第26話 前編 帝国の使者
真とナナシが、ラカゴの町を出発した頃、王宮では、兵士や文官達が、慌ただしかった。
「帝国の使者が、お着きになるまでそう時間はないぞ!」
「食事に出す材料はまだ届かないのか!」
「警備の数をもっと増やせ!」
そんな慌ただしく動く兵士と文官達を見て、勇が呟く。
「帝国の使者か。一体何しに来るんだろうな」
「さあ。観光じゃね」
興味なさそうな孝太が、鼻をほじくりながら言った。
「それより、帝国に出す料理はさぞかし豪勢なんだろうなぁ」
孝太が、よだれをたらし、お腹をさする。
「はぁ。お前は気楽でいいな。その性格、見習いたいよ」
「誉めるなよ。照れるだろ」
「誉めてない」
雑談をしていた勇と孝太の所に、第一王子のランドルフがやってくる。
「おう。お前達。伊織を見なかったか?」
「伊織ですか。伊織ならさっきメイドに異世界料理を教えてもらってたな」
「そうか」
「ところで王子様はなんだって、伊織に用があるんです?」
孝太が、ネクタイを整えているランドルフ王子に、尋ねた。
「あん? そちもにぶいのう。そんなんだからモテんのじゃ」
「俺がモテないこと、よくわかりましたね。なんせ、今までバレンタインとかもらったことありませんからね」
孝太が、自慢げに黒歴史を語った。
「バレンタイン? なんじゃそれ?」
ランドルフ王子が、バレンタインの意味が分からず、首を傾げる。
「バレンタインってのは、女の子が好きな男子にチョコを贈るというモテない男にとっての嫌なイベントの一つです」
「ほう。お主らの世界には、そんなイベントとやらがあるのか」
「ええ、まあ」
「余がもしそちらの世界に生まれていたら、そのチョコとやらを貰いまくっていただろうなぁ」
「ランドルフ王子ならそうかもしれませんが、ここにいる勇には敵いませんよ」
孝太が、興味なそうに聞いていた勇の肩を叩く。
「俺にふるなよ」
「なに言ってたんだよ。お前、女子からいくつもらったかしってんだぞ。学年全体の女子からもらってんだろ。しかも義理とはいえ、伊織と雫からももらってただろ」
「お前、今はそんなことどうでもいいだろ」
話を聞いていたランドルフ王子が、プルプルと震えていた。
「今、なんと言った?」
孝太が、プルプルと震えているランドルフ王子を見る。
「え?」
「今、なんと言ったかと聞いておるのだ!」
「学年全体の女子からもらった?」
「違う! そのあとじゃ!」
「義理とはいえ、伊織と雫からもらった?」
「そうじゃ! それじゃ! お前、伊織からチョコをもらったのか!」
ランドルフ王子が、勇を指差した。
「ええ、義理ですけど」
「ぐぬぬ。義理とはいえ、許せん!」
「許せんと言われましても」
「わしも伊織からチョコとやらをもらいたい!」
そう言い、ランドルフ王子は、床に寝そべり、手足をジタバタさせ、伊織からのチョコをねだる。周囲のメイドや文官達が、プククと笑いを堪えていた。仮にも王子なので、直に笑えないのだ。
「おい、王子様。皆、見てるぞ」
孝太が、恥ずかしそうに、周囲を気にしていた。
「欲しい! 欲しい! 伊織のチョコ!」
床に寝そべったランドルフ王子は、なおも手足をジタバタさせる。
「こりゃ、まいったぜ」
さすがの孝太もお手上げ状態だった。
「こら! ランドルフ! やめなさい! 皆、見てるわよ! みっともない!」
「姉上!?」
ランドルフ王子は、リリーナ王女の声に、ようやく、おねだりをやめた。
「ほら、立ちなさい。服が汚れるでしょう」
「はい」
ランドルフ王子は、しょぼんとし起き上がる。リリーナは、ランドルフ王子の服の汚れを手ではたく。
「もうお勉強の時間でしょ。家庭教師の先生が探してたわよ」
「そうでした。忘れてました」
「早く行きなさい」
「はい」
そう言い、ランドルフ王子は、走って行った。その背を見送りながら、リリーナはため息を吐く。
「勇さん、孝太さん。ごめんなさい。弟が迷惑をかけましたね」
リリーナはそう言い、、勇と孝太に頭を下げた。美しいストレートの金髪が、さらりと流れる。
「いえ、そんなことはありませんよ。可愛らしい坊っちゃんですね。あれは、きっと、将来、良民から慕われるいい王様になりますよ」
孝太は、リリーナの美しさに見とれて、お世辞を言った。
「そうでしょうか。わがままに育ってるから、心配で」
リリーナは、深くため息を吐く。リリーナ王女は、十四歳の才媛だ。その容姿も大変優れていて、国民にも大変人気のある金髪碧眼の美少女である。性格は真面目で温和、しかし硬すぎるということもない。tpoをわきまえつつも使用人達とも気さくに接する人当たりのよさを持っている。
勇達召喚された者にも、王女としての立場だけでなく一個人としても心を砕いてくれている。彼等を関係ない自分達の世界の問題に巻き込んでしまったと罪悪感もあるようだ。
「心配ないですって。俺もガキの頃はあれぐらいヤンチャでしたよ」
「まぁ。そうなんですか」
リリーナは、そう言うと、ふわりと微笑んだ。
「そうですよ。はっはっは!」
孝太は、美少女と話せて上機嫌だった。
「あの。渡部の捜索の方に進捗はありましたか?」
勇の突然の言葉に、リリーナは、表情が曇る。
「い、いえ。まだ捕まったという情報は届きません」
「そうですか。なんか情報がわかったら、教えて下さい」
「わかりました」
リリーナは、頷き、何処かへ去っていった。
「王女さんも、大変だな。色々と」
「そうだな」
「そう言えば、渡部を捕まえに、お前の代わりに富崎が向かったんだろ?」
「ああ」
「富崎のやつ、やり過ぎてなきゃいいけどな」
「俺、ちょっと、訓練してくる」
「おーい、もうすぐ帝国の使者が来るぞ!」
孝太の言葉に、勇は、振り向かず、訓練場へと去っていった。
「ったく。しょうがねぇな。俺もお腹をすかすために体でも動かしとくか」
そう言い、孝太も訓練場へと向かった。
「絶対に渡部より強くなってやる」
前を歩く勇は、小さく呟き、唇を噛んだ。
その頃、ペトラは、ラカゴの町を走り回って、ミネルカを探していた。
「はぁ、はぁ」
が、かれこれ数時間、探しているも見つからない。
と、後ろから四人のいかつい男らの声が聞こえてくる。
「おい、どこ行きやがった! くそガキ!」
「さっさと出てくればお尻叩きで済ませてやるぞ!」
「ほうら、飴玉やるから出ておいで!」
「おじさんが悪かった! もう痛くしないから出てきておくれ!」
ペトラは、ビクッと怯えて、側にあった〝風ノ旅ビト〟の看板の後ろに身を隠す。
と、ゾロゾロといかつい男らが、ペトラの隠れている所までやって来る。ペトラは、丸まって頭を隠す。まるで、その表情は、獲物に追い回される子羊のようだった。
「ちっ、いねぇな」
「見つけなきゃ、あとでネルソンさんにドヤされるぞ」
「くそっ。下手したら解雇され、無職に逆戻りだ」
「しゃぁねぇ。この手を使うか」
いかつい男四号が、すぅっと息を吸い込み、スキル〝超大声〟を使い、声高らかに叫ぶ。
〝超大声〟とは、言葉の通り、声を張り上げて、周囲に自分の声を伝える能力のことである。ちなみに、伝わる範囲は、半径二十メートルほど。その特性から山での遭難者を探すのに便利であった。
「よく聞け! ガキ! お前の姉のエミリカは俺らが預かっている! 無事、返して欲しけりゃあ出てこい!」
いかつい男四号の叫ぶにも、出てくる気配がない。
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるいかつい男四号。
「今から十、数えるまでに出てこい。もし出てこなければ、お前の姉を殺す。一、二、三……十」
ペトラが、覚悟を決めて、身を潜めていた看板から出てくる。
それを見たいかつい男四号が、ニヤリと笑う。
「ようやく、出てきやがったか」
いかつい男四号は、ガタガタと震えるペトラに歩み寄る。
「くそガキが手間取らせやがって」
いかつい男四号は、そう言い、ペトラの頬を手で叩く。
ペトラは、地面に倒れ込む。
「けっ。これですんでありがたく思うんだな。くそガキ」
周りの大人は、見て見ぬ振りをしていた。どうやら、助ける気がないようだ。
と、アンナさんが、やって来て、ペトラの前に立ち塞がる。
「あんたら子供相手に寄って掛かってどういうつもり!」
「あん? なんだてめぇ? 関係のない人間はすっこんでな!」
いかつい男四号は、そう言い、アンナに殴りかかった。
アンナは、身を低くして、いかつい男四号の右拳を掴み取り、そのまま背負い投げで投げ飛ばした。
「ぐへっ!?」
盛大に尻餅をついて苦悶の表情を浮かべるいかつい男四号。
「こいつ!」
いかつい男一号が、アンナに殴りかかろうと踏み込む。
ガシッ!
ミネルカが、横合いから現れて、いかつい男一号の右拳を左手で受け止める。
「て、てめぇは、女忍者……」
「どうも」
ミネルカは、いかつい男一号の腹に掌底を喰らわした。
「ぐふっ!?」
いかつい男一号は、一発でKOされ、前のめりに崩れ落ちた。
「このクソ女!」
「やっちまえ!」
いかつい男二号、三号が、拳を振り上げて、ミネルカに突っ込んでいく。
「遅いのよ。このウスノロ」
ミネルカは、そう呟き、まわし蹴りをいかつい男二号の頬に喰らわし、続けて、いかつい男三号の顎に膝蹴りをお見舞いした。ここまで僅かに五秒。
ミネルカの一瞬の動きに、アンナとペトラは、呆然としていた。
「ふん。たわいもないわね」
ミネルカが、倒れ伏しているいかつい男二号、三号を見下ろして、そう嘲笑った。
アンナが、膝をついているペトラを助け起こす。
「唇を切ってるわね。手当てしてあげる」
アンナは、そう言い、ペトラを店に連れて行こうとする。
「待って」
ペトラは、そう言い、ミネルカに歩み寄る。
「お姉ちゃん。エミリカお姉ちゃんが、こいつらの仲間に捕まったらしいの。どうか、お姉ちゃんを助けて下さい」
ペトラは、そう言い、ミネルカに深々と頭を下げる。
ネルソンの事をあまり好きじゃなかったミネルカは、ペトラの姉を助けることに依存はなかった。それにエミリカにはよくしてもらったこともある。
「いいわ。助けてあげる」
ミネルカの言葉に、ペトラは、ガバッと顔を上げる。
「本当!」
「ええ」
ミネルカは、コクリと頷き、いかつい男四号の襟を掴み、引っ張り起こす。
「あんた。エミリカをどこにやったの?」
「くっ、俺らにこんな事をしてただで済むと思うなよ?」
「いいからさっさと答えなさい」
バチンッ!
ミネルカは、そう言い、いかつい男四号に、強烈なビンタを喰らわした。
「くっ、てめぇ」
「まだ言う気にならない? もっと強烈なのをお見舞いしようか?」
「ちっ、金山の頂上だ」
「そう」
ミネルカは、もう用がないと、いかつい男四号に「これはペトラを殴った分よ」と言い、思いっきり頬をぶん殴った。
「ヘボっ!?」
いかつい男四号は、ミネルカの右拳をまともに喰らい、遠くにあったゴミ箱まで吹き飛び、そのまま頭から突っ込んだ。生ゴミが、いかつい男四号の頭に散乱する。ゴミまみれのいかつい男四号は気絶し、ピクリとも動かなかった。
ミネルカは、アンナの方を見やる。
「さて、あなた、その子を頼むわね」
「はい」
アンナは、コクリと頷いた。
「じゃあ、ゴミ掃除に行くとしますか」
歩き出そうとするミネルカに、ペトラが、叫ぶ。
「お姉ちゃん! エミリカお姉ちゃんを襲った奴等をブチのめしてぇ!」
「ええ」
ミネルカは、短く頷いて、その場をあとにした。
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2021年11月23日。0時00分。更新。
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