第14話 不穏
王宮の間では、サルワ国王が、セバスと酒盛りしていた。美女の踊り子達が、優雅に舞っていた。
「いやぁ、酒が実にうまい」
サルワ王は、超ご機嫌で、グラスを手に美女達の踊りを眺めている。隣にいたセバス教皇は、美女の踊りには興味を示さず、淡々と酒を飲んでいた。
「セバス教皇、ちゃんと飲んでますかな?」
「ええ。美女を眺めながらの酒は美味しいものですな」
セバスは、グラスの酒をぐいっと飲む。
「ところで、あの魔族をどうするおつもりで」
「すぐに殺したのではもったいないからな。もう少し、余の気晴らしに付き合ってもらう」
「あの少年も可哀想に。楽に死ねないとは。ひっく」
セバスは、酔いが回ったのか、大きくしゃっくりした。その時、扉がバンッと開けられ、ワルドがずかずかと入ってくる。
「なんじゃ、ワルド。そんな怖い顔をして。どうじゃ、お前も一緒に飲まぬか?」
「王よ。なぜ、真を捕らえたのですか?」
「なぜだと? 何をいっておる。あの者は闇魔法を使える。ということは、魔族ということ。捕らえるのは当然であろうが。このたわけ者め。ひっく」
「しかし、それだけで魔族と決めつけるのはどうかと思いますが。それに魔族なら、同族の魔族と戦わないのでは?」
「馬鹿者!そんなの奴の自作自演じゃ! 余が魔族と言ったら魔族なのじゃ! このうつけが!」
サルワ王は、ワルドに酒の入ったグラスを投げつける。ワルドの胸に酒の液体が飛び散り、グラスの破片が床に飛び散る。
「まぁまぁ、サルワ王。落ち着き下さい」
「セバス殿が、そういうなら」
サルワ王は、隣にいたメイドに、代わりの酒をつがせる。
「ところで、ワルド殿。お主、あの少年が闇属性を使えること、随分前から知っていたそうじゃないか?」
「それは……」
セバスの問い詰めに、ワルドは額に皺を寄せる。
「それはまことか。ワルド?」
サルワ王の睨みに、ワルドは、苦しい言い訳を言った。
「事実を確認するまで、報告すべきではないと思いまして」
「馬鹿者が! 低い身分でありながら自分の判断でこの重大な案件を処理するとは何事か!」
「申し訳ありません。私のミスでした」
ワルドは、怒り狂うサルワ王に、頭を下げた。
「戦士長ワルドよ。しばらくの謹慎を言い渡す。よいな?」
「はっ」
「下がれ」
「はい」
ワルドは、深々とおじぎし、玉座の間を出ていく。
「まったく。興が削がれるわい。さ、セバス殿。飲み直そうぞ」
「そうですな」
その時、ワルドと入れ替わるように、兵士が玉座の間に扉をバンッと開け、慌ただしく入ってきた。
「なんじゃ、騒々しい」
サルワ王が、飲み直そうとした矢先に、またも邪魔され、不満を漏らす。
「申し上げます! 囚人が脱獄しました!」
「なんじゃと!」
サルワ王が、兵士の言葉に驚き、酒の入ったグラスを床に落とした。
「ルクエの奴は、何をしていた! あの役立たずめが!」
セバス教皇は、立ち上がり、囚人を逃がしたルクエに怒り狂った。
「すぐに直属の兵を総動員し、奴を捕らえよ。絶対に逃がすでない!」
「はっ!」
兵士の男は、サルワ国王の命を受け、慌ただしく王宮の間を飛び出していく。
大広間では、クラスが集まり、捕らえられた真を救い出す方法を模索していた。
「おい、なんで俺らが渡部のことで、こんな夜遅くに集まって話し合わなきゃいけないんだよ」
富崎が、この話し合いの場をもうけた雫に不平を述べた。
「まったくだぜ」
「だいたい、俺達の知ったこちゃねぇよ」
「渡部の野郎がどうなろうがどうでもいいんだよ」
富崎に続くように、川村、官田、古池が、次々と不満を吐いた。
「あなた達!」
「黙っててよ。この不良馬鹿ども!」
雫と伊織が、睨みを富崎達に向ける。
「あぁ? うるせぇぞ。この発情メス豚どもが!」
富崎の暴言に、他の女子連中は、ゴミを見るような目付きで、富崎達を見る。
「そんな言い方ないんじゃない。渡部君は私達の大事な仲間なんだよ」
そう言ったのは、クラスメイトの倉敷栞。倉敷栞はメガネをかけ、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。性格は穏和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているポジションだ。本が好きで、まさに典型的な図書委員といった感じの女の子である。実際、図書委員である。
「あん。なんだよ。いつもは他の女子の後ろに隠れてるくせに。こんな時に限って、なんで、前に出てくるんだよ。もしかして、お前、渡部のこと好きなの?」
富崎が、ニヤリと栞に、からかうような口調で尋ねる。
「ち、違うよ。私は、純粋にクラスメイトを心配してるだけだよ。どうしてそんなこと言うの」
栞が、手で目を押さえて、涙を浮かべる。
「ちょっと、富崎。なに泣かしてんのよ!」
一人の女子生徒が、栞の肩をつかみ、庇うように前へ出てきた。彼女の名前は、坂口欄と言う。身長百四十二センチのちみっ子である。もっとも、その小さな体には、何処に隠しているのかと思うほど無尽蔵の元気が詰まっており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にピョンピョンと跳ねている。その姿は微笑ましく、クラスのマスコット的な存在だ。
「ちっ、また面倒くさい奴が出てきたぜ。おい、倉敷さ。友達に庇ってもらって自分で言い返すこともできないのかよ」
富崎が、泣いている栞に、文句を述べた。
「おい、富崎。いい加減にしろ」
勇が、富崎の襟を掴む。
「なに切れてんの? まさか、倉敷のことバカにされ、怒ちゃった? もしかして倉敷のこと好きなの?」
「俺はただ、お前の言い方にムカついてんだよ!」
「うわっ、なにむきになってんの。ひくわー」
富崎が、勇の手をつかみ、襟首からどかす。
「おい、富崎。これ以上、クラスの和を乱すなら、俺が相手になってやるぜ」
孝太が、握りこぶしを作り、富崎を威嚇する。
「ちっ、わかったよ。俺らは、もう部屋に寝に返るから、好きにやってくれ」
そう言って、富崎達は、部屋に戻っていく。
「話しを戻しましょう。何かいい手立てはないかしら。あったら教えて欲しいの」
雫が、渡部を救う方法をクラスメイト達に求めた。
「っていってもなぁ。何も思いつかないよ。かといって、強引に渡部を助けちゃうと、俺まで教会と敵対することになるし」
「そうだよな。最悪、俺らまで、投獄される恐れがある」
重悟と大蔵が、率直な意見を述べた。
「あのさ。もう成り行きに任せるしかなくない」
末崎が、弱々しい声音で意見をした。隣にいたおさげ髪の佐藤有香が、末崎を睨んだ。
「なにそれ。あんた、渡部を見捨てるの」
「違うよ。ただ僕はもう少し様子を見ようって」
「それじゃその間に渡部が処刑されたらどうするの」
「それは……その」
末崎は、言葉に詰まる。助け出す方法が何も思い浮かばず、静寂が包む。そんな静寂を破るように、外から慌ただしい兵士の声が聞こえてくる。
「何かあったのかしら?」
雫が、外の窓の方を見やる。つられるように、他のクラスメイト達も窓の外を見る。その時、大広間の扉が、バンッと開き、綾子先生が勢いよく入ってくる。
「皆さん、大変です!」
「綾子先生、どうしたの。そんなに慌てて?」
伊織が、汗だくの綾子先生を見て、尋ねる。
「渡部君が、牢屋から脱獄したようです!」
「!?」
驚くクラスメイト達。雫は、胸の当たりを押さえて、小さく呟く。
「渡部君……」
その頃、ランドルフ王子は、寝室にて、デザートの食器を片付けていたアンから真の脱獄報を受けていた。
「そうか。あやつが脱獄をのう」
ベッドの端に腰かけていたランドルフ王子は、ニヤリと笑う。
「これはいい。あやつさえいなくなれば、姉上も目が覚めるだろうって」
「姉上と言いますとリリーナ様ですか?」
「そうだが。姉上と言ったらリリーナ姉さんしかいないだろ?」
「リリーナ様が、真っていう人を好きだったとは驚きです」
アンの言葉に、ランドルフ王子が、イライラと呟く。
「あの異世界人が、姉上を強引に口説いたに決まってるんだ。でなければ、姉上があんなみすぼらしい男を好きになるわけがないんだ」
「はあ。でも、私は身分を越えた恋愛は素晴らしいことだと思いますが。ランドルフ王子はそうは思わないんですか?」
アンの問いかけに、ランドルフ王子は、ほほえくそ笑った。
「思うわけないだろうが。所詮、異世界人と王族は、住む世界が違うのだ」
説法をするランドルフ王子に、アンは、毅然と反論をした。
「しかし、殿下。伊織さんという人も異世界人なのでしょ。殿下の論理が正しいというなら伊織さんとは釣り合いませんね」
「ぐっ。それは」
ランドルフ王子は、アンの指摘にぐぅの寝も出ない。
「ええい、余は皇帝になる男だぞ! そば目の一人や二人に平民の者がおってもいいのだ!」
「そうですか。これは失礼いたしました」
ランドルフ王子は、頭を下げているアンに怒鳴った。
「ふん! それより、伊織に余のことをどう思っているのか聞いたのか!」
「いえ。それはまだ」
「ちっ。まだなのかよ。早く聞けよ。使えんメイドだな。いや、メイドじゃなく見習いだったか。クックック」
ランドルフ王子は、アンをバカにしたような目つきで、せせら笑っていた。
アンは、ランドルフ王子に対する熱が急速に覚めていくのを感じた。
「では、これにて失礼します。殿下」
「ああ。ご苦労さん。使えぬメイド見習い」
アンは、頭を下げて、ランドルフ王子の寝室から出ていった。
ランドルフ王子は、ごろんとベッドにもたれる。
「はぁ。早く伊織と結婚したい」
ランドルフ王子は、伊織との甘い結婚生活を夢見るのであった。
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2021年11月10日。0時00分。更新。
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