第8話 皇女の休日
バルハザード王国から数十キロ離れた荒野に、フードを被った怪しい三人が立っていた。周りには誰もいない。
「この薬で人間族に一時的になれるわけだ」
フードを被ったがたいのいい男が、手に持ったビンを持って眺めていた。中の紫色の液体が僅かに揺れる。
「ああ。これで検問は通れるはずさ」
フードを被った妙齢な女が不敵に笑った。
「おい、作戦前だぞ」
フードを被ったがたいのいい男が、同じくフードを被ってチョコモドキを食べている無邪気そうな子供に注意した。しかし、その子供は反論した。
「え~、固いこと言うなよ。これを食べないと力が出せないんだよ。困るだろ。作戦が失敗したら」
「ちっ、だったら、早く食べろ」
がたいのいい男は、苛立ち気味に吐き捨てた。
「君さ。こんな融通の聞かない男のどこがいいわけ?」
フードを被った女が、子供に振り向く。
「ふん。子供にはわかんないのさ。この人のいいところはね」
「はいはい。どうせ僕はまだ子供ですよ」
そう言い、残ったチョコモドキを一口で食べる。
「さて、標的の勇者は何処にいるのかな?」
がたいのいい男が、王都の方角を見据えて言った。
王都の城下町に、生徒達は、休日を利用して遊びに来ていた。賑わいに満ちた町並み。子供が走り回ったり、店主が呼び込みをしたり、とても戦争をしている国とは思えなかった。実に日常的で平和だ。
他のクラスメイト達が城下町に遊びに行っている中、真は、一人、部屋で図書館から借りてきた世界図鑑を椅子に座って机の前で読んでいた。
ページをめくると、亜人の国について書かれていた。亜人の国はここから東にあり、南北に広がっている【アルマガル樹海】の深部の何処かにあるらしい。ちなみに、バルハザード王国と国交はしていないようだ。国交していない理由は、道が険しく、魔物が強いかららしい。
次のページをめくる。書かれていたのは【海上の町ジュピュタ】だ。この町はここから西の町の沖合いにある。この町は魚介類がよく取れ、バルハザード王国にも届けられている。
西の海に出る途中に、【湖の町ラフテス】がある。この町にある湖は、とても綺麗らしい。しかもこの湖で祈ったカップルは、幸せになる伝説があるそうだ。真は、自分に縁はない話だと、次のページをめくる。
そこには【ディッセル帝国】について書かれていた。【ディッセル帝国】はここから【アルマガル樹海】を挟んだ東にある。この国は、およそ三百年前の大規模な魔族との戦争中にとある傭兵団が興した新興の国で、強力な傭兵や冒険者がわんさかと集まった軍事国家らしい。実力至上主義を掲げており、かなりブラックな国のようだ。
次のページをめくろうとするも、扉を叩く音で、手が止まる。真は、椅子から立ち上がり、扉の前まで歩き、ゆっくりと扉を開ける。そこには、変装した王女リリーナが立っていた。変装といっても、灰色のベレー帽に、メガネをつけているだけだが。服装は普段と違っていた。水色の上着に、黄色ワンピースだった。
「王女さん?」
「え? なぜわかったんですか?」
「いや、どう見ても王女さんだろ」
「う~ん、やっぱり、髪型も変えればよかったかなぁ」
真は、金髪のロンヘアーを弄るリリーナに、要件を尋ねた。
「で、俺に何か用か?」
「あの、よかったら一緒に城下町に行ってもらえませんか?」
「なぜ、城下町に?」
「民の暮らしぶりを見ておきたいのです」
真は、折角の休日だし、断ろうと思ったが、リリーナの真剣な目に感化され、了承することにした。
「ダメですか?」
「いいよ。支度するから待っててくれ」
「はい!」
嬉しそうに頷くリリーナを待たせること五分、真は身支度を終え、部屋から出てくる。服装は、ベージュの長ズボンに、紺色の長袖だ。
「待たせたな。それじゃ行くか」
「はい」
二人は、並んで歩いていく。
その後ろ姿を、伊織と雫がのぞき見ていた。なぜ、ここに伊織と雫がいるのかというと、伊織が城下町に行かないか真を誘いに来ていたのだ。一人じゃ無理だから雫にも一緒について来てもらっていた。
「雫ちゃん、あれデートかな?」
「かもね」
伊織の表情は、般若の如く怖かった。雫もどこか怒りに震えているようだった。
「後をつけるよ、雫ちゃん」
「ええ。いいわ。協力してあげる」
伊織と雫は、真達の後を追いかける。
城下町に富崎と取り巻き達も遊びに来ていた。富崎は、大通りを歩いている通行人を物色する。すると、艶のない黒一色のライダースーツのようなものを纏っている女性を見つけた。胸元は大きく開いており、見事な双丘がこぼれ落ちそうになっている。富崎は、鼻息を荒らし声をかけた。声をかけられた赤い髪の妙齢な女性は富崎を睨む。
「そこのエッチな可愛い人、俺とデートしない?」
「あん? つら見て、出直して来な」
「なんだとてめぇ!」
富崎が、妙齢な女性に手を挙げようとした時、がたいのいいフードを被った男が、富崎の手を掴む。
「俺の女に何をする?」
「!?」
富崎は、普段ならびびらず相手構わず喧嘩をふっ掛けるのだが、目の前の男に、今までに感じたことのない悪寒を感じた。富崎は額に汗をかく。
「いいや。悪かった」
富崎の謝罪に、男は掴んだ手を離す。富崎の後ろから子供の声がする。
「いや~、お兄ちゃん。命拾いしたね」
「!?」
富崎は、いつのまにか背後を取られていたことに驚く。
「おい、あんたら。さっさと行くよ」
スタイルのいいエッチな格好をした女が、連れの二人に促した。
「ああ」
「はいはい」
三人は人混みに紛れてどこかへ去っていた。取り巻き達が、富崎に駆け寄る。
「おい、伸二。いいのか、あのまま嘗められたままで」
川村が、イラつき気味に富崎に言った。
「お前、あの男の目を見たか」
「目?」
「あれは躊躇いもなく人を殺せる目だ。俺も同類だから分かるのさ。雰囲気でな」
「ふ~ん。そうなのか」
今いち、わかっていない川村は、飲み物を買いに行かせていた末崎が戻って来たことに気づき、声を張り上げる。
「おせぇぞ、末崎! 飲み物買うのにどんだけかかってんだよ!」
「ごめん、川村君」
川村は、イライラと末崎から飲み物を奪い取る。
「ほら、伸二。飲み物。これでも飲んでいい女をつかまえようぜ」
「ああ」
富崎は、渡された飲み物を一気に飲む。
「ぷはっ~! よし、いっちょ、やったるか~!」
富崎達は、再び、ナンパを開始した。
勇は、強引に孝太から気晴らしに連れて来られて、城下町を散策していた。
「おい、これ見てみろよ、勇。よく出来てるぜ」
「ああ」
孝太は、子供用オモチャを手に取り、元気のない勇に言った。
「おいおい、勇。まだ気にしてんのか?気にすんなって。あれはお前の勝ちだって」
勇は、模擬試合での勝利に納得がいっていなかった。
「あの時、渡部はわざと負けたような気がするんだ。もしそうなら嘗められたもんだ」
「お前の考えすぎじゃねぇの。お、噂をすればなんとやら」
「うん?」
孝太の視線の先には、真が露店の辺りを歩いていた。勇も真の方を見やる。隣には見知らぬ女性が並んで歩いていた。
「あれ誰だ? もしかして、デートってやつ?」
孝太のおどけた言葉に、勇は女と遊び呆けている真を見て、イラつきを隠せない。勇と孝太は、後ろの方に伊織と雫が物陰から真達を見ていることに気づく。
「あいつら何やってんの?」
孝太が、勇に尋ねる。勇の顔から嫉妬心が滲み出て、右拳を強く握りしめる。
「勇?」
孝太が、勇の様子の変化に気づき、心配そうに勇の顔を見やる。
そんな二人を他所に、真は、リリーナ王女と露店を見て回っていた。リリーナは、ネックレスを首にかけて真に尋ねる。
「真さん、これ似合いますか?」
「似合うんじゃないか」
「もう。適当に言ってませんか?」
「いや、本当に似合ってると思うぞ」
「そうですか。なら買おうかな。これいくらですか?」
リリーナが、太っちょ店主の男に尋ねる。
「銀貨2枚になります」
「はい」
リリーナは、ポケットから銀貨を二枚取り出し、店主に手渡した。
「まいどー」
バルハザード王国の通貨は、金貨、銀貨、銅貨で、現国王の顔がコインの表に彫られている。銅貨十枚で銀貨一枚とギルドで交換可能。また、銀貨十枚で金貨一枚で交換できる。
物陰から覗いている伊織が嫉妬心に震える。
「なにあの女。渡部君とイチャイチャして。ねぇ、雫ちゃん、あの女殺してもいいかな?」
「伊織、冗談でもそんなこと言っちゃダメよ。やるなら半殺しじゃないと」
「なんか雫ちゃん怖い」
伊織が、いつもと違う雫を見て、、身震いする。
真とリリーナ王女は、再び、歩き出す。突然、方向を変えたリリーナは、路地裏に入ろうとする。真が、リリーナを呼び止める。
「そっちは貧民街だぞ」
「はい。知ってます」
「スリが多く、治安もよくない。それでも行くのか?」
「はい。王女として、この国の闇を見ておきたいのです」
「わかった。もし、何かあっても俺がいる」
真が、腰に差した剣を握る。
「はい。頼みます」
二人は、貧民街へと足を踏み入れた。
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2021年11月4日。0時00分。更新。
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