第15話 王都脱出

 真は、物陰に隠れながら、兵士に見つからないよう城下町を移動していた。もうすぐ、夜明けだ。朝日が上ろうとしていた。


「いたか?」

「いや、いない」

「向こうを探すぞ」


 兵士達が、離れていく。真は、その隙に止まっていた荷馬車の荷台に積まれた樽の中に隠れた。御者台の男が、馬に鞭をうち、動き出す。真の隠れている樽が揺れる。荷馬車は、他の都市への運搬のため、西門に向かっていく。その様子を、遠目からうかがっている人物がいた。その人物は、ニヤリと口元が笑っていた。


 一方、王宮では、玉座に腰かけたサルワ国王が、イライラと地団駄を踏んでいた。


「まだ、捕まえられんのか」

「申し訳ありません」


 定時報告に来ていた兵士が、玉座の前で膝をつき、頭を下げた。


「この無能どもが! もし、取り逃がした時は、覚悟しておけ!」

「はっ!」


 兵士は、慌てて玉座の間を出ていく。


「まったく、無能の脳無しどもが」


 サルワ国王は、イライラとテーブルを蹴る。


「まぁ、落ち着きなされ」

「セバス教皇殿。しかしこのままでは」


 サルワ国王が、隣に腰かけて落ち着いていたセバスの方を見やる。


「心配めさるな。いざというときは、四星がおりますゆえ」

「四星ですか。確かに彼らの実力であれば」

「ほほほ。そうですとも」


 セバス教皇は、白髭を弄りながら、余裕の表情だった。


 真の乗った荷馬車は、西門にある検問場へと差し掛かっていた。


「そこの荷馬車止まれ。荷台を確認させてもらおう」

「はい」


 兵士の一人が、一つ一つ、目録を見ながら、確認していく。真の額に冷や汗が流れる。いよいよ、兵士の男が、真の隠れている樽に手をかけようとした時、バンッという爆発音が起こり、遠くから火の手が上がった。


 兵士の男が、手を止め、火の煙が上がった方角を見る。


「武器庫から火の手があがってるだと! あそこには大切な貴重ともいえる剣や魔道具が大量にあるんだぞ!」

「おい、すぐに火を消しに行くぞ!」


 隣にいた髭面の兵士が、荷台を調べていた男に、慌てて叫んだ。


「おう!」

「あの荷台の検査は?」


 荷馬車のオヤジが、兵士の男に尋ねた。


「それどころではない! 悪いが、検査は終了だ! さっさと行け!」


 そう言い残して、兵士達は火消しに向かった。御者台のオヤジは、馬に鞭をうち、検問を抜けていく。樽の中に隠れていた真は、ふうっと息を吐き、額の汗を拭いた。真は、樽から顔を出し、離れていく城下町を眺めた。また、生きて会えるかどうかわからないクラスメイト達やリリーナ王女の顔が脳裏に浮かぶ。


(さようなら。王女さん。生きて会えたなら、鍵のこと、礼を言うよ)


 そう、真は、内心呟いた。


「火を消せ!」

「早く消さないと全部燃えるぞ!」


 慌ただしく、兵士達が消火活動に当たっていた。人手が足りず、生徒達も駆り出されていた。叩き起こされた富崎が文句を言う。


「まったくよぉ。なんだって俺らがこんなことしないといけないんだよ。ふわぁ。寝みぃ~」

「こらそこ。文句を言わず手を動かせ!」


 ワルドがいないため、代理を勤める男が、富崎に怒鳴った。


「ちっ、うるせぇな」


 そう言って、富崎は、バケツの水をかける。水魔法を使える者は、魔法を使い消火活動を行っていた。それ以外の者は、運ばれてくるバケツの水をかけていた。 消火活動を行っていた雫は、真のことが気がかりで、あまり手が動いていなかった。隣で消火活動を行っていた伊織が、心配そうに見ていた。


「雫ちゃん。大丈夫? 体、どこかおかしいの?」

「え? いや、大丈夫よ」

「そう。ならよかった」

「心配かけてごめんなさい」

「渡部君、まだ、捕まってないみたいだね」

「え?」


 突然の伊織の話題に、雫は、ドキッとなる。


「ええ。そうみたいね」

「渡部君。今、どうしてるんだろう。生きてるかなぁ」

「大丈夫よ。渡部君の実力、見たでしょ。きっと、大丈夫よ」

「そうだよね」


 雫は、内心では逆のことを考えていた。本当に大丈夫なのだろうか?もう既に殺されているのでは?と。雫は、不安を拭い切れずにいた。


 勇と孝太は、雫達と離れた場所で消火活動に当たっていた。


「悪い。ちょっと小便してくるわ」


 そう言い、孝太がかわらに走っていた。ふと、勇の視線が、物陰からこちらを覗いているフードの女に止まる。


「うん? あれは」


 勇は、フードの女を追いかける。フードの女は、勇に気づき、その場を離れていく。勇は、女のいた場所に行くが、誰もいなかった。そこに孝太が小便から戻ってくる。


「どうしたんだ、お前。誰か探してんの?」

「いや。何でもない。行こう」


 勇は、まさかな、と思いつつ、消火活動に戻った。


 数時間後、火は生徒達の活躍もあり消えた。そこへ、兵士から報告を受けたサルワ王が血相を変えてやって来た。


「なんだこれは……」


 サルワ王の顔が、焼け落ちた無残な武器庫を見て、両膝をつき、ショックのあまり青ざめる。


「申し訳ありません。陛下。なんと申し上げればいいのか。言葉もありません」


 謹慎中のワルドに代わって、代理を勤めていた男が、深々と頭を下げた。


「誰がこんなことを……武器庫には、対魔族用に揃えた貴重な武器や魔道具が保管されていたんだぞ……許さん。どこの誰かは知らんが、絶対に許さんぞ!」


 サルワ王の目が、ピキピキと血走る。


「まてよ。まさか、あの小僧じゃあるまいな」

「あの小僧といいますと?」


 代理の男が、サルワに尋ねた。


「あの小生意気な脱走犯だ」

「はあ」

「そうに決まってる。腹いせに武器庫に火を放ったに違いない。おい!」

「はい!」

「全国の都市に、奴の似顔絵を張れ! 地の果てでも追いかけて八つ裂きにしてくれるわ!」


 サルワ国王は、怒り狂った顔で、叫んだ。


 武器庫が燃えてる光景を建物の屋上に佇んで、遠目から見ている忍者姿の女性がいた。女盗賊のミネルカだ。


「あーあ。せっかく盗みに入ろうと計画を練っていたのに。誰よ、もう!」


 ミネルカは、苦々しく、火を放った人物に悪態を吐いた。


「はぁ。仕方ない。別のお宝でも探しに行こうかしら」


 ミネルカは、そう言い、ポケットから地図を取り出す。


 その地図には、お宝を示す場所が事細かく赤印で記されていた。


「取り敢えず、ここから近いラカゴの町に行ってみましょうかしら。あのナンパ野郎から盗んだ武具防具も、売りたいし」


 ミネルカは、後ろに置いてあったシーツの包みを見て、そう言った。


 富崎らの盗んだ武器防具類を城下町で売りさばかなかったのは、王城に近い場所では足がつくと思ったからだ。ミネルカは、何事にも慎重な女性だった。それが今まで捕まらなかった知恵と言えよう。


「そうと決まれば、ここからトンズラしようっと」


 ミネルカは、シーツの包みを肩に担ぎ、屋上から飛び降りて、屋根つたいに跳躍していく。次の獲物を求めて。



 その頃、教会本部では、ルクエが、医務室にて股間の治療を受けていた。


「くそ、まだ股間がズキズキするぞ」

「ルクエさん。あまり動かないで下さい。塗り薬が上手く塗れません」


 ベッドの上で股間を擦っていたルクエに、医師の男が注意した。


「これはすまない。しかし、あの不埒者を許せん。この恨みいつか返してやる」


 そう意気込むルクエに、医師の男が、金言を言ってくれる。


「ルクエさん。私心を抱いては相手を仕留め損ないます。冷静さがルクエさんの持ち味でしょ?」

「そうか。そうだったな。忘れる所だった。よく諌めてくれた。感謝する。我が心の師よ」


 医師の男は、ルクエから師と呼ばれ、困惑の色をみせる。


「心の師はよして下さいよ。私はただの医師ですから」

「そんなことおっしゃらずに! 心の師と呼ばせて下さい!」

「もう! しつこいな!」


 医師の男は、興奮した際、手元にあった塗り薬のビンを誤って、ルクエの股間に落としてしまう。


「ぐぎゃぁあああああ!?」


 重たい衝撃と共に、ルクエが声にならない悲鳴を上げたのだった。


 ルクエさん、どうかお大事に。



 その頃、メイド見習いのアンは、朝っぱらから井戸にて、冷たい水を汲ませられていた。


「アン。これも洗っておくんだよ!」


 メイド先輩が、ランドルフ王子のベッドのシーツを投げ渡した。


 アンは、シーツを手に取って、臭い匂いが、漂ってくるのを感じる。


「この匂いは? まさか、ランドルフ王子の?」


 アンが、不快感をあらわし、そう呟くと、メイド先輩が、怒鳴りつけた。


「アン! それ以上は不敬罪になるわよ!」

「あっ、はい!」

「いいこと! ランドルフ王子が漏らしたことは内密にね!」


 メイド先輩は、それだけ言うと、何処かへと去っていった。


 アンは、洗濯かごに入ったたくさんの衣類を見やる。ちなみに、この衣類は、ランドルフ王子が、汚したお召し物だ。


「さぁ、洗わないと」


 アンは、桶に洗濯板をつけて、ランドルフ王子の漏らしたシーツをゴシゴシと冷たい水で洗う。アンの手は、冷たい水作業で、赤く切れかかっていた。しかし、アンはめげずに、ひたすら奉公に励む。


「私はどんなに辛くてもめげないんだから!」


 アンは、力強くそう言葉を漏らした。


 その頃、ランドルフ王子は、取り替えた新しいシーツの上で、気持ち良さげに二度寝していた。


 時折、「伊織! キスをしてくれー!」と寝言を叫ぶランドルフ王子は、とても幸せそうな夢を見ているようだ。


 ちなみに、ランドルフ王子の漏らした寝巻きも、アンが、現在、洗っている最中だ。そんなアンの苦労も知らずに、呑気に寝るランドルフ王子であった。


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2021年11月11日。0時00分。更新。




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