第16話 刺客

 真を乗せた荷馬車は、林道を走っていた。ガタガタと揺れる荷馬車。ちょうど、中間に差しかった時、荷馬車が止まった。林から山賊が、数十人、荷馬車を取り囲んだのだ。


「おい、おっさん。荷台の中の物を全て寄越しな」


 リーダーと思われる黒ひげの男が、剣を向け、脅した。


「全て差し出すので、命だけはお助けを」


 荷馬車のおっさんの命乞いに、黒ひげの男が、高らかに笑った。


「いいぜ。俺様が興味あるのは荷台の物だけだ。てめぇの命など欲しくもない。おい」

「へい」


 黒ひげの男の指示に、部下の男が、荷台の中身を調べていく。部下の男の手が、樽を開けると同時に、真が、パンチをお見まいする。


「ぐがっ」


 部下の男が、吹き飛び、木にぶつかり、失神する。


「なんだ。てめぇは!」


 黒ひげの男が、樽から出てきた真に剣を向けて、怒鳴った。


「お前ら山賊か?」

「ああ。ここいらじゃ、有名なんだぜ。サザンカ山賊団って名前を聞いたことぐらいあるだろ」

「無いな。お前ら、本当に有名なのか?」

「はん! この田舎もんが! もういい。この無知を殺せ!」


 黒ひげの男が、部下達に命じたと同時に、真に一斉に襲いかかる。


 ボコ、バキ、ボコ!


 数分後、真の周囲に山賊の男達が転がっていた。真の前で、正座している黒ひげの男。


「おい、お前」

「はい!」


 真の威圧めいた声に、黒ひげの男が、返事した。


「お前のフードと剣を寄越せ」

「はい。あっしのフードで良ければどうぞ」


 黒ひげの男は、真にフードを差し出す。真は、フードを羽織り、顔を隠す。その後、剣を受け取り、腰にさす。


「あの、助けて頂いてありがとうございます」


 荷馬車のおっさんが、真にお礼を述べた。


「いや、気にしないで下さい」

「いえ、そういうわけには」

「なら、近くの町まで乗せて行ってもらえませんか?」

「ちょうど、荷物の行き先が、この林道を抜けた先にある〝ラカゴ〟という町でして。よかったら護衛をかねてどうですか?」

「そうですね。でしたら一緒に乗せて行って下さい」

「こちらこそ。よろしくお願いします」


 二人は、御者台に乗り込む。


 山賊の黒ひげが、真に叫んだ。


「あのあっしは?」

「好きにしろ。あまり悪さはするなよ」

「ははぁ。もう悪さはいたしません」


 黒ひげの男は、頭を下げて真を見送った。


「そういえば、なぜ、樽の中に?」


 隣に腰かけていたおっさんが、真に尋ねた。


「それは……話すと長くなるんですが、国から追われているんです」

「ほぉ。それはまた難儀ですな」

「通報しますか」

「いいえ。命の恩人ですから」

「すみません。恩にきります」

「いえいえ」


 荷馬車に乗った真とおっちゃんは、和気あいあいと、〝ラカゴの町〟に向かっていった。



 王宮の間では、サルワ国王がイライラと地団駄を踏んでいた。隣にいた兵士が、とばっちりがいかぬよう、祈っていた。


 扉が開かれ、サルワ国王より召集を受けていた人物が入ってくる。玉座の前で両膝をつき、臣下の礼をする勇。


「おう、よく来た。勇者よ。余は待ちわびたぞ」

「私に用とは?」

「ふむ。実はのそちに頼みたいことがあっての」

「頼みたいことですか」

「そうだ。お主でなければできぬことよ」


 サルワ国王は、勇をおだてるような口調で言った。


「俺にしかできないことですか」

「そうだ。勇者のお前にふさわしい任務よ」


 サルワ国王は、わざとらしく咳をし、任務内容を語りだした。


「貴殿も聞いての通り、武器庫が火災で消失したのは知っておろう?」

「ええまあ」

「そのお陰で、また一から集め直しじゃ。魔族との戦いにも影響が出るじゃろうって。それこれもあやつのせいだ」


 サルワ国王は、苦々しく唇を噛んだ。


「あやつですか。それは脱獄した渡部真ですか?」

「そうじゃ。あの小僧のせいだ。何もかもな!」


 サルワ国王は、真の顔を思い出したのか、青筋を浮かべた。


「しかし、彼がやったと決めつけるのは早計ではないでしょうか?」

「何を言っておるのだ、勇者殿。あやつは脱獄犯。今や全国指名手配の犯罪者なのだぞ。そんな者を信じておるのか?」

「いえ、しかし」

「そちが仲間だった男を信じたい気持ちわかる。だが、あやつはそちのせいにしようとしておったぞ」

「はい?」

「あやつは余にこうたんかをきった。『俺は古野勇の命で、国王を暗殺しようとした』と」

「まさか、そんな」

「もちろん、余は突っぱってやったわ。ふざけるなとな。勇者がそんな大それたことを言うわけがないとな」

「渡部がそんな」


 サルワ国王は、勇の困惑した表情を見て、ニヤッと悪い笑みを浮かべる。


「任務内容は、渡部真を捕らえて、余の前に、連れて来ることじゃ。受けてくれるな、勇者古野勇よ」


 サルワ国王の言葉に、勇が頷こうとした時、扉がバンッと開き、富崎と取り巻き達が門番の制止を振りほどき、入ってくる。


「なんじゃ、お前達は!」


 サルワ国王が、富崎達に叫んだ。富崎が、勇の隣までやって来て、宣言した。


「俺がこの勇者より有能だってことを証明してやりますよ」


 富崎が、隣で臣下の礼を取っていた勇を見下ろして、嘲笑いの笑みを浮かべる。サルワ王は、じっと富崎を観察し、記憶の奥を探る。


「お主は確か……誰じゃったか」

「いやだなぁ。有望株の富崎伸二ですよ。勇者にもひけを取らない強者で、魔王を倒すとも言われた男なんですから。覚えておいてくださいよ」

「ほう。それほどの強者が、勇者以外にもいたとは」

「逃亡犯の捕縛任務、ぜひ、この私にお任せを」

「ふむ。よかろう。そこまで自信があるのならお主にこの任務、任せてみよう」

「ははあ。この富崎が必ず、不忠者を捕らえてご覧にいれます」

「頼むぞ。期待している」

「もし任務成功したあかつきには、報酬として、爵位とお金を貰えませんでしょうか?」

「ふふ。貪欲な奴よ。よかろう。気に入った。無事成功したなら、金貨500枚と爵位を与えよう」

「ははあ。ありがたき幸せ」


 富崎は、満面の笑みで、王宮の間を出ていく。


「おい、富崎どうだった?」


 取り巻きの川村がやって来る。


「バッチリよ。報酬金貨500枚だとよ」

「凄えー」

「これで俺達、大金持ちだな」

「おうよ。まさに勝ち組よ」


 取り巻きの川村、官田、古池が、ガッツポーズする。そこへ、勇がやって来る。


「おい、お前ら。利益のためにクラスメイトの渡部を捕らえるのか?相変わらずの自己中だな」

「ちっ、うるせぇのが来やがった。自分の利益のために動いて何が悪い」

「開き直るなよ」

「けっ。お前、渡部とよく比較されて、ムカついていたんじゃないのか?」

「それは……」

「一人だけいい子ちゃんぶりやがって」

「おい、もう行こうぜ」

「そうだな」


 川村に促されて、富崎は、去っていた。


「くそっ!」


 勇は、図星をつかれて、壁を思いっきり叩く。拳から血が出る。


「どうしたの?古野君、大丈夫?血が」


 いつの間にか、そこにいた栞が、心配そうに勇を見つめていた。


「何でもないよ」


 勇は、そう言い、栞に背を向けて去っていった。勇がいなくなった後、栞は、壁についた勇の血をじっと眺めていた。そして、その血を、恍惚とした表情で、ベロで舐めあげた。


「……勇くん」


 栞は、顔を赤くして満足げに、呟いた。



 その頃、ランドルフ王子は、庭先でミザリーから剣の手ほどきを受けていた。


「とりゃぁああああ!」


 ランドルフ王子の木剣が、ぎこちない動きで、ミザリーに向かって振られる。


 ミザリーは、余裕綽々で、ランドルフ王子の木剣を自身の木剣で弾き飛ばした。


「くそっ! こんなクソ稽古、やってられるか!」


 ランドルフ王子は、ミザリーに手も足も出ない自身に苛立ち、そう叫んだ。


「殿下。そのような短気では困ります」

「なんだと! 我は短気ではないわ!」


 ランドルフ王子は、顔を真っ赤にさせて捲し立てた。


「殿下。そういう所です」

「なに?」


 ランドルフ王子は、怪訝そうな表情を浮かべた。


「諌めれば直ぐに腹を立てる。それでは民から尊敬される王にはなれませんよ」

「ふん! 黙れ、黙れ! 優秀な家庭教師だかなんだか知らないが、言いたい放題言いおってからに!」


 ランドルフ王子の子供じみた叫び声に、近くにいたメイドらが奇異な目を向ける。その中にはアンもいた。


「いいか! ミザリー! 王には剣など必要ないのだ! 戦争なんざもんはな、部下どもにやらせればいいんじゃ!」

「しかし……殿下」

「ええい、黙れ! 我には知性がある! この知性で部下どもを指揮すれば、百戦錬磨の軍隊の出来上がりじゃ! わっはっはっは!」


 ミザリーは、このランドルフ王子の見通しの甘い言葉に、唖然とし、頭を抱えた。


「というわけじゃ。剣の鍛練はこれにて終了じゃ。我は冷たい飲み物でも飲んでくるから。お前は剣でも振っておれ。それじゃぁの」


 ランドルフ王子は、剣の鍛練をせずに、王宮内に戻っていった。


 ミザリーは、うつむき加減で、ランドルフ王子の木剣を拾い、ぶんっと一振りした。周囲に突風が吹く。それを見たアンが、歓喜の声を上げる。


「わー! 凄い!」


 ミザリーが、視線をアンに向ける。


「アンさんですか」

「ねぇ、暇な時でいいから私に剣を教えてよ」

「えっ、アンさんにですか?」


 ミザリーが、怪訝そうな表情で、アンを見やる。


「私ね。自分ぐらいは守れるよう強くなりたいの。こんな理由じゃダメかな?」


 その言葉には揺るぎのない確かな意思が宿っていた。不退転の決意を瞳に宿し真っ直ぐミザリーを見つめるアン。


 ミザリーは、真剣な表情のアンを見やって、ふっと笑った。


「いいでしょう。空いた時間でよろしければ」

「やったー! ありがとう! ミザリーさん!」


 アンは、大喜びで飛び跳ねた。


 こうして、ミザリーによるアンの特訓が始まった。


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2021年11月12日。0時00分。更新。



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