第23話 帰還

 真とナナシは、金山からラカゴの町に戻ってきた。時刻は、既に夜だ。検問所に行き、何時も通り、幻術をかけてもらい、町に入る。


「遅くなったか。食事はどうする?」

「宿屋で摂る」

「そうだな。アンナさんも帰りが遅いから心配してるだろうし」

「うん」


 真は、ナナシの顔を見る。どうやら、疲れてはいないようだ。


「なぁ、あのアンデッドって、もしかして、鉱山で事故死した人達がアンデッド化したのか?」


 真は座学で、アンデッドは、人の怨念が具現化したもので、死体がアンデッド化すると習った。あそこで金を発掘していた人達が、何らかの事故で死んで、アンデッド化したのではと考えたのだ。


「その仮説は、間違っていないと思う。昔、金山で大規模な事故があったらしい。たぶん、今になって、怨念が噴き出したんだと考えられる」

「あの人達の怨念は、無事、成仏できたかな?」

「さぁ。でも、そうであって欲しい」


 二人の間に静寂が流れる。


 そうこうするうちに、宿屋に着いた。扉を開けると、アンナさんが、帰りを待っていた。ナナシにガバッと抱きつく。きつく抱き締める受付のアンナさんに、「苦しい」と言ったナナシ。


「ごめんー!」


 アンナさんが、ナナシを離す。


「無事でよかった。帰りが遅いんで心配したんだから」

「心配かけた。ごめん」

「いいのよ。無事なら」


 真が、アンナさんに、報告した。


「アンデッドは無事退治しました」

「そう。今日は、私の奢りよ。じゃんじゃん食べて」


 アンナさんは、汚れている二人の服を見て、気前よく言った。


「それはどうも」

「ありがと」


 真とナナシは、アンナさんのお言葉に甘えて、ご馳走になることにした。テーブルの椅子に腰掛け、運ばれてくる料理を頬張る真とナナシ。他の冒険者達が食事を終え、誰もいなくなった後、アンナさんが、真とナナシのテーブルに腰掛けた。


「で、あなた達。これからどうするの?」

「どうするって。まだどこに行くかは決めてないな」

「私も」

「なら、商業都市でも目指したらどうかな?」

「商業都市?」


 真が、なんで商業都市なのかについて首を捻る。


「あなた、バルハザード王国から追われてるのよね?」

「なんで知ってるんです?」

「手配書を見れば、あなたの顔だとわかるわよ」

「なるほど。で、それで中立都市というわけか」

「話が早くて助かるわ。そう。中立。おいそれとバルハザード王国も手を出すことができないでしょ」

「確かに、そこに行くのもいいかもしれないな」


 真は、情報が集まりそうな商業都市なら、日本に帰る手がかりが見つかるかもしれないと密かに期待した。


 アンナさんが、ナナシの方を見て、尋ねた。


「ナナシは、どうするの?」

「私は……」


 ナナシは、じっと真の方を見る。そして、決意した。


「私は、真についていく」

「は? なぜ?」


 真が、ナナシの言葉に、驚く。


「あなたに興味ができた」

「興味?」

「あのアンデッドを倒した時、闇魔法を使った。魔族でないのに」

「そのことか。まぁ、俺にも分からんが、なぜか使える」


 アンナさんが、口を挟む。


「あなた魔族なの?それで追われてるわけ?」


 アンナさんが、真の顔をじっと見る。


「いや、そんなに見られると照れますよ」

「うーん。人間にしか見えないわよ」


 真は、アンナさんの問いかけに、はっきりと断言した。


「当然です。俺は魔族ではなく正真正銘人間のはずですから」

「ねぇ、私もあなたの旅についていっていいでしょ?」


 ナナシが、真に同行の許可を求めた。真は、ナナシを連れていけば、荒事に巻き込んでしまうと思い、返事を言わない。無言の真に、アンナさんが、助け船を出した。


「いいじゃない。連れて行ってあげたら」

「でも」

「あなた強いんでしょ。なんかあっても守ってあげればいいのよ」

「はぁ。わかりましたよ」


 真は、諦めなさそうな顔をしているナナシを見て、折れることにした。


「改めてよろしく」

「ああ。これからよろしく頼む」

「ようし、お姉さんが二人の旅立ちに、これをあげよう」


 アンナさんは、テーブルの上に、どっしりと袋を置いた。真が、袋の中身を尋ねた。


「これは?」

「これはね。アンデッド退治の報酬と私のへそくり」


 アンナさんは、事前に商業組合から報酬金を預かっていた。商業組合が、アンナさんを信用していたからこそ成せる芸当だった。


「しかし。こんなにもらっては」

「いいのよ。あんた、どことなく私の弟に似てるから」

「弟?」

「昔、宿屋を継ぎたくないと、死んだオヤジとケンカしてね。ケンカの後、冒険者になるとか言って、家を飛び出したのよ。今はそれっきり。今頃、どうしてんのか」


 感慨にふけるアンナさん。真が、気まずそうに尋ねた。


「親父さんはいつ?」

「うん。三年前にね」

「そうですか」

「死ぬ前に弟のことを頼むって言ってたわ。内心では心配してたんだと思う。結構頑固な所があったから。口では言えなかったんでしょうね」


 しんみりとするアンナさんに、真は気を使って言った。


「そうですか。もし、アンナさんの弟に会うことがあれば、お姉さんが心配していたと伝えます」

「そう。ありがとう」

「で、弟さんの名前は?」

「ラック・ロビンソンよ」

「ラック・ロビンソンですね。忘れないようしっかりと記憶しておきます。それと、このお金はありがたくもらいます」


 アンナが、真の飄々とした表情を見て、苦笑いを浮かべる。


「ほんと、生意気そうな所が弟そっくりね」

「そうなんですか」


 アンナは、パァっと表情を爆発させ、急速にテンションを上げた。この特技を〝テンション爆上げ〟という。名付けは、アンナ本人である。


「さあ、今日は飲むわよ!あんたも付き合いなさいよ!」

「俺、未成年なんですが」


 その後、アンナさんに深夜まで付き合わされた。むろん、真は未成年なので飲んではいない。テーブルに突っ伏して酔いつぶれていたアンナさん。


「う~ん」

「あの、ここで寝ると風邪ひきますよ」

「……もう飲めない」


 アンナさんは、寝言を言い、中々起きてくれない。


「ナナシ。悪いが、浮遊魔法でこの人の部屋まで運んでくれるか?」

「わかった」


 そう言い、ナナシは、浮遊魔法をアンナさんにかけて、部屋まで運んでいった。


 真は、一人、テーブルに腰かけて、考え事に耽った。スッと目を閉じると、改めて己の心と向き合う。そして、この先、なんとしても生き残って日本に帰る手がかりを見つけ、クラスメイト達と帰還し、友達との約束を果たすと決意する。戦いは好きじゃない。でも、戦うことでしか生き残れないなら今は戦うしかない。


 そして……故郷に帰りたい。


 そして……


 あいつとの約束を果たす。


 そう、心の深奥が訴える。


「そうだ……帰りたいんだ……俺は。望みを叶える。絶対に……だ」


 目を見開いた真は、天井を見上げ、幼き日の友達の顔を浮かべた。



 その頃、ミネルカは、エミリカの飲食店で、ご馳走になっていた。


 他の客はおらず、貸し切りだった。


「どうぞ」


 エミリカが、空になったグラスに赤ワインを注ぐ。


「ありがとう」


 ミネルカは、そう言い、ワイングラスに口をつけてクイッと飲む。


「美味しいわね、このワイン」


 ミネルカは、ワイングラスをテーブルに置き、側に佇んでいるエミリカの方を見やる。


「あなたもそこに座って一緒に食べましょ」

「えっ、でも」

「いいから。ほら」

「はあ」


 エミリカは、向かいの席に腰かける。


 ちなみに、妹のペトラは、二階の部屋にてすでにお休み中だ。


「この店、あなた一人で経営してるの?」

「ええ。まぁ」

「ふぅん。あなたも大変ね」

「いえ、好きでやってることですから」


 ミネルカが、店内を見回して、尋ねる。


「そう言えば、ご両親の姿が見えないけど?」

「両親は、五年前の金山の崩落事故に偶然巻き込まれてしまって」

「そう。それは気の毒だったわね」


 二人の間にしんみりとした空気が漂う。


 話題を変えようと、エミリカが、口を開く。


「ミネルカさんは、お一人で旅を?」

「ええ、自由気ままな一人旅ってやつよ」


 ミネルカは、故郷を思い出して哀愁に浸っているようだった。


「いいなぁ。私も自由に旅してみたいなぁ」


 ミネルカの自由さに、憧れを抱くエミリカ。


 ミネルカは、無造作にワインをグイっと飲み干し、言葉を漏らす。


「そんなにいいもんじゃないわよ。魔物に襲われるわ、野盗は出るわで」

「それでもいつかミネルカさんのように強くなって旅してみたいです」

「あっそ。まぁ、頑張ってちょうだい」

「はい!」


 エミリカは、元気よくそう頷いた。



 その頃、ネルソンは、屋敷にて、苦々しそうな表情で、ワインを飲んでいた。


「くそっ、あの女! 舐めた口をしやがって!」


 横にいた性奴隷の女達が、ネルソンの怒声にビクッと震える。


「このまま黙って引き下がれるほど、このネルソン様は甘くはないぞ」


 ネルソンは、そう言い、鈴を鳴らして、護衛の男を呼んだ。


 扉が開き、いかつい護衛の男が、入ってきた。


「お呼びですか、ネルソン様?」

「ああ。お前に命令だ。エミリカとペトラという女二人を密かに捕まえて金山の頂上まで連れてこい」

「はあ。しかし、アンデッドがいるのでは?」

「問題ない。アンデッドは冒険者によって退治されたそうだ」

「わかりました。明日、決行します」


 護衛の男は、そう言い、部屋を出ていった。


 ネルソンは、ニヤリと笑い、言葉を漏らす。


「ワシをこけにしたことをたっぷりと後悔させてやる。ヒッヒッヒ!」


 その後、ネルソンは、性奴隷の女達と夜の営みに勤しんだそうだ。


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2021年11月20日。0時00分。更新。

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