第17話 指名手配
謹慎中のワルドは、暇を紛らわすため、部屋で読書をしていた。読んでいる本は剣技に関するものである。窓の外は、日射しが差している。歳をとっても、自身の剣技を磨こうという向上心を忘れずにいた。子供の頃は、本読むことなどしなかった。体を動かす方が好きだったからだ。しかし、当時騎士団長だった父親にこれでは立派な騎士にはなれないと言われた。本を読むようになった。
コンコン
扉を叩く音が、聞こえてくる。ワルドは、本を机の上に置く。部下だろうかと思い、扉の前まで行く。扉を開けると、そこには綾子先生が立っていた。両手でカートを持っている。カートの上には、コップが二つあった。コップの中身は、コーヒーモドキだった。いい香りが、漂ってくる。ワルドは、わざわざ自分のために、コーヒーを持って来てくれたことに感謝した。
「汚い部屋ですけど、どうぞ中へ」
「はい」
綾子先生は、ワルドの部屋に入って行く。その様子を末崎が、物陰から覗き見ていた。歯ぎしりする末崎。
「くそっ。ワルドの奴、綾子先生をたぶらかしやがって!」
末崎は、嫉妬から地団駄を踏む。
「許さん。許さん。許さん。許さん。許さん。許さん。許さん」
末崎は、指を噛み、ぶつぶつと呟き出した。周囲の人間が見たら、完全に不審者扱いであろう。
嫉妬に狂っているそんな末崎を他所に、綾子先生は、椅子に腰かけて、ワルドとの雑談を楽しんでいた。
「へ~、そうなんですか」
「はい。昔はやんちゃでよく父親に怒られてました」
「ふふ。今のワルドさんからは想像できませんね」
「はあ」
照れて頭をかくワルド。
「今、お父さんはどうしてるですか?」
「父は、魔族との戦いで……戦死を」
「そうだったんですか」
言葉に詰まる綾子先生。
「気にしないで下さい。もうだいぶ昔の話なんで」
「はい」
頷く綾子。ワルドは、コーヒーを飲む。静寂が流れる。ワルドは、コーヒーをテーブルに置き、決心して綾子先生に尋ねた。
「あの」
「はい?」
「心に決めた人はいるのでしょうか?」
「え?」
突然のワルドの質問に、綾子先生は、顔を赤らめて、下を向く。
「い、いえ。そんな人はいません」
「そうですか」
綾子先生の言葉を聞いて、ワルドはどこか安心する。またも静寂が流れる。重たい雰囲気に、ワルドは話題変える。
「時に、真は、今頃、どうしてるでしょうな」
「そうですね」
「心配でしょう?」
「ええまあ。無事だといいんですけど」
綾子先生は、心配そうな表情で、窓の外を眺める。
「なぁに、真なら大丈夫ですよ。何て言ったって、一人で三人の魔族を撃退したんですから」
「そうですよね」
「そうですよ」
ワルドと綾子先生の表情は、真の無事を願っていた。
真の乗っていた荷台が、〝ラカゴ〟の町に向けて動いていた。次第に〝ラカゴ〟の町が見えてくる。
「渡部殿。ラカゴの町が見えてきましたぞ」
「あれがラカゴの町ですか」
「ええ。昔は小さな町だったんです。けど、裏山に金山が発見されましてな。小さな町は、今や、大きくなり、大繁盛というわけでさ」
「金山か。なるほど。道理でバルハザードの兵士が多いわけだ」
真は、門番の数を見て、そう呟いた。門には、行列ができていた。行商人や冒険者が、大多数を占めている。バルハザード王国の兵士が、一人、一人、問題ないかをチェックして町に入れている。これ以上、荷台のおっさんと一緒にいれば、巻き込んでしまうと感じた真。荷台のおっさんに、これ以上迷惑をかけられないと感じた真は、ここで降りる決心をする。
「あの」
「はい? なんです?」
「ここでお別れです」
「いえ、町までお送りしますよ」
「ちょっと、寄りたい所があるので」
「そうですか。それは残念です。それじゃ、また何処かでお会いしましょう」
「はい」
真は、荷台から降りる。荷台は、真を残して行列に向かって、離れていく。荷台の上から手を振っているおっさんに、真も手を振る。
「さて、俺も並ぶか」
真は、フードを深くかぶり、トボトボと歩き、最後尾につき、大行列に並んだ。前の冒険者二人組が、話し込んでいた。
「おい。あの噂知ってか?」
「なんだよ。噂って?」
「バルハザード王国で、大規模な火事があったって」
「へぇ」
「武器の大半が消失して、王様がカンカンらしいぞ」
「ほぇ」
「さらに、捕まえていた魔族が脱走したらしい」
「それはまた」
「捕まえた奴には報償金が貰えるらしい」
「どんな奴なんだ?」
「そりゃお前、教会本部から脱走できるんだから、相当な手練れだろうな」
「そいつと出く会わさないことを祈りたいねぇ」
真は、話を聞いて、こんなとこまでもう噂が広まっていることに驚く。と、真の後ろに誰かが並んだ。真は、ふいに後ろを見た。少女だった。年の頃は、十二、三くらいだろう。身長百四十位、長い金髪に、月を思わせる紅眼。服装は、前面にフリルのあしらわれた純白のドレスシャツに、これまたフリル付きの黒色ミニスカート、その上から純白に青のラインが入ったロングスカートを羽織っている。足元はショートブーツにニーソだ。ふと、少女の紅眼と目が合ってしまう。
「私に何かついてる?」
「いや、何でもない」
そう言い、真は、目を前方へと向け直す。
「おい、見てみろよ」
「あん?」
「あの子、可愛くない?」
前の冒険者二人組が、少女を見て、呟く。
「でも、胸はまったくと言っていいほどないな」
「確かに」
「俺はパスだな。やっぱ、胸がないとな」
「でたよ。巨乳好き」
「バカ。胸は大事だよ」
「はいはい」
小声で話しているものの、少女にははっきりと聞こえていた。少女は、無表情からか怒っているかどうかはわからないが、真には「ちっ」舌打ちが聞こえた。真は、面倒事に巻き込まれたくないので、無視していた。
そうこうするうちに、真の順番が回ってきた。バルハザード王国の兵士が、じっと真を見る。ポケットから手配書らしき紙を取り出す。真はもう自分の手配書が出回っていたのかと焦った。
「ちょっと、フードを取ってもらえるか?」
「え?」
真は、突然の事態に頭が回らない。フードを取らない真に、バルハザード王国の兵士が集まってくる。
「早くせんか!」
バルハザード王国の兵士がイライラと怒鳴った。
「わかりました」
真は観念し、フードを取った。
「よし、通ってよし」
「え?」
手配書の似顔絵と自分の顔を比べている兵士が、通行を許可したことに、一瞬、驚く真。
「どうした。さっさと行け。邪魔だ」
固まっている真に、兵士が早く行くよう促す。
「はい」
真は、不思議に思いながら、ラカゴの門を潜った。
その頃、リリーナは、自身の部屋のテラスに肘をかけて、物思いに耽っていた。
「はぁ。真さん。凄く貴方に会いたいですわ。今、どこで何をしてらっしゃるの?」
と、扉が開き、ミザリーが入ってくる。リリーナが、振り返り、ミザリーに気づく。テラスから出て、ミザリーに歩み寄る。
「あら、ミザリーじゃない? どうしたの? 私に何か用かしら?」
「いえ、実は小耳に挟んだのですが。どうやら、リリーナ様を帝国の第一王子に嫁がせようとする話があるようです」
「えっ?」
リリーナは、ミザリーの話を耳にして、呆然と青ざめる。
ミザリーが、固まって動かないリリーナを見て、心配そうな表情を浮かべた。
「リリーナ様。お顔がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ちょっと驚いただけよ。心配しないで」
「そうですか。ならよかった」
リリーナは、第一王子がどんな人物なのか気になり、尋ねる。
「あの、ミザリー。帝国の第一王子ってどんな人物なのか知ってる?」
リリーナの問いかけに、ミザリーは、表情が曇る。
「私は一度帝国に家庭教師として赴いた事があるのですが。舞踏会にてカルロス王子と話す機会がありまして」
「それでどんな人物だったの?」
「あまり悪く言いたくはないのですが。はっきり言って最悪でしたね。舞踏会にいる女性を片っ端から口説いてました。しかも口説き文句が『金ならいくらでもある。俺がいい暮らしをさせてやるから』でして。聞いていて思わず吐きそうでした」
「その、ミザリーもその王子から口説かれたの?」
ミザリーは、その時の事を思い出したのか、ブルッと怖気を感じた。
「え、ええ。むろん、断りましたが。その後もしつこくて。ほとほと困っていたら、知らない男前風の人が『殿下、この人が困ってるでしょ』と諌めてくれて」
「へぇ、それでその王子は大人しく引き下がったの?」
「はい。『ちっ、戦士長だからっていい気になるな!』と叫んで、去っていきました。よっぽど、その戦士長という片が怖かったんですね」
「そっか。その王子って女ったらしなんだ」
リリーナは、呆れといった表情で、言葉を漏らした。
「というわけで、私はその王子の素性を知らせておこうかと」
「ありがとう、ミザリー。参考になったわ」
「いえ、ではこれで」
ミザリーは、頭を下げて、部屋を出ていった。
リリーナは、再び、テラスに出て、真のことで物思いに耽けるのであった。
「真さん。私は、貴方のことが好きです。あぁ、そんな女ったらしの帝国王子となんかと結婚なんてしたくない」
リリーナの悩みは、尽きない。
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2021年11月13日。0時00分。更新。
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