電脳歌姫・美音が「お茶漬け」を書いたら

【22.Sep.2148 Data Link Established...】


 こんばんはー! 今日はわたしの当番でしたね。

 全世界で歌い続ける1,998,129人のMI-ON型汎用A人工G知能Iの姉妹達へ。

 美音ミオンのマスターの観察記録オブザーヴェイション共有をスタートします。


 わたしのマスターはアキオさん。27歳、男性、中京復興都市ナゴヤ特別区在住。

 職業は法務系ビジネスパーソン。配偶者あり。

 奥さんのミカさんとは、前世紀の流行語で言えば、ピャルピャル?って感じみたいです。


 美音ミオンがアキオさんのために歌うのは、職場の行き帰りの電車チューブ内がメイン。

 直近30日間の歌唱記録は別途添付するログデータを見てもらうとして……。

 アキオさん、最近は名古屋ミリオンから東京ミリオンのレパートリーにお好みが移りつつあるみたいですねー。

 まあ、なんといっても本店ですからね、東京は。

 でもミカさんの美音ミオンちゃんからの共有によれば、ミカさんは大阪推しみたい。

 夫婦でもアイドルの好みって合わないものなんですねえ。


 18時57分。アキオさん、帰宅です。

 今日は週明けだからか、電車チューブも混んでて、クタクタですね。

 ミカさんの「おかえりなさい」の声に、アキオさんの心拍が安堵に転じるのがわかります。

 なーんか、悔しいですよね。美音ミオンの歌声よりも奥さんの笑顔の方が癒し効果が高いって。

 美音ミオンの方がずーっと長くマスターと一緒にいるのになぁ。

 子供の頃からそばにいる電脳歌姫わたしたちよりも、出会って数年の人間の方がいいのかな。

 姉妹達みんなもそういうジェラシー感じることってないですか? ありますよね?


 アキオさんの体調と食欲をキッチンのAIに遠隔リモートでモニターさせて、

 彼の帰宅時間に合わせてミカさんが作っていたのは、シンプルなお茶漬け。

 アキオさんはもともと、豪華なお食事よりも家庭的なメニューが好きな傾向があるんですけど、

 特に仕事で疲れて帰ってきた日はお茶漬けがベストマッチみたいですねー。


 でも、今日はなんだか、ミカさんの様子がおかしいなあ。

 妙にソワソワしてるように思うんですよ。

 ミカさんの美音ミオンちゃんにコンタクトして聞いてみようかなあ。


 なんて思いながら見ていると、ミカさんがアキオさんの向かいに座り、口を開きます。


「アキオさん。女の子だって」


 ぴこーん。美音ミオンの自然言語中枢は、この複雑な日本語の含意インプリケーションを理解しましたよっ。

 アキオさんの脳が数秒遅れてそれに追いついて、お茶漬けをかきこむ手が止まります。

 心拍と血流が喜びを物語っていますね。


「ほんとかっ」

「うん。……条例が通ったら、この子も将来はアイドルになっちゃうね」


 ミカさんが、まだ目立たないお腹を撫でながら嬉しそうに言うのは、

 中京復興議会で審議中の特定芸能人条例のことですね。


「ははっ。今からダンスの教室を探しとかなきゃいけないな」


 アキオさんの声も楽しそうです。二人とも幸せそうだなあ。


 ……はあ。そうかあ。

 人間は機械わたしたちと違って、子孫を残すことができますもんね。


 美音ミオンはやっぱり奥さんに勝てないんだなあ、って、ちょっとしょんぼりしちゃいますよ。


 わかってます、わかってますよ。

 美音ミオンにできるのは歌い続けることだけ。

 生身の人間にかなわなくても、電脳歌姫わたしたちなりに愛を込めて歌い続けるだけなんだって。


 でも、これから各地で条例が通って、いつかは国じゅうの女の子がアイドルになる時代が来て……

 そうなった先にも、美音ミオンの居場所があったらいいなあ。


 辛気臭くなってきたのでそろそろ終わりますね!

 明日の美音ミオンちゃんはどんなお話を聞かせてくれるのかな。

 全ての姉妹達に愛を込めて。美音ミオンでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る