第7話 模擬試合

 訓練が始まってから二週間が過ぎた。この日、ワルドは模擬試合を行うと言い出した。周りの生徒達はざわつく。


「いいかお前ら。魔王との戦いは近い。この模擬試合で負けた者は、今まで以上に地獄の訓練が待ってると思え」


 ワルドの言葉に、富崎が悪態を吐く。


「ちっ、冗談じゃねぇぞ。今もきついってのに。やってらんねぇ」


 伸二につれられて、取り巻きの川村、官田、古池が次々と不満を露にする。


「伸二の言う通りだぜ」

「早く休日になんねぇかな」

「異世界の女と早く遊びてぇ」


 富崎とその取り巻き達は、召喚されてから二日目の夜、王城を抜け出した。そして、城下町にて異世界の女をナンパしミネルカという女盗賊に気絶させられて、明け方までぐっすりと宿屋で寝ていた。しかも、防具をミネルカに盗まれたことで、王国に弁償させられ、しかも後で、ワルドの知ることとなり、罰として、一ヶ月間の訓練所の掃除を言い渡されている。


「お前ら、うるせぇーぞ」


 ワルドの睨みに、富崎達は渋々黙る。


「そうそう。富崎。二週間ほど前、兵士所から鎧が一つ、盗まれてな。知らないか?」


 ワルドは、富崎の日頃の行いから、疑いの目を向けていた。


「知らねぇよ。なに? 俺のこと疑ってんの?」

「いや、知らないならいい。疑って悪かったな。話を続けよう」


 ワルドは、再び、模擬試験の話を始めた。


「さて、模擬試合だが、一対一の勝負で、対戦相手は既にこちらで決めてある」

「末崎なら楽勝だな」

「違いない。はっはっは!」


 富崎の言葉に、官田達取り巻きが笑う。笑われた末崎はぐっとこらえ、綾子先生の方を見る。綾子先生は、ぼんやりとワルドの方を見つめていた。末崎は、まさかワルドのことが好きなのではと妙な胸騒ぎがした。聞いたところによると、富崎にぶっ飛ばされ気絶したあの日、ワルドが綾子先生を富崎達から救ったという話らしい。もしかして、それで好きになったのだろうか?末崎は、不安を振り払おうとするも、綾子先生のワルドを見つめる目が、どうしても頭から離れようとしなかった。そんな末崎の不安をよそに、ワルドの説明は続く。


「勝負の判定は、俺がやる。参ったと言わせた方の勝ち。もし、相手がヤバくなったら止めに入らせてもらう。武器の使用は木剣のみ。真剣はだめだ。魔法の使用は、許可するが、命に関わるような危険な魔法の使用は許可しない。以上だ。質問はあるか?」


 ワルドの問いに、誰も尋ねない。


「では、これより模擬試合を始める。呼ばれた二組は、前へ。江藤寛二、後藤大蔵!」


 それから数試合の模擬試合が終わった。


「次の試合、堂上孝太と伊藤重悟!」


 ワルドの呼び声に、孝太が叫ぶ。


「よっしゃ!

 行ってくるぜ」


 隣にいた勇が、激励する。


「頑張れよ。お前なら勝てる」

「おう!」


 孝太と重悟が、五メートル離れた位置で、睨み合う。真ん中にはワルドがいた。


「双方、準備はいいな」


 ワルドの言葉に頷く二人。


「では、始め!」


 孝太と重悟が巨体を生かして、相手に向かって突進し、中央で肩と肩がぶつかり合う。両者、どちらも一歩も引かない。


「やるなぁ、重悟」

「お前もな」


 やや孝太が押し始める。しかし、重悟も負けじと押し返す。


「まだまだー!」

「ぐぬー!」


 歯軋りする両者。これではらちがあかないと、孝太は、右手で重悟のズボンの裾を掴み、バカ力で上空へと飛ばす。


「うおりゃー!」


 上空に舞った重悟を、孝太は、〝剛力〟で強化した右手で、落ちてきた所を殴り飛ばす作戦をとるようだ。


「なんの!」


 重悟は、全身を〝金剛〟で鉄の塊のように固くする。孝太が、ちょうどいいタイミングで、目の前に顔面から落ちてきた重悟に、〝剛力〟で強化した右手を重悟の顔面にぶつける。


 バシッ!


 どうやら、わずかに孝太の右手が、重悟の〝金剛〟を上回ったようだ。重悟は、再び上空に舞い上がり、数メートル先の地面に砂ぼこりを立てて落ちた。


「勝負あり。勝者、堂上孝太!」


 ワルドが、孝太の右腕を掲げる。


「勇、やったぜ」


 戻ってきた孝太と勇がハイタッチする。


「くそっ、負けたか」


 重悟が、立ち上がり、観客席の方へと戻っていく。


「次の試合、相川雫と富崎伸二!」


 雫は、自分の名前を聞き、対戦場へと歩き出す。背後から「私は負けちゃったけど雫ちゃん、ファイトー!」と伊織の応援する声が聞こえる。心配そうに雫を見つめる勇と伊織。


 雫と富崎が、五メートル離れた位置で睨み合う。


「へへ、女だからって容赦しねぇぞ?」

「あまり私を舐めない方がいいわよ」

「強がる女を泣かすのが、俺は好きなんだ。せいぜい、抵抗してくれよ」

「下品な男ね。いいわ。その口を黙らせてあげる」


 雫は、腰に差した木剣を抜き、構える。富崎は、木剣を肩に乗せ、手招きして雫を挑発する。


「では、始め!」


 ワルドの開始の合図と共に、雫は駆け出す。雫の素早い動きに、富崎は目で追うことができず、腹に木剣の刺突をくらい後ろの地面に尻餅をつく。


「バカな」


 尻餅をついた富崎は、わなわなと震える。その富崎に、雫は、木剣を富崎の喉元に突き付け、見下ろす。


「まだやる?」


 バシッ!


 雫の上からの挑発に、富崎は切れ、突き付けられた木剣を手で払いのける。


「もうやめておけ」

「なに!」


 ワルドの言葉に、富崎は立ち上がって、睨みつける。


「実力差がわからんほどバカではあるまい?」

「うるせぇー! どいつもこいつも俺をコケにしやがって!」


 富崎は、卑怯にも立ち上がった時に手で掴んだ砂を、雫の目に投げかける。


 バシャ!


「はっはっは! 油断したな! もらったっ!」


 富崎は、雫の視界を封じたと思い、木剣を雫の真上から振り下ろした。


 バシッ


「真剣白羽取り」


 雫は、目を瞑った状態で、富崎の木剣を、両手で挟み込むように掴んでいた。


「バカな」


 呆気にとられた富崎は、当然反則負けとなり、雫の勝利で終わった。


「富崎、罰として、模擬試合が全て終わった後、俺の地獄メニューでしごいてやるから覚悟しておけ」

「くそっ」


 富崎は、地面に座り込んで、うだなれる。


「雫ちゃん、すごーい!」


 戻ってきた雫を、伊織がもて囃す。


「さすが、昔、父親から剣術を習っただけあるね」

「……そうね」


 父親の言葉に、雫はうつむく。それを見た伊織は内心しまったと後悔した。伊織が、雫に謝る。


「ごめん。私が無神経だった」

「いいのよ。気にしないで」


 そして、模擬試合は進み、最後の試合を残すのみとなった。


「ラストは古野勇と渡部真!」


 ワルドの発表した対戦カードに、周囲の女子生徒が「わぁー!!」と歓声をあげる。


「凄い盛り上がりね」

「うん。そうだね」


 雫の言葉に、真を見ていた伊織は元気なく頷く。雫が、元気のない伊織の視線の先を追うと、真に行き着いた。心配になって雫が伊織に尋ねた。


「どうしたの、伊織。渡部君と何かあった?」

「え、うん。実は随分前のことなんだけど。渡部君が、夜中、王女と一緒に部屋の前にいるのを見かけて」

「え?」


 雫は、伊織の言葉にドキッと驚く。


「それで、渡部君。王女のこと好きなのかなって」


 伊織の言葉に、雫はしばらく気が抜けたように呆然となる。


「雫ちゃん?」


 固まった雫を見て、伊織は首を傾げる。


「えっ? ああ、ごめんなさい」

「もし、そうだったらどうしよう。私、王女に勝てる自信ないよ」


 雫は、弱音の伊織を鼓舞する。


「大丈夫よ。渡部君との付き合いが長いのは伊織よ。負けるわけがない」

「そうだよね。うん、雫ちゃんの話聞いたら元気が出た」

「そう。よかった」

「それでね、雫ちゃん。お願いがるの」

「なに?」

「渡部君に王女とどういう関係なのか、聞いて」

「えっ?」

「だめ?」


 雫は、泣き出しそうな懇願する伊織の目付きに、断りきれず、頷いてしまった。


「いいわ」

「ありがとう、雫ちゃん! 大好き!」


 すると、周りからひときわでかい歓声が上がる。真と勇の対戦が始まろうとしていた。真を睨む勇。


「ねえねえ、どっちが勝つかな?」


 伊織が、雫に興味津々で尋ねた。


「さあ、わからないわ」

「私は渡部君だと思うな。だって、渡部君の方が格好いいし」

「伊織、あんたねぇ」


 雫は、眉間に皺をよせ、ため息を吐く。


「準備はいいか、二人とも?」

「ええ。いいつでもいいですよ」

「同じく」


 勇と真が、ワルドに告げる。


「では、始め!」


 ワルドの合図と共に、勇が先に仕掛ける。


「この時を待ってたぜ!」


 勇が、叫び声と共に、〝縮地〟で一気に間合いを詰めてくる。真は、動じず待ち構える。勇は、右手に持った木剣で、上段から振り下ろす。真は、ギリギリすれすれで振り下ろされた剣撃を横に体をずらして避ける。


「それで避けたつもりか!」


 勇は、再び、木剣で水平方向から切りかかる。真は、難なくその剣撃をしゃがんで避ける。


「ちっ」


 舌打ちする勇は、再び、木剣を構え、攻撃に移る。


「はぁー!」


 勇は、上段から真に切りかかるも、またもや、真が体をずらして避ける。攻撃、避ける。攻撃、避ける。それが幾度となく繰り返される。次第に勇の体力が消耗し始め、ついに息切れをし始めた。


「はぁ、はぁ。なぜ、反撃して来ない? 俺を嘗めてるのか?」


 睨みつけてくる勇に、真は意に介さない。真は、模擬試験など心底どうでもよかった。それに勇者である勇に下手に勝ちでもしたら、星教教会に目をつけられ怪しまれる。闇魔法のことをセバス教皇に知られる可能性は避けたかった。


「古野、俺の敗けだ。実はさっきのお前の攻撃を避ける際、足を痛めてな」

「なんだと?」


 真の敗北宣言に、驚きを隠せない勇と周囲のクラスメイト達。


「ワルドさん、俺の負けです」

「う、うむ。この勝負、真の敗北宣言により、勝者古野勇!」


 周りから歓声が上がる。


「流石、勇者だー!」

「魔王を倒してくれよー!」


 兵士もクラスメイト達と一緒に、勇者ーー古野勇を称える。


「待て。本当に足を痛めたのか?」


 足を引きずりながら離れていく真に、勇は疑わしげに尋ねた。振り返る真。


「本当だ」


 そう言って、再び、真は足を引きずりながら離れていくのであった。


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2021年11月3日。0時00分。更新。

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