第13話 脱獄

 気絶した真は、地下牢に入れられていた。古びたベッドに寝かされている真。意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。半身を起こし、寝ぼけた視界で辺りを確認する。


「こ、ここは? 牢屋か?」


 真は、寝ぼけた視界を覚ますため、バケツの水で顔を洗う。


「ふぅ」


 さっぱりした真は、ベッドに腰しかけて、状況の整理をした。怪物を倒した後、なぜか殺されず、牢屋に入れられていた。すぐにでも殺したいはずなのに殺されない。恐らく、サルワ王の気まぐれかなにかだろうと真は結論づけた。


「さて、これからどうしたものか」


 真は、見張りの数を確認する。牢屋の前に、二人。脱獄しなければ、いずれサルワ王のオモチャにされて、最後はろくな死に方はしないだろう。真は、脱獄を決意する。問題はどうやって脱獄するかだ。思案していると、誰かが入ってきた。兵士の一人が、門番と話している。門番の男が、牢屋の鍵を開け、入ってきた。


「お前に面会だ」

「俺にですか?」

「そうだ。早くしろ」


 真は、兵士に連れられて、面会場所まで行く。面会所に入ると、そこにはリリーナが、椅子に腰かけて待っていた。


「真さん」


 リリーナは、真に顔を向けて、悲しそうな顔をしていた。真は、向かいの椅子に腰かける。部屋の外に出ていく兵士。ドアの外の前で見張るようだ。


「あの王様が、よく面会を許したな」

「はい。私が『もし面会させなければ、異世界から召還したものの中に魔族がいたと民にバラす』と脅したら渋々許してくれました」

「なるほどな。自分達の失態で魔族を王国に召還したことが、民衆にバレたら王室の権威は失墜する。ただでさえ、増税の件で、民は不満がいっぱいだからな」

「ええ」

「クラスメイト達はどうしてる?」

「皆さん、ワルドさんから真さんが、魔族と疑われていると聞いて、かなり動揺しているようでした。特に、伊織と雫さんが、真さんに面会させなさいと叫んだり、何かの間違いだから釈放させなさいと暴れたりして」


 伊織と雫が、なんで自分のためにそこまでするのか、真には分からなかった。突然、リリーナが泣き出す。


「父がすいませんでした。まさか、ここまでするなんて」

「王女さんのせいじゃない。だから、責任を感じる必要なんてないさ」

「でも!」

「いいから涙を拭けって。可愛い顔が台無しだぞ」


 リリーナは、袖で涙を拭う。兵士の男が、部屋に入ってきた。


「そろそろお時間です」

「わかりました」


 真は、やれやれと立ち上がる。リリーナも立ち上がるが、その際、つまずいてしまう。真が、慌ててリリーナの肩を掴む。


「ありがとうございます」


 リリーナが、真にお礼述べ、部屋を出ていく。真は、牢屋に戻された。ベッドに寝転がり、仰向けになる。そして、ポケットをまさぐる。そこには牢屋の鍵が入っていた。リリーナが、つまずいたとき、兵士に気づかれぬよう、こっそりと真のポケットに入れたのだ。


(リリーナ、ありがとう。この恩は一生忘れない)


 真は、心の中で、リリーナに礼を言った。



 その頃、王城では、ランドルフ王子が、暇そうに、テラスに肘を乗せて、眼下に広がる城下町を眺めていた。


「ああ。伊織よ。お前はどうしてそんなにも可愛いのだ。はぁ、その胸に余のありったけの想いをぶつけたいのう」


 ランドルフ王子が、ため息まじりにそう呟いていると、部屋を掃除していたメイドのアンが、歩み寄ってきた。


「王子。そのような所で何をなさっているのですか?」

「何って。想い人にどうやってこの熱い想いを伝えるかを、こうして物思いに耽りながら考えているのだ」


 ランドルフ王子の熱い想いを聞いたアンは、驚いた表情をみせる。


「えっ、ランドルフ王子には想い人がいらっしゃるのですか?」

「ああ。伊織と言って、勇者と共に召喚された異世界人の女性だ。とても美しくてな。一瞬で一目惚れをしてしまったのだ」


 ランドルフ王子の馴れ初めを耳にしたアンは、泣きそうな表情でうつむく。


「そうですか。殿下はそこまでその伊織って人の事を……」


 と、ランドルフ王子は、ピンっと閃き、後ろに佇んでいたアンの方に振り返る。


「あっ、そうだ。アン、お前に一つ頼んでいいか?」

「えっ、私にですか?」

「ああ。お前にしか頼めぬことだ」

「何をすればいいのですか?」


 アンの問いかけに、ランドルフ王子は、ニヤリと笑い、命じた。


「メイド見習いのアンよ。伊織に余の事をどう思っているのか、聞いてくるのじゃ。それが今回のミッションだ。失敗は許されんぞ? よいな。心してかかれ」


 ランドルフ王子の指令に、アンは、切なそうな表情で、承諾した。


「わかりました。伊織さんという女性に聞けば宜しいのですね?」

「うむ。頼むぞ。アン」

「わかりました。お任せを」


 アンは、そう言い、バケツと雑巾を手に持ってランドルフ王子の部屋を出ていく。


「ああ、伊織よ。余のことをどう思ってるのか早く知りたいのう」


 ランドルフ王子は、再び、テラスに肘を乗せて、城下町を眺めながらそう言葉を漏らすのだった。


 部屋を出たアンは、廊下を移動していた。


 と、ミザリーが、部屋の前で思い悩んだ表情でウロウロとしていた。


 アンが、ミザリーに歩み寄り、気になって話しかけた。


「どうしたの、ミザリーさん? ここって、確かたくさんの鍵が保管されている部屋よね?」

「え、ええ。ちょっと、人をここで待っていて」


 明らかに焦った表情を浮かべているミザリー。いつもの冷静沈着なミザリーではなかった。


 いぶかしむアンは、ミザリーに問い質そうとするが、先輩メイドが、やって来て、それを遮った。


「アン! ランドルフ王子様のお部屋の掃除は終わったの!」

「あっ、はい!」

「ならさっさと、洗濯物を干しなさい!」

「は、はい!」


 アンは、急いで、洗濯物を干しに行った。どうやら、先輩メイド達にこき使われているようだ。


 先輩メイドは、ミザリーに会釈し、去っていった。


 残されたミザリーは、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 と、そこに、駆け足でリリーナがやって来た。


「ミザリー、これ」


 リリーナが、牢獄の鍵をミザリーに手渡す。


「上手く彼に鍵を渡せたようですね」

「ええ。あなたの能力〝物模倣〟のおかげよ。ありがとう」

「いえ」


 ミザリーの能力〝物模倣〟とは、文字通り、物をコピーし、瓜二つの物を作り出す能力である。ただ、条件があり、コピーを誰かに渡す場合は、オリジナルを持っておかねばならない。もし、この条件を破れば、コピーはその場で消える。リリーナが、オリジナルキーを持ち出した理由であった。


「それでは、この牢獄の鍵は、陛下に持ち出したことがバレないよう部屋に戻しておきます」

「ええ、お願い」


 ミザリーは、部屋に入り、牢獄の鍵を元の位置に置く。


「真さんをどうかお守り下さい。神エヒカ様」


 リリーナは、手を組み、心の中で、真の無事を神エヒカに祈ったのだった。



 その頃、真は、〝悪夢〟を使い、門番の兵士を眠らせた。〝悪夢〟は、闇属性の魔法で、兵士を眠らせ悪夢を見せる魔法である。使うには条件があり、夜にしか使えず、レベル20以上の者には利かない。


「よし、眠ったようだな」


 真は、門番の兵士がうなされ、完全に眠っていることを確認ししてから、鍵を使って、牢屋を出る。牢屋の外に出て、階段を一気にかけ上がる。地上への扉を開けると、そこは初めて召還された時の場所だった。そこに、神聖騎士団の男が、椅子に腰かけて、星教教会の教えを記した神書を読んでいた。真の気配を感じ、本を閉じる。


「ほう。ネズミが一匹。抜け出しましたか」


 そう言って、椅子から立ち上がり、本を椅子の上に置く。その外見は、整った顔立ちで、女と間違うほどに美貌に溢れていた。


「申し遅れました。私は星教教会が誇る四星の一人、ルクエ・ヴァンフォーレと言います。以後お見知りおきを」


 ルクエは、金髪の髪をかきあげ、優雅に一礼する。気品溢れるその立ち居振舞いに、一瞬見とれてしまう真。


「そこを通してくれそうにはないみたいだな」

「私としましても、戦いは好きではないのですがね。仕方ありません」


 そう言い、ルクエは、ロングソードを銀色の鞘から引き抜く。そして、ロングソードを真に向ける。


「さあ、尋常に勝負といきましょうか!」


 真は、〝悪夢〟を既に使用していたが、神聖騎士団のこの男には効かなかった。恐らく、レベル20以上あるのだろう。


 さらに、真は、武器を取り上げられ、丸腰だった。これはまずいと作戦を練ろうとするが、ルクエは、待ってはくれなかった。〝縮地〟を使い、一瞬で真の懐にもぐり込む。ヤバいと感じた真は、距離を取ろうとするも、間に合わず、刺突を完全に避けられず、横腹を掠めた。上着が破け、傷口から血が流れる。状況を覆そうと真は、頭突きをルクエに食らわす。油断したのか、思いの外効いたようだ。ルクエの体が、よろつく。


「くっ、野蛮な攻撃を」


 真は、その隙を見逃さずに、追撃をかける。男の急所の中の急所を狙い、足蹴をかました。


「ぐぎゃぁあああああ!?」


 ルクエは、声にならない悲鳴を上げた。急所部分を両手で押さえて地面を転げ回る。真は、心の中で謝罪しつつ、追っ手が来ないうちに、急いで扉を開け、部屋から出ていく。


 道順は一回来たことがあるので、迷わない。教会本部を出て、正門に向かう。外は真っ暗だ。門番がいたので〝悪夢〟を使い、眠らせた。門を潜り、台座まで駆ける。台座の上に乗り、セバスが唱えていた言葉を記憶から手繰り寄せた。


「彼の者へと至る道、信仰とエヒカ様の御業をーー〝神道〟!」


 台座が輝き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。やがて、雲海を抜け、地上が見えてきた。高山の肌寒い風に、真は、身震いする。徐々に鮮明になってきた王都を見下ろしながら、真は、言い知れぬ不安が胸に渦巻くのを必死に押し殺した。そして、とにかくできることをやっていくしかないと拳を握り締め気合を入れ直すのだった。


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2021年11月9日。0時00分。更新。

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