、財布を取り出すと、わたあめを買い、お嬢様に渡しました。
「わぁ~、雲みた~い」
お嬢様は、はしゃぎながら、ふわふわのわたあめをほおばります。
「美味しい~」
「良かったな、彩愛」
相変わらず、どこか浮かないような誰かをよそに、私は、小さな天使の笑顔を見て、その頭を撫でました。
しかし、その時。
「何をやっているんだ、お前達!!」
祭りの華やかな雰囲気とは似つかわしくない、怒声が響き渡りました。声の方を振り返ると、スーツ姿の三人組が、私達に向かって足早に近づいてきます。
中央の険しい顔の人物が、お嬢様や私には目もくれず、顔の見えない誰かの前に立ちはだかりました。
「お前がついていながら、何たる失態だ!!」
そう言うなり、顔の見えない誰かの頬を力任せに平手打ちしたのです。
「……っ。申し訳ありません……」
すると、そのやりとりを見ていた、お嬢様が、怖さからか大声で泣き出しました。
「うわぁぁ~~~~ん!!」
せっかく買ってもらった、ふわふわのわたあめが地面に落ちました。
顔の見えない誰かは、叩かれ腫れ上がった頬に片手を当て、うつ向き、小さなお嬢様の泣き声は、いつまでも、いつまでも、止むことはありませんでした……。
「……やっと目が覚めた」
懐かしい夢から、ふと目覚めると、私は見たこともない広場のような場所で横たわっていました。背中がひんやりと冷たいです。この感触は、大理石か何かのようですね。視線の先にある天井には、どこか古代神話を思わせるような壮大な絵が描かれています。
そして……。
視線を少しずらしますと、横たわる私の上半身に被さるように、目を見張るような美女の顔のドアップがありました。
長い睫毛、サファイアを思わせる青い瞳、
その絶世の美女の人差し指が、私の頬を小刻みにつついておりました。
美女は、昔美術の教科書に載っていた、ギリシャ神話に出てくる衣装のような物を纏っています。
見たことのない大広間に横になり、神話美女に、体が触れそうな至近距離で、頬をツンツンされている……。
「ここは、どこかのコスプレ会場でしょうか?」
「……アンタ、転生するなり、何言ってんの?」
サファイアの瞳が翳り、強い侮蔑を滲ませました。
「はぁ……ま、とりあえず起きて良かったわ。あんまり、起きないから、まさか転生する瞬間に、間違って、死んじゃったのかなとかね」
今置かれた事態が、全く掴みかねますが、死ななくて本当に良かったです。
「気になって仕方なかったけど、極力、転生者に手を加えちゃダメって規則があるしさ。だから、頬をつつくのが精一杯でね」
一体、どれだけの時間を私の頬は、ツンツンされていたのでしょうか?
私は体を起こし、立ち上がりました。周囲を見渡すと、天井と同様に、広間を囲む壁面にも、見事な絵画が描かれています。外国の遺跡で見るような太い柱が、天井と床を繋いでいました。
「もう分かってると思うけど、貴方、この世界に転生したから」
「……」
何一つ分かっていないのに、無理矢理分かったことにされています。
「全く現状を掴みかねますが……異世界ということは、今までいた世界とは違う世界ということでしょうか?」
「そうそう」
「転生とは、生まれ変わったというようなことでしょうか?」
「そ~そう」
面倒臭さを包み隠さない相槌です。
「で、貴方は一応、勇者って立ち位置だから。この世界をガンガン救ってね!」
言葉の意味合いそのままに解釈するなら、相当壮大なストーリーのはずなのに、ドライがすぎる口ぶりです。
「いきなり、一方的にそのように言われましても……私は、ただの執事ですので」
「回りくどい、しゃべりね。何か、こうパッと見『勇者』って感じがしないわねぇ。イケメンは、イケメンなんだけど……」
「あの……私のことばかり言われておりますが、貴女は一体?」
「あぁ、ごめん、ごめん。私的には、これ何十回とやってることだから、つい、はしょっちゃって。私は女神よ。見たままだと思うけどね!」
自称女神は、親指で自分をクイッと指しました。
「まあ、美貌だけは、そのように言われても違和感がありませんね」
「『だけ』って、何?私、ディスられてるの?」
「いえ、ディスっているわけでは」
美貌は確かですが、この絡みからいって、面倒な性格であろうことは、間違いありません。
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