第2話 非日常への扉
「お嬢様。お待たせいたしました」
私は、綺麗な黄緑のずんだのあんが乗った団子をお嬢様に差し出しました。
「あいにく、こちらが最後の1本でした」
まだ、他にも残っていると知ったなら「柿崎、買い占めてきて!」と言いかねませんので、そのように伝えました。
「うん、ありがと。これは、
そう言うと、お嬢様は団子を池の方にかざして、スマホで、カシャリと写真を撮りました。おそらくエンスタにあげるものと思われます。「花より団子」のお嬢様であっても、やはり映える物は少しでも多く、エンスタにあげたいと思うものなのでしょう。
「頂きます。……う~ん、美味しい。ずんだ尊い!」
作り手ではなく、
「まだ5本くらい全然いけるけど、ご飯も近いしね」
残りの団子の存在を伏せておいて、正解です。
「何か、あの二人いい感じじゃない?」
高く弾んだ声に視線を向けると、同じく公園内を散歩中の、制服を着た、お嬢様と同年代であろう女性グループが、私達をちら見しています。
「あの女の子めちゃ可愛くない?そんで、隣がすごいイケメンなんだけど!」
「映える~。何か、お嬢様と執事みたいな」
「まさか!漫画じゃん、それ」
その、まさかです。
私達を何度もちら見しつつ、絶え間なく、おしゃべりを続けながら、高校生グループは去っていきました。
「ねぇねぇ、今の聞いた?私、めちゃ可愛いって!」
お嬢様は満面の笑みで言ってきましたが、私がすごいイケメンと言われていたことは黙殺です。
「ソウデスネ」
「何で、棒読み……。でもさ、何にも聞いてないのに、私と柿崎が、お嬢様と下僕だって、何となく分かっちゃう感じね」
「下僕ではなく、執事です」
「ごめん、ごめん、言い間違い」
悪意のこもった、言い間違いです。
「でもさ……もっと違う風に見えたりとかは、しないのかなぁ……?」
「違う風、とは?」
「……だからぁ」
竹を叩き割るようなことしかなさらないお嬢様が、珍しく歯切れが悪いご様子。
「その、あれだよ、あれ……例えば。例えばだよ?」
「はい」
もごもごした後、小さく掠れるような声で、お嬢様は言いました。
「だからさ……恋人、とか?」
うつ向きがちなので、ちゃんと顔は見えませんが、心なしか、頬が赤らんでいるように見えます。
「つまり、男女の……ということですか」
「ちょ……言い方っ。生々しいよ」
さらに赤みが増したようでした。
思ってもみない発想でした。私達を見て、男女の仲だと思わないのか、と。
「……」
お嬢様は黙ってしまいました。
しかし、この手の沈黙は、何かしらの反応を求める際の沈黙と受け取れます。一体、私にどのような回答を求めているのでしょうか?
冷静に第三者的な目線で考えますと。スーツ姿の20代半ばの男と、明らかなJK……。その二人の関係性とは……。
「それは、青少年保護育成条例が黙っていないでしょうね……」
「……は?何、ソレ。つまんな!柿崎のバカっ」
お嬢様は、今度は怒りに顔を赤くし、私を睨みました。その視線を右から左へ流して、申し上げました。
「さあ、お嬢様。日暮れ時ですし、少し散策しましたら、家に戻りましょう」
「やーだ。そう言えばさ、今晩はサーロインステーキだったわよね?10枚食べてやるわ!」
「シェフをいたぶるのは、お止めください」
「映える写真もっと撮るまで、帰らないもんっ」
そう言うと、お嬢様は、私から離れたところで、池の柵の切れ目をくぐり抜け、より池の水面に近づいてスマホをかざします。
「そんなに身を乗り出して……」
ため息をつきながら、周りを見ますと、夕方時の散策を楽しむ方々が、より増えてきていて、お嬢様をちらちらご覧になられています。
タイミング悪く、夕暮れ時の風が吹いて、シフォンのカーディガンがはためき、あの忌まわしい文字が、見え隠れしだしました。
「お嬢様!」
せっかく隠した意味がない!
「あの仲良しカルガモ親子を撮るのよっ。もうちょい近く……もうちょい……きゃっ!!」
「危ない、お嬢様!!」
一般市民に、あのTシャツが、さらされる!!
執事としての使命感に突き動かされ、お嬢様に全速力で駆け寄りました。
そして、前のめりにぐらついたお嬢様の体勢を整えようと両腕を伸ばしましたが……力及ばず。
ザッバ………………………ァァンッ!!!
水泳ジャンプ並みの水飛沫を上げて、私達は深い池の中へと落ちていきました……。
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