第27話 後編 帝国の使者

 数時間後、帝国の使者が、王宮に訪れた。


「ほう。ここが王宮か」


 豪奢な服に身を包んだ男が、馬車から降りて、王宮を見上げていた。


「我ら帝都の王宮と比べたら、そこまではないな」

「そうですな。さすがは王子様は慧眼に優れておられる」


 隣にいた大臣の男が、ごますりを言って、王子の機嫌をとっていた。


 この王子の名は、カルロス・チャベロスキーという。歳は二十五。茶髪で、耳にピアスをしている。かなりの傲慢で、女ぐせが悪く、しょっちゅう、女をつれ回している。今日も観光という目的で、数人の女を連れてきていた。


「王子とそのご一行の皆様、よく王宮にお越しくださいました。この私が、王宮の間までご案内します」


 執事服を着た白髪の爺さんが、王子と大臣に頭を下げて言った。


「おう、そうか。頼むぞ」

「はい。ではこちらへどうぞ」


 カルロス王子と大臣は、執事の後についていく。カルロス王子の周りには、豪奢な服に身を包んだ五人の女がいた。全部、カルロス王子の女である。ほとんどが金目的で、カルロス王子を愛している者は一人もいなかった。


「お、いい女、発見」


 カルロス王子は、通路を歩いていたメイドに、ベロっと舌舐めずりした。


「今夜は楽しみだ」


 カルロス王子が、そう言うと、周りにいた女達が、「私も可愛がってよ」と文句を言っていた。


「わかってるよ。ベッドの上で、思う存分可愛がってやるよ」


 そう言うと、カルロス王子は、両隣にいた女の胸を両手で揉んだ。


「もう、エッチなんだから」

「ねぇねぇ、私、バックが欲しいんだけど」

「私も私も」


 周りの女達が、カルロス王子におねだりを始めた。


「しょうがねぇな、お前らは。よぉし、俺が、全部買ってやるよ」

「やったー! さすがは私達のカルロス王子様!」


 カルロス王子の両頬に、女達がキスをする。周りの女達におだてられ、超ご機嫌モードのカルロス王子。前を歩く執事の足が美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前で止まる。扉の両サイドにいた直立不動の兵士二人が、高らかに大声で告げた。


「カルロス王子がお着きになりました!」


 中の返事を待たず、扉を開け放った。カルロス王子は、女を伴いながら、悠然と扉をくぐった。カルロス王子と大臣は、レッドカーペットの上を歩き、玉座の前で、止まる。玉座には、サルワ王が、満面の笑みで、カルロス王子を見ていた。玉座の横にはセバス教皇が立っていた。その隣にはルルペチカ王妃、その更に隣にはリリーナ王女、ランドルフ王子が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に軍部関係の者達と、右側には大貴族達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。


「よく来られたな。カルロス王子と大臣どの」


 大臣が、王に会釈した。


「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします」

「して、こたびの用の赴きは?」

「はい。魔族との戦いに備えて同盟関係の強化をしたいと思いまして」

「ふむ。強化か。確かにこちらとしても、同盟の強化は望むところだ」

「ご理解頂き光栄です」

「して、同盟の強化とは具体的にどうやるのだ?」

「はい。そちらにおられるリリーナ王女とこちらのカルロス王子との婚姻というのはどうでしょうか?」

「ほう。それはすばらしい妙案じゃ。どうじゃ、リリーナ?」


 サルワ王が、突然のことに、動揺しているリリーナの方を見て、尋ねた。


「おう、そこにおられるのがリリーナ王女か。実に美しい」


 カルロス王子が、困惑しているリリーナ王女を、下品な目付きで値踏みしていた。


「リリーナよ。こちらのカルロス王子は、実に誠実な方と聞いた。夫とするにはもったいないお方だぞ」

「は、はい」


 リリーナは、周りの女性達とカルロス王子の下品な目を見て、嫌そうな顔で頷く。


「実にめでたい。今宵は、リリーナとカルロス王子の婚姻の前祝いとしよう。宴じゃ!」

「よいですな。これからも我が帝国と王国の繁栄に栄光あれ!はっはっは!」


 カルロス王子は、高らかに笑った。


「そうそう。忘れるとこじゃった」

「なにか?」


 サルワ王の言葉に、大臣が、目を向けた。


「渡部真という者が、国王暗殺を企んだとして、指名手配されているのは知っておろう?」

「ええ。まぁ」

「もし、帝国にいた場合、捕らえて欲しいのじゃ」

「それはもう」


 帝国の大臣が、ニヤッと頷く。


「ご安心下さい。義父上。この私が、その渡部とかいう謀反人を捕らえて八つ裂きにしてやりますよ」

「おお、もう義父と呼んでくれるのか。なんと頼もしいことか。愉快、愉快!」


 そばで聞いていたリリーナは、真のことを悪く言われ、不快な表情をしていた。


「して、勇者様はどこに? 一度、ご挨拶をと思ったのですが」


 帝国の大臣は、勇者が見当たらないことに、怪訝な顔をした。


「そう言えば、おらぬな。顔を見せぬとは、帝国の方々に失礼だろうに。おい、勇者はどこにおるのだ?」


 サルワ王が、そばに控えていた兵士に勇の所在を尋ねた。


「数時間前、訓練場へと入っていくのを見ました」


 兵士の言葉を耳にしたカルロス王子が、サルワ王に進言した。


「義父上、ちょうどいい。この私の実力をお見せしましょう」

「ほう。それはどういう意味か?」

「勇者と戦い、私の実力をご覧にいれたいと思いまして」

「ふむ。面白い。よかろう」

「ありがとうございます」


 カルロス王子は、ニヤリと自信満々といった感じだった。


 一同は、訓練場へと足を運んだ。勇は、孝太と組手をしていた。勇と孝太は、サルワ王達の存在に気づき、組手をやめる。


「サルワ王。どうしたのです? そんなに人を引き連れてこんな場所まで」


 勇の疑問に、サルワ王は、カルロス王子を紹介する。


「こちらは、帝国の第一王子、カルロス王子じゃ。そちの実力を試したいそうじゃ」

「はあ」

「お前が勇者とやらか。俺はカルロス王子だ。よろしくな」

「俺は古野勇だ」


 勇とカルロス王子は、かたい握手をした。その際、勇の耳元でささやく。


「手加減して勝たせてくれたら、いい女紹介するから」


 そう耳元でささやき、カルロス王子は、離れる。勇は、少々不機嫌顔になる。サルワ王達は、勇とカルロス王子を残して、観客席に移動する。観客席から、カルロス王子の女達が、キャーキャーと声援を送っている。


 勇とカルロス王子は、手に木剣を持ち、五メートル程離れた位置に立っている。勇は、カルロス王子を見据える。一見すると、 まったく強そうに見えない。


 木剣をだらんと無造作にぶら下げており、構えらしい構えもとっていなかった。


 勇は、ふざけた奴と思い、些か怒りを抱く。八百長などできないと勇は、全力で叩き潰すと決意した。


「いきます!」


 勇が風となる。〝縮地〟により高速で踏み込むと豪風を伴って、木剣を振り下ろした。


 バキィッ!!


「ガフッ!?」


 カルロス王子は、頭の上から木剣をまともにくらい、頭をおさえ、しゃがみこんだ。


「て、てめぇ。よくも。親父にもぶたれたことないのに」


 カルロス王子は、わなわなと震える。


「ぶっ殺す!」


 そう叫び、勇に、がむしゃらに木剣を振り回す。勇は、危なげなくことごとくかわす。


「やれやれ。腰が入ってませんよ!」


 勇は、再び踏み込んだ。


「ぐぉー!?」


 勇の木剣の先端が、カルロス王子の腹にめり込む。カルロス王子は、両膝をつき、腹をおさえ、身もだえる。声援を送っていた女達が、シーンっと静まり返る。


「もう終わりですか?」

「貴様、よくも恥をかかせてくれたな。許さんぞ。決して許さんぞ」

「それくらいでよかろう。カルロス王子は本調子でなかったようだしな」


 サルワ王が、これ以上、カルロス王子の評価を落とすのはまずいと感じ、終了を促した。


「くっ! お義父上、私はまだやれます! 今までは小手調べで。これから本気を!」


 大条際の悪いカルロス王子が、見苦しく言い訳を連ねた。


「はは。わかってるとも。今日はもうお疲れでしょう。このへんで」


 サルワ王は、笑いを浮かべ、隣の兵士に命令した。


「おい。カルロス王子はお疲れのようだ。お部屋に案内してさしあげろ」

「はっ!」

「くっ! おい、お前。今日はひいてやるが、次はないと思え!」


 カルロス王子は、勇に捨てセリフを述べ、女達に介抱されながら、去っていった。


 勇の元に、孝太がやって来る。


「容赦ねぇな。お前も」

「俺は勝負ごとには手を抜かない主義だ」

「そうかい。腹がへったし、なんか食いに行こうぜ」

「ああ」


 勇と孝太は、訓練場をあとにした。


 カルロス王子は、女達を連れ、むしゃくしゃと通路を歩いていた。


「くそ。あのくされ勇者。覚えてろ」


 ちょうど、雫がそこに通りかかる。カルロス王子は、雫に見とれ、思わず声をかける。


「おい」

「はい?」


 雫は、いきなり知らない男に声をかけられ、びっくりする。


「今夜、俺の部屋に来いよ。可愛がってやるぞ」

「結構です」


 そう言い、雫は、通りすぎようとしたが、カルロス王子が、雫の手を掴む。


「いいから来いよ!」


 バシッ!


「ぐはっ!?」


 カルロス王子の強引さに切れた雫が、カルロス王子の腕をつかみ投げ飛ばした。床に腰を打ち付けるカルロス王子。


「失礼」


 そう言い、雫は、歩き去っていった。悲鳴をあげた女達が、カルロス王子を引っ張り起こしていた。


「なんなの、あの無礼な男は」


 雫は、カルロス王子とは知らずに投げ飛ばしていた。



 その頃、ミネルカは、エミリカの捕らわれている金山を目指して、草原付近を歩いていた。


 すると、冒険者の男らが、ミネルカに声をかけてくる。


「よう、姉えちゃん。一人でこの辺をうろつくのは危険だぜ?」

「結構よ。邪魔だからそこ退いて」


 冒険者の男一号が、ニヤリと笑う。


「ほほう。中々の気の強い女だ。気に入ったぜ。お前、俺らのパーティーに入れよ」

「はぁ。うざ」

「あん? 何だって?」


 冒険者の男一号が、不快感を露にしているミネルカをギロリと睨む。


「聞こえなかったの? ウザイって言ったのよ。この唐変木」

「何だとぉ!」


 冒険者の男一号は、頭から湯気を出して、怒り狂う。


「あぁ、もう。うっさいわね」

「このアマ! もう許さねぇ! ぶっ殺す!」


 冒険者の男一号が、ミネルカに拳を降り下ろした。


「ふん!」


 ミネルカは、冒険者の男一号の太腕を掴み取り、遠くへとぶん投げた。


「ぐぉおおおおお!?」


 冒険者の男一号の悲鳴が、空中にこだまし、そのまま数メートル先の地面に頭から突っ込んだ。頭を地面に埋めて、ピクリとも動かない冒険者の男一号。


「さぁ、邪魔よ」


 ミネルカは、唖然としている仲間の男どもを押し退けて、その場をあとにした。



 金山の頂上にて、ミネルカがやって来るのを待っていたネルソンと五人ばかりのいかつい護衛の男達。


 豪奢な椅子に腰かけていたネルソンが、両隣に立って控えていた護衛の男らにイライラと叫ぶ。


「おい、あのバカどもはまだ来んのかっ!」

「はあ、そのようで」

「全く、小娘とガキを連れ去るのになに手こずってやがるっ! あの体力しかない能無しどもがっ!」


 苛立つネルソンは、性奴隷の女性二人に着けた首輪のリードを引っ張り、足元に引き寄せた。


「おい。四つん這い状態になり、俺に『ご主人様、私にお仕置きをして下さい』と言え」

「は、はい」


 性奴隷の二人は、ネルソンに従うしかなくコクリと頷いた。


 ネルソンは、ニヤリと笑い、性奴隷の言葉を待つ。


 と、そこにエミリカを担いだ用心棒の男が、荒い息を吐きながらやって来た。


 それを見たネルソンが、用心棒の男に声を張り上げる。


「おい、遅いぞ! なにを手間取っていた!」

「ちっ、うるせぇな! この通りエミリカを捕らえてきたんだからいいだろ!」


 用心棒の男は、そう言い、エミリカを肩から降ろし、ネルソンの前に差し出した。


 ネルソンは、じっと気絶していたエミリカを見つめる。ベロっと舌を出して、唇を舐め回す。


「ククク。よく見ると、母親に似て実にいい女だ」


 エミリカのアザだらけの顔がまた一段とネルソンのS性欲を刺激したようだ。


「あの時は、こいつの父親に妨害されて失敗したからなぁ。だが、今回、邪魔する者はいないはずだ」


 ネルソンは、用心棒に尋ねる。


「おい、そう言えばガキはどうした?」


 用心棒の男は、冷や汗を流して、答える。


「現在、数人の部下達がガキを追っております」

「ちっ、逃げられたのか。使えん奴等だ」


 ネルソンは、舌打ちし、不機嫌そうな表情を浮かべる。


「もういい。私はガキが来るまでの間、しばらくこのエミリカで楽しむから、お前達はここで反省でもしてろ」


 ネルソンは、そう言い、椅子から立ち上がり、エミリカを両手で抱えて、後方にある木の家(ネルソンの建てた屋敷)へと歩いていった。


「ククク。いい女に育ったようだぜ、ステラ」


 ネルソンは、下卑た笑いを浮かべながら家へと入っていき、豪華な寝室へと向かう。


 寝室には、十人ぐらい寝れるようなばかでかい天蓋つきベッドがあり、ネルソンの性欲を満たすのに役立っていた。


 ネルソンは、エミリカをベッドに寝かせて、自分の豪奢な服を脱ぎ出す。加齢臭漂う生の肉体が露になっていく。


 と、その凄まじい加齢臭にエミリカの顔が歪み、うなされる。


「なに?」


 エミリカは、うっすらと目を開ける。


「!?」


 ネルソンの素っ裸を見たエミリカは、顔を赤面させる。


「おっ、ようやくお目覚めか。眠り姫」


 エミリカは、手で目を覆い隠し、叫ぶ。


「ち、ちょっと、何をしてるんですかっ!」

「何って。これから君の体を使い、この高鳴った性欲を満たすのさ」


 ネルソンは、ニヤニヤとそう言い、ベッドに寝そべっていたエミリカに忍び寄る。


 エミリカは、ネルソンのニヤけた顔に悪寒が走り、思わず悲鳴を上げた。


「いやぁああああ! こっちに来ないでぇ!」


 ネルソンは、ベッドから逃げ出そうとするエミリカの足を掴み、叫ぶ。


「おじさんからは逃げれないぞ! 観念して裸になれぇ!」

「いやぁああああ! 離してぇえええ!」


 エミリカは、ヤケクソ気味に掴まれていない左足で、ネルソンの顔面を思いっきりぶっ叩いた。


 鼻血を噴き出したネルソンが、たまらずエミリカの足を離して怒鳴る。


「何をするんだっ! 痛いじゃないかぁ!」


 エミリカは、ベッドから出て、扉に向かって駆け出す。


「この女っ! もう許さん! 薬浸けにして、従順な性奴隷にしてやる!」


 ネルソンは、怒り狂い、素っ裸のまま、エミリカを追いかける。


 エミリカは、扉を開けて、廊下へと飛び出る。


 後ろを振り向くと、素っ裸のネルソンが、アソコをブラブラさせながら迫っていた。


「ひぃ!?」


 エミリカは、恐怖を感じて、無我夢中で外の扉へと走り出す。


 あの男に捕まったら何をされるの?と思うと、全身から怖気が走るエミリカ。


「くそっ、待ちやがれ! お前もワシから逃げるのかぁ!」


 ネルソンの叫ぶ声が、エミリカのすぐ後ろから聞こえてきた。


「もういやぁああああ!」


 エミリカは涙目になりながら扉にたどり着いた。急いで鍵を開けて、外に出るエミリカ。


 外にいたいかつい護衛らが、ネルソンの叫ぶ声を耳にして、屋敷の方に視線を向ける。


 視界に写ったのは、裸のおっさんが、十七歳の生娘を追い回すという構図だった。


「あの人、何をやってんだ?」

「さぁ?」


 いかつい護衛らは、揃って唖然とした表情を浮かべる。


「いやぁああああ!」


 エミリカが、悲鳴を上げながら森の方へと駆け込んでいく。


「待ちやがれぇ! この小娘がっ!」


 ネルソンは、エミリカを追って、森の中へと入っていった。


 いかつい護衛らは、お互いの視線を見て、コクリと頷き、用心棒の男の方を見やり、指示をあおぐ。


「あの、ネルソンさん、森の中へと入って行きましたけど。どうします?」


 木陰に寄りかかっていた用心棒の男は、面倒くさそうに呟く。


「ほっとけよ。ネルソンさんのお楽しみの一つ〝嫌がる美女追っかけ回し〟なんだから。邪魔すると、あとでドヤされんぞ。お前ら」

「はあ」


 いかつい護衛らは、ネルソンの趣味嗜好を理解できずにいたのだった。


 森の中では、ネルソンの〝嫌がる美女追っかけ回し〟が、絶賛進行中であった。


 エミリカは、息を殺して、木陰に隠れる。


 ネルソンは、キョロキョロと辺りを見回しながら叫ぶ。


「オラァ! 俺のビッグマグナムがうずいているだろうがっ! 早くやらせろぉ!」


 エミリカは、ネルソンの叫び声を耳にして、ゾッと寒気が全身を走る。


「もう嫌だ。なんなのあの変態は」


 エミリカの精神は、もはや限界に近づいていた。早くあの変態ネルソンから遠ざけないと、ビックマグマムの餌食になるだろう。


「そうか。出てこないか。なら出てきたくなるような話をしてやろうか?」

「?」


 エミリカは、ネルソンの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべる。


「いいか、よく聞け。お前の母親は、鉱山事故で死んだわけじゃない。俺が殺したんだ」

「!?」


 エミリカは、ネルソンの衝撃的事実を聞いて、驚いた。


「ククク。俺はお前の母親に恋していてな。あの日、ステラを自分の物にしようと金山の頂上に呼び出したんだ。来なければ幼いお前を殺すと脅してな。そして、来るには来たんだが、お前の親父までついて来やがったんだ。まいったよ。それで、俺に二度とステラに近づくなと言われちゃってさ。つい、カッとなって、茂みに忍ばせていた護衛に『この男を殺せ!』と叫んだんだが、ステラの奴がお前の親父を庇って死にやがった。それで激昂したお前の親父が、俺を斬りつけやがった。その時の傷がこれだ」


 ネルソンは、腕につけられた古傷を掲げて、隠れているエミリカに見せた。


「まぁ、その後、お前の親父は、俺の護衛らになぶり殺されたんだがな。あっはっはっは!」


 と、エミリカが、怒りに満ちた表情で、木の陰から出てきて、ネルソンの前に現れる。


 ネルソンが、ニタッと笑う。


「おっ、ようやく観念しやがったか」

「母さんは最後になんて言ってた?」


 エミリカの問いかけに、ネルソンは、嘲笑うように言った。


「『先に逝ってごめん。エミリカの事を頼む』とお前のクソ親父に言ってくたばってたぜ。バカな女だ。素直に俺の性奴隷になってれば死なずにすんだのによぉ」


 ネルソンの悪ぶれのない言い草に、エミリカはぶちキレる。


「絶対に許さないから」

「あん? 何だって? 聞こえないぞ?」


 ネルソンは、手を耳元に当てて、エミリカを挑発した。


 エミリカは、激昂し、ネルソンを殺意の目つきで、言い放った。


「絶対に許さない! 父さんとお母さんを殺したお前だけは!」

「そうかよ。だがな。小娘ごときに殺られる俺じゃねぇぞ」


 ネルソンは、そう言い、拳を構えた。


「ほりゃぁああああああああ!!」


 ネルソンが、腰を低くして咆哮を上げる。


 エミリカは、ネルソンの咆哮にビクッとし、注視した。


 すると、ネルソンの体全体から闘気が溢れ出てくる。


「あっはっはっは! この凄まじい闘気、どうだぁ! まだまだ若い者には負けんぞぉ!」


 エミリカは、ネルソンの聳え立つ山を見て、思わず赤面した。


「こ、この変態オヤジが。私が、母さんと父さんの無念を晴らしてやる!」


 エミリカは、そう言い、懐から小さなホウキの形をしたキーホルダーを取り出した。


 それを見たネルソンが、エミリカを嘲笑う。


「あっはっはっは! なんだそれは! そんなもんでワシを倒せるとでも思ったのかっ!」


 エミリカは、ネルソンをギロリと睨み、叫ぶ。


「我が魔女武器、目覚めよ!」


 エミリカの言葉に呼応し、ホウキのキーホルダーが、ピカッと光り、エミリカの身長と同じくらいの高さまでデカクなる。


 エミリカは、ホウキをクルクルと回し、ネルソンに突きつけて叫ぶ。


「覚悟なさい! ネルソン!」


 ネルソンは、舐めきった表情で、エミリカを言った。


「ふん! そんなホウキごときでワシの拳を止められるもんなら止めてみろや!」


 ネルソンは、拳を振り上げながらエミリカに猛然と突っ込んでいく。


 エミリカは、毅然とホウキを構えて、迫るネルソンを迎え撃つ。


「ほりゃぁああああ!」


 ネルソンの右拳による突きが、エミリカの喉元を狙う。


「はぁああああ!」


 エミリカのホウキが、素早くネルソンの突きをバシッと弾く。


「なんだとっ!?」


 エミリカは、すかさず、ネルソンの腹にホウキを向けて叫ぶ。


「凍てつけ!〝氷の突風〟!」


 凄まじい氷の吹雪が、ネルソンに吹いて、後方に吹き飛ばした。


「ぎぉおおおおおお!?」


 ネルソンが、悲鳴を上げながらコロコロと地面を転がっていく。


 ズゴンッ!


 木の根元にぶつかり、ようやく止まるネルソン。下半身が僅かに凍りついていた。


「こ、このクソが。なんだ、そのヘンテコなホウキは?」


 ネルソンが、地面に這いつくばった状態で、エミリカにそう問いかけた。


 エミリカは、ホウキをじっと見やり、説明をしてやった。


「これは、我が家系に代々伝わる魔女武器、〝ニブルヘイム〟」


 ネルソンは、闘気で凍りついた足の氷をバリバリと割り、立ち上がる。


「何がニブルヘイムだ! そんな武器、ワシがこの拳で粉砕してくれる!」


 ネルソンは、そう言い、エミリカに再び突っ込んでいく。


「何度来ても無駄よ。凍てつけ!〝氷の突風〟!」


 エミリカのホウキから氷の吹雪が、飛び出し、ネルソンに襲いかかる。


「ワシの闘気で氷なんぞ溶かしてやる!」


 ネルソンの全身から闘気が溢れ出して、氷を寄せ付けずに、エミリカの間合いに踏み込むことに成功する。


「喰らうがいい! 我が奥義、〝正拳突き〟だ!」


 ネルソンの闘気を纏った右拳が、強烈な旋風を伴って、エミリカへと放たれる。


 バリバリ!


 エミリカの胸の骨が粉砕された音ではなく、氷の壁にヒビが入る音だった。氷の壁は、ガラガラと崩れ落ちていく。


「なぜ、だ? なぜ、氷の壁が?」


 呆然と呟くネルソン。


 高さ二メートル程の氷の壁がいきなりエミリカの眼前に現れて、ネルソンの正拳突きを防いだのだ。もし、氷の壁がなかったら、エミリカの体は粉砕されていたであろう。


 エミリカもこの現象に理解できていないようだった。


 と、森の方から女性の声が聞こえてきた。


「エミリカ、今よ!」


 エミリカは、ハッと我に返り、呆然としているネルソンに、ホウキを向けた。


「凍てつけ!〝氷の突風〟!」


 ネルソンは、氷の突風を受けて、数メートルほど吹き飛ばされていく。全身を凍り漬けにされたネルソン。もはや戦闘不能だろう。


「はぁ、はぁ」


 エミリカは、肩で荒い息を吐く。


 と、森の中からミネルカが現れて、エミリカに歩み寄る。


「凄いじゃない。ネルソンを単独で倒すなんて」

「いえ、このホウキのお陰です」


 ミネルカは、エミリカの持っているホウキを興味深げにじっと見つめる。


「面白い武器ね。それ」

「私の家に代々受け継がれてきた物らしいです。サテラ母さんが、残してくれた忘れ形見です」

「そう」


 エミリカは、疑問に思っていた事を尋ねる。


「あの時の氷の壁って、ミネルカさんが?」

「いえ、違うわ」

「そうなんですか? じゃあ、一体?」


 疑問に思っているエミリカに、ミネルカは、言葉をかける。


「ネルソンの部下がまだいるわ。手伝ってくれる?」

「はい!」


 エミリカは、自分の顔を殴ってくれた奴等に仕返しするチャンスを得て、大きく頷いた。


 ネルソンが倒されたとも知らず、護衛の男らは、地面に寝そべってくつろいでいた。


「ふわぁ。暇だね」

「全くだ。こう暇だと眠くなっちまう」


 護衛一号が、ふと隅の方で怯えている性奴隷一号、二号を見やる。


 性奴隷二人は、護衛一号のエロい視線にビクッと震えた。


 護衛一号は、あくびして眠たそうな護衛二号に声をかける。


「おい、ネルソンさんしばらく戻らないだろうし、あの性奴隷で遊ばないか?」

「えっ、いいのか?」

「なにがだよ?」

「だって、あれネルソンの性奴隷だろ?勝手に手をつけたら怒られないか?」

「性奴隷を一発殴って口止めしておけばバレないって」

「そうだな」


 護衛一号と二号は、チラッと用心棒の男の方を見やる。樹木の根元を背に寝ていた。


「よし、邪魔者はいない。行くぞ、兄弟」

「おうよ」


 護衛一号と二号は、起き上がり、性奴隷二人へと足を進める。


 性奴隷二人は、下卑た笑いを浮かべて近づいてくる護衛一号、二号の二人を見て、あとじさる。


 護衛一号と二号は、性奴隷二人の前まで歩み寄ると、首輪のリードを手に持ち、引き寄せた。苦悶の表情を浮かべる性奴隷の二人。


「さぁ、俺達といいことしようぜ」


 と、そこに威勢のいい声がこだまする。


「そこまでよ! この女の敵ども!」


 エミリカが、颯爽とニブルヘイムを手に森から出てくる。その後ろに見覚えのある女盗賊ミネルカもいた。


 護衛一号と二号は、ギョッとした表情で、クルリと振り返り、エミリカとミネルカを見やる。


「なんでお前が現れる?ネルソンはどうしたんだ?」

「ネルソンなら凍りづけにされて向こうに転がってるわよ」

「なんだと!?」

「なんだって!?」


 護衛一号と二号が、信じられないという表情で、顔を見合わせる。


「さぁ、あとはあなた達だけよ!観念してお縄につきなさい!」

「くそが!捕まってたまるか!」

「こうなったらお前ら皆殺しだ!」


 護衛一号と二号は、腰の鞘から剣を抜き、エミリカへと襲いかかる。


「死ねぇ!」

「斬り殺してやる!」


 エミリカは、ニブルヘイムを向けて、叫んだ。


「凍てつけ!〝氷の突風〟!」


 ホウキから氷の突風が飛び出して、護衛一号と二号を凍りつけにしながら吹き飛ばす。


 呆気なく凍りつけにされた護衛一号と二号。


 エミリカは、敵の沈黙を確認して、性奴隷の二人に歩み寄る。


「もう大丈夫よ。安心して」


 性奴隷の二人は、互いを見やって、涙を流して、抱き合う。


「やっと解放される」

「うん。自由になれる」


 エミリカは、喜び合う元性奴隷を見て、目元にもらい泣きする。


 ミネルカが、ゆっくりとエミリカに歩み寄る。


「エミリカ、やったわね」

「はい。これでサテラお母さんも救われると思います」


 エミリカは、目元の涙を拭いながらそう言った。


 と、元性奴隷一号が、エミリカにお願いした。


「ネルソンの屋敷にはまだ私達の仲間が捕まってて! お願いします! 助けて上げて下さい!」

「私からもお願いします!」


 元性奴隷一号と二号のお願いに、エミリカとミネルカはニッコリと笑い、承諾した。


「わかったわ。この私に任せて」

「ここまで来たら最後まで付き合ってあげるわ」


 元性奴隷一号と二号は、深々と頭を下げて、お礼の言葉を述べる。


「「ありがとうございます!」」


 エミリカが、ミネルカに告げる。


「じゃあ、行きましょうか」

「ええ、戦利品も頂いたことだし」


 ミネルカは、そう言い、片に担いでいた袋の中身を見せた。中には金塊がどっさりと入っていた。どうやら、ここに来る途中、金山からたんまりと盗んだようだ。抜け目のない女盗賊、ミネルカであった。


 エミリカは、苦笑いを浮かべつつ、ミネルカと元性奴隷を連れだって下山した。



 その頃、用心棒の男は、凍り付けにされたネルソンの前にいた。


「ネルソンの旦那も情けねぇな。たかだか女一人にやられてよ」


 ネルソンの目が早く助けろと訴えているように感じた用心棒の男は、「やれやれ」と呟き、弓を構えた。ただ矢はなく弦のみだった。


 と、赤い色の光の矢が現れ、弦を引いた用心棒。


 赤い色の光矢は、凍りに突き刺さり、ボーッと燃えて、凍りを溶かしていく。


 しばらくして、凍りは完全に溶け去り、ネルソンが息を吹き返す。


 用心棒の男が、ネルソンに言葉をかける。


「旦那、大丈夫かい?」

「ああ」


 ネルソンは、コクリと頷き、ゆっくりと起き上がった。


「とにかく無事でよかったが。その服を着てくれないか?

 目が腐りそうだ」


 ネルソンは、羽帽子を深くかぶった用心棒の男を見やり、ふぅと深呼吸をした。


 用心棒の男は、慌てて耳を閉じる。


「あのメス女がっ! よくもワシを凍り付けにしよったなっ! 五倍にして返してやるわっ!」


 ネルソンの怒声が、當に響き渡った。


 用心棒の男は、耳から手を離して、指示を仰ぐ。


「で、これからどうするんだ?」

「決まってるだろ。あの小娘を追うんだよ」

「了解だ」

「よし行くぞ」


 ネルソンは、復讐心をたぎらせて、下山を開始した。


「っておい! 服を着てから下山しろ!」


 用心棒の男は、渋るネルソンにどうにか服を着せてから下山をした。



 下山し、ラカゴの町へと戻ってきたエミリカとミネルカ。後ろには元性奴隷の二人がいる。


 トボトボと歩いていると、ペトラが駆け寄ってくるのが見えた。


「お姉ちゃんー!」

「ペトラ!」


 エミリカが、駆け寄ってくるペトラを見て、思わず名前を叫んだ。ペトラが、エミリカの胸に飛び込んだ。ぐすんと泣いているペトラを優しく抱き締めるエミリカ。


「お姉ちゃん、本当に無事でよかった」

「うん。ペトラも無事でよかった」


 感動の姉妹の光景に、元性奴隷と遠目から見つめていたアンナは、うるっと涙ぐむ。


 ミネルカが、姉妹の再会に水を差すようで悪いと思いながらもエミリカに言った。


「ほら、二人とも感動の挨拶はあとで。ネルソンの屋敷に行って、この子らの仲間を助けないと」

「あっ、はい。そうでした」


 エミリカが、我に返り、ペトラを離し、地面に置いた。


「ごめんね、ペトラ。お姉ちゃん、もう一仕事あるんだ。家で待っててくれる?」

「うん!」

「いい子ね」


 エミリカは、ペトラの頭を撫でてやる。


 と、アンナが、エミリカに歩み寄ってくる。


「この子は私の所で預かっておくから。安心して」

「あなたは?」


 エミリカは、突然現れたアンナに首を傾げる。


 ペトラが、笑顔でエミリカにアンナの事を告げた


「この人は私を助けてくれたいい人だよ」

「そうなんですか。妹を助けてくれてありがとうございます」


 エミリカは、深々とアンナに頭を下げた。


「いいのよ。気にしないで。困った時はお互い様よ」

「はい」


 エミリカは、嬉しそうにアンナにコクリと頷いた。この町にも自分ら姉妹を助けてくれるいい人がいると知って嬉しいようだ。


「じゃあ、この子のこと頼みます」

「ええ、任して」


 エミリカは、ペトラの方に向く。


「このお姉さんの言うことを聞くのよ」

「うん!」


 ペトラは、元気よく頷いた。


 ミネルカが、アンナに金塊の入った白い袋を手渡す。


「なにこれ?」

「私の戦利品よ。預かっておいて」

「はあ」


 アンナは、コクリと頷いた。


 エミリカは、アンナに会釈して、ミネルカと元性奴隷の二人と共にネルソンの屋敷の方へと向かった。



 ネルソンの屋敷。門には見張りの二人が佇んでいた。物陰に潜んで屋敷を伺っているエミリカ達。エミリカが、こういうことに慣れていそうなミネルカに尋ねる。


「どうしますか?」

「そうね。ここは私に任せて」


 ミネルカは、懐から吹き矢を取り出し、口にくわえる。


 ピュー。


 ミネルカの吹き矢が、飛び出して、門番の男の首元に刺さる。


「う、うん?」


 門番の男が、突然仰向けに倒れた。もう一人の男が、叫ぶ。


「おい、どうした!」

「ぐー、ぐー」


 門番の男は、いびきをかいて寝ていた。


 ピュー。


 吹き矢が、もう一人の男の首元に刺さる。


「ぅん?」


 門番の男は、ぐったりと前のめりに倒れた。


 物陰から見つめていたミネルカが、エミリカに叫ぶ。


「さぁ、今のうちに行くわよ!」

「はい!」


 ミネルカらは屋敷の門の方へと駆け出し、突入をかける。扉を開けて、中へと侵入するミネルカ達。


 元性奴隷の二人が、ミネルカに告げる。


「仲間は二階にあるネルソンの寝室にいます!」

「よし、行くわよ!」

「はい!」


 エミリカは、大きく頷き、ミネルカらと共に二階への階段を駆け上がる。


 二階の奥の部屋の扉の前までやって来るミネルカ達。


 ミネルカが、ドアノブに手をかけも鍵がかかっており、開かない。


「ならこれで」


 ミネルカが、〝アンロック〟の魔法で開けようとするも、横合いからエミリカの足蹴りが飛び出した。


「はぁああああ!」


 ズゴン!


 エミリカの強烈な足蹴りによって、扉が吹き飛んだ。


 唖然とするミネルカと元性奴隷の二人。


「さぁ、行きましょう!」

「え、ええ」


 エミリカに促されて、ミネルカと元性奴隷の二人が、ネルソンの寝室に踏み込む。


 ネルソンの寝室の片隅に金属製の檻があった。その中には、女性三人が捕らわれていた。


 元性奴隷の二人が、檻に駆け寄る。


「助けに来たわ!今、檻から出して上げる!」


 元性奴隷が、歩み寄ってくるミネルカに視線を送った。


「ええ、任して」


 ミネルカは、懐から鍵の沢山ついた円環を取り出し、言葉を漏らす。


「さてと、鍵穴に合う鍵が早く見つかるといいんだけど」


 と、エミリカが、ミネルカの隣に歩み寄り、告げる。


「それじゃ、時間がかかっちゃいます。ここは私に」

「えっ?」


 ミネルカのいぶかしむ目を他所に、エミリカは、鉄格子に手をかけて、吠えた。


「うんりゃぁあああああ!」


 エミリカのバカ力が、鉄格子をこじ開けた。


 信じられない表情で、エミリカを見やるミネルカと元性奴隷の二人。


「さぁ、早く出て」

「あっ、はい」


 檻から女性三人が、出てくる。


 ミネルカが、エミリカらに告げる。


「もうここに用はないわ。ずらかるわよ」

「はい」


 エミリカが、コクリと頷き、出ていこうとしたその時、部屋に物音を聞きつけた護衛の男が入ってくる。


「おい、ここで何をしている!」

「そこを退きなさい!」


 エミリカの蹴りが、護衛の顔面を強打した。


「ぐふっ!?」


 護衛の男は、鼻血を噴き出し、仰向けに倒れ込んだ。


「行きましょう!」

「え、ええ」


 ミネルカは、エミリカに促されて、部屋を出ていく。


(エミリカって、結構、血の気の多いタイプのようね。あまり怒らせないようにしておこうかしら)


 ミネルカは、そう内心で呟いた。


 一階に降りたエミリカらは、出入口を飛び出して、屋敷から無事生還した。


 ミネルカが、エミリカに叫ぶ。


「取り敢えず、風ノ旅ビトに向かうわよ!」

「はい!」


 エミリカらはアンナとペトラのいる風ノ旅ビトへと走り出した。


 夕暮れ時の町をひたすら走るエミリカ達。


 ミネルカが、足を止めて、息を切らしているエミリカらに告げる。


「ここまで来れば、もう安心ね」

「はぁ、はぁ」


 エミリカらは、立ち止まって息を整える。


 ミネルカは、元性奴隷ら五人に尋ねた。


「あなた達、これからどうするの? 行くあては?」


 ミネルカの問いかけに、元性奴隷の五人は、顔を見合わせる。代表して一人が答える。


「私達は皆、レクレサスっていう小さな町の出身なんです。取り敢えず、家族も心配してるだろうし、そこへ帰ろうと思います」


 元性奴隷らは、ネルソンの手の者の人拐いにあい、無理やりここに連れて来られていた。


「レクレサスか。ここから結構、遠いわね」


 ミネルカが、そう言葉を漏らす。エミリカが、深刻そうなミネルカと元性奴隷らを見て、怪訝そうにミネルカに尋ねる。


「そこって、そんなに遠いんですか?」

「ええ、確か、レクレサスは、何とかっていう遺跡の近くだった気がするけど」


 元性奴隷が、ミネルカに答える。


「はい。遺跡の近くです」

「だとしたら、帰るの大変ね」


 ミネルカが、そう言葉を漏らしていると、元性奴隷らが、ミネルカに頭を下げる。


「あのどうか。私達をレクレサスまで連れていってもらえませんか?」

「えっ?」

「無理を申しているのは重々承知しています。けど、あなたしか頼れる人がいないんです。どうかお願いします」


 と、エミリカが、ミネルカに頼んだ。


「私からもお願いします。この人達の助けになってやってください」


 元性奴隷らの頭を下げる姿を見て、ミネルカは、ため息を吐く。


「仕方ないわね。いいわ。引き受けてあげる」


 ミネルカの言葉に、元性奴隷らは顔を見合わせて、喜び合う。


「ただし、私の指示には絶対従うこと。いいわね?」

「「「「「はい!」」」」」


 元性奴隷らは、大きく頷いた。


 エミリカが、元性奴隷らに告げる。


「皆さんよかったですね」

「はい」


 ミネルカが、エミリカらに言った。


「私、走って喉が乾いたわ。早く風ノ旅ビトに行きましょ」

「はい」


 エミリカは、コクリと頷き、先頭を歩き出したミネルカに着いていく。


 元性奴隷らも、嬉しそうな表情で、ミネルカとエミリカの後ろから歩いた。



 その頃、ネルソンと用心棒は、屋敷へと向かっていた。


「くそっ、エミリカめ。絶対に服をひんむいて凌辱してやる」


 ネルソンは、イライラと卑猥な言葉を町中で吐いていた。


 隣を歩く用心棒が、他人をふりをしていたのは、致し方ないだろう。


 しばらくして、屋敷に着いたネルソンと用心棒は、門番の二人が倒れているのを見て、驚く。


 用心棒の男が、倒れ伏している門番に駆け寄る。


「おい、なにがあった!」


 用心棒の男が、門番の男の襟首を掴み上げて、そう叫ぶ。門番の男は、目を開けて、言葉を発した。


「何者かが、屋敷に」

「なんだとっ!」


 用心棒の男が、門番の男の襟首を離して、屋敷へと駆け出す。


 ネルソンが、用心棒の慌てた用を見て、あとを追う。


 用心棒の男が、二階へと駆け上がり、ネルソンの寝室へと踏み込む。


 と、見張りの男が、床に倒れており、檻がこじ開けられているのを見る。


 ネルソンが、遅れて寝室へとやって来る。


「こ、これは!?」


 ネルソンは、空になった檻を見て、ワナワナと震えた。


 用心棒の男は、ため息まじりに言葉を漏らす。


「してやられましたな。恐らく奴等の仕業でしょうな」

「くそっ、折角の性奴隷が。そう言えば、金山に連れていっていた二人も姿が消えていたが。あやつらが」

「十中八九、そうでしょうな」


 ネルソンの両目が、ピキピキと血走る。


「よくも、よくも。私の性奴隷を。許さんぞ」


 用心棒の男は、怒りを募らせるネルソンに言った。


「宝物庫の方は大丈夫なのか?」


 ネルソンは、ハッとし、慌てて、地下にある宝物庫へと駆け出していく。


 地下へとやって来たネルソンは、宝物庫の扉を開け放って、踏み込む。大切に保管していた宝箱を開けるネルソン。中身は空っぽだった。ガックリと膝を落とし、言葉を漏らす。


「私の嘆きのルビーがない……」


 と、用心棒の男が、ガックリとうだなれているネルソンの後ろに歩み寄る。


「ふっ、盗まれている事に今頃、気づくとはな」


 ネルソンは、ギロリと用心棒の男を睨む。


「そう怖い顔をするなって。相手の目星はわかっている。すぐ取り返せれるさ」

「なに誰だ? 盗んだのは?」

「ふっ、あんたもよく知ってるミネルカだ」



 一方、その晩、ミネルカは、風ノ旅ビトの一室にて、椅子に腰かけて、盗んだ金塊を数えていた。全部で金塊百三十二個程あった。日本円にして時価四千百万円ほどだ。


 バルハザード王国の財源となるはずだった時価四千百万円程の金塊を盗み出したミネルカ。女盗賊の名は伊達ではないということだ。サルワ王が、金塊百三十二個(四千百万円)を盗まれた知ったらさぞかし怒り狂うことだろう。


 何人かの役人が、責任を取らされて、首をギロチンではねられて市中に晒されること間違いなしである。


 ミネルカは、四千百万円程の金塊を目にして、満足げな表情を浮かべる。


「これだけあれば当分、生活には困らないわね」


 超ご機嫌のミネルカは、不意に地図を取り出し、机に広げる。


「レクレサス……その近くに遺跡。宝の匂いがプンプンとするわね」


 と、扉が数回ノックされる。


「どうぞ。開いてるわよ」


 ミネルカの言葉を経て、エミリカが入ってくる。


「アンナさんが、ミネルカさんのお別れパーティーをしようって」

「そう。わかったわ」


 ミネルカは、そう頷き、椅子から立ち上がり、エミリカと共に部屋を出て、一階へと降りていく。


 ミネルカとエミリカが、一階まで降りると、アンナとペトラが、椅子に腰かけて楽しそうに会話していた。他にも元性奴隷の五人が、楽しそうに食事を取っており、賑やかな声が響く。ちなみに、他の客は閉店しておりいない。


 アンナが、ミネルカとエミリカに気づき、手を振る。


「おっ、今日の主役が来たか。さぁ、こっちに座って乾杯しよ」

「ええ」


 ミネルカは、コクリと頷き、アンナの隣に腰かける。


 アンナが、ミネルカにワインを注いでやった。


「さぁ、エミリカも」

「あっ、はい」


 アンナが、向かいの席に腰かけたエミリカにワインを注ぐ。


「ペトラちゃんは、オレンジジュースね」

「うん」


 ペトラは、大好きなオレンジジュースをグラスに注がれて嬉しそうだった。


「じゃあ、皆さん! ネルソン撃退と新たなミネルカの旅路の安寧を願って乾杯ー!」

「「「乾杯ー!」」」


 アンナらは、ゴクゴクとグラスの中身を飲み干す。


「ぷは〜、美味しい。こんな美味いワインは久々よ〜」


 アンナは、上機嫌な表情で、そう言った。


 エミリカが、つまみのイカ焼きを食べているミネルカに改めて礼を述べる。


「あの、ミネルカさん。今日は妹と共どもお世話になりました」

「いいって。そう何回も礼を言われると胸がくすぐったいわ」

「あ、はい」


 ペトラが、寂しそうな表情で、ミネルカの方を見やる。


「ミネルカお姉ちゃん。明日、旅立っちゃうんでしょ」

「ええ」

「ペトラ、寂しいな」


 ミネルカは、寂しそうにうつむくペトラに、微笑んだ。


「また暇が出来たら会いに来るわ」

「本当!」


 ペトラは、ミネルカの言葉にパァと顔を顔を輝かせる。


「ええ、約束する」

「うん、約束」


 微笑み合うミネルカとペトラ。


 と、アンナが、ミネルカにニヤニヤと尋ねる。


「ミネルカ、あなた随分と懐が大きくなったようね」

「あらなんのことかしら」


 惚けるミネルカに、アンナは、盗んだ金塊の事を喋る。


「あなたが金山で盗んだ金塊のことよ。随分とお金持ちになったんじゃないの?」

「ああ、そうね」


 ミネルカは、そう言い、くいっとワインを飲む。


 エミリカが、心配そうな表情で、言葉を発する。


「でも、盗んだことで、バルハザード王国から指名手配されないかしら?」

「大丈夫よ。私、そういう荒事に慣れてるから」


 ミネルカは、バルハザード王国から逃げおおせる自信があるようだった。


 アンナが、酔っ払った声音で、言葉を発する。


「指名手配と言えば、渡部真がそうね」

「渡部真?」


 ミネルカが、怪訝そうな表情で、アンナの話に耳を傾ける。


「ほら、サルワ王を暗殺しようとした罪で指名手配されている男よ」


 ミネルカが、壁に張られていた指名手配書を思い出し、アンナに尋ねる。


「その男がどうしかたの?」

「聞いて驚かないでよ。そいつが金山に掬うアンデッドを退治したのよ」

「えっ、そうなの?」


 ミネルカが、驚きの表情を見せた。


「そう。しかも、その男、ここ風ノ旅ビトに停まってたんだから」


 ミネルカが、顔を赤くしてワインを飲んでいるアンナを嗜める。


「アンナ、その男との繋がりをペラペラとその辺の輩に喋っちゃダメよ。バルハザード王国に密告されて牢獄行きになるから」

「わ〜てるって。ひっく」


 完全に出来上がりつつあるアンナ。


「で、ミネルカさん。もし、その渡部真に会うような事があったら伝えておいて。アンナは、元気にやってるって。あと、連れのナナシって子にも」

「はいはい。言っておくわ」


 ミネルカは、そう言い、ワインを一口飲む。


 アンナは、おもむろにミネルカに尋ねる。


「あなた、もしバルハザード兵士に追い詰められた時、金塊を返せば命だけは助けると言われた場合、全部返すの?」

「ふん。これは私の金塊よ。命を奪われようと絶対に返さないわ」


 ミネルカのこの決断に、アンナらは誇らしげな表情を浮かべた。


「さすがは天下の大泥棒、ミネルカね。尊敬するわ」

「ありがとう、アンナ」


 ミネルカは、嬉しそうに微笑んだ。


 アンナは、ワイングラスを掲げて、声高らかに叫ぶ。


「さぁ、ミネルカのこれからの将来を祈って飲むわよぉ!」


 宴は、深夜の中頃まで続いた。途中、ペトラは、眠くなり、エミリカと一緒に家へと帰っていった。


 アンナが一人酔いつぶれている横で、ミネルカは、ワインを飲み干した。


「さて、明日に備えて寝るか」


 ミネルカは、自分の泊まっている部屋へと戻っていく。


 翌朝、ミネルカは、肩に金塊の袋を担ぎ、風ノ旅ビトの出入口の前に佇んでいた。


 隣には元性奴隷の五人がいる。


 見送りに来たエミリカとペトラが、名残惜しそうにミネルカを見つめる。


 アンナが、ミネルカにお別れの言葉を述べる。


「ミネルカ、元気でやんのよ」


 エミリカが、ミネルカにお別れの言葉を述べる。


「ミネルカさん、お体を大切に」


 ペトラが、ミネルカにお別れの言葉を述べる。


「ミネルカお姉ちゃん。またね。バイバイ」


 ミネルカが、皆に笑顔で微笑んだ。


「じゃあね」


 一言だけ言って、ミネルカは、町の出入口の方へと歩き出す。


 元性奴隷の五人は、エミリカらに会釈して、ミネルカの後についていく。


 ペトラは、ミネルカに大きく手を振っていた。


 ミネルカと元性奴隷ら五人の厳しい旅路の始まりだった。


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2021年11月24日。0時00分。更新

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