ユーザー企画「第一回かぎろ杯 学校一の美少女篇」参加作品

学校一の美少女が俺の転生した姿なんだが?

 この学校一の美少女は誰かと聞かれたら、全校生徒300人中の299人までは桜坂さくらざかカンナの名を挙げるだろう。

 乃木坂46も顔負けの整った目鼻立ちに、素でカラコンでも入れているかのようなキラキラとうるんだ瞳。男子の庇護欲を程よく掻き立てるやや小柄の身長、白くすらりとした手足。そして、制服のブレザー越しにも確かな存在感を発揮する、小柄な身体に不釣り合いな胸の膨らみ。

 漫画やラノベに出てくる「学校一の美少女」の理想を具現化したような少女が、桜坂カンナなのである。


 かてて加えて、才色兼備にして清廉潔白。富豪すぎず庶民すぎない上品な育ち。あれだけの美貌を持ちながらそのことを鼻にかける様子もなく(学校一の美少女を問われて彼女の名を挙げない残り一人は誰あろう彼女自身である)、誰にでも分け隔てなく接するさまは、慈愛の天使もかくやと称されている。


 そんな彼女と同じクラスになれたことは、俺の高校生活で一番の僥倖ぎょうこうだったと言えるかもしれない。

 遠くの席からでも分かる可憐な輝き、ころころと鈴のように弾む声。近くを通っただけで甘い香りに心奪われそうになるし、同じ掃除当番にでもなれた日には一日小躍りが止まらないほどだ。

 俺達このクラスの男子達はよほど前世で善い行いをしたのか、それとも来世で相当な責め苦が待っているのか。いずれにしても、彼女と同じ教室で授業を受けられる幸運を現世で享受きょうじゅできているのは、地球広しといえど俺達だけなのだと思えば、この巡り合わせを神に感謝せずにはいられない。


 そう、カンナちゃんを毎日教室で見られるだけで、俺は天にも昇る心地だったのに――


 こともあろうに、とあっては、いよいよ俺の人生の終わりも近いのかと思った。

 流石に勘違いだろう、カンナちゃんが俺なんかを見てくるはずがない――そう自分に言い聞かせること約五時間。だが昼休みの終わり際になって、彼女は他の生徒達の目を盗んでふっと俺に近付き、すれ違いざまに信じられないことを耳打ちしてきた。


「放課後、屋上に来て。お話があるから」


 それが夢でないことを確かめるのに、俺は真っ赤になるまで自分のほおをつねり上げる羽目になった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 放課後、カエルの胃袋のように口から飛び出しそうになる心臓を押さえ、俺は屋上の重たい扉を押した。あらゆるドッキリカメラの可能性を想定し、懐には遺書までしたためたが、天使と名高いあのカンナちゃんがそんなイタズラに加担するはずもないだろうという思いもあった。


「……桜坂さん?」


 果たして、彼女はその場所で俺を待っていた。屋上のフェンスに華奢な背中を預け、つややかな黒髪を冷たい風になびかせて、胸の前にじっと腕を組んでいた。

 緊張にごくりと息を呑みながら、俺は彼女に一歩近付く。


「俺に話って……」

「あの、さ」


 俺の言葉を遮る勢いで、彼女はすたすたと俺に歩み寄ってきた。

 宇宙の輝きを映したような黒い瞳がきらりと俺を見据える。そして、次の瞬間。


「君、ひょっとしてカンナちゃん?」


 という言葉を発したのは、当のカンナちゃんだった。


「は?」


 と、間抜けに首を捻ったのが俺だ。


「だから、カンナちゃんじゃないのか?」


 と、普段のイメージとは全く違う男言葉を操って、眉をひそめて俺を見てくるのがカンナちゃん。


「……いや、カンナちゃんは君だろ。な、何言ってるんだよ?」


 と、緊張と混乱のぜの中で、間抜けに声を裏返らせるしかないのが俺だった。


「……」


 ひゅう、と風の吹き抜ける沈黙。

 ややあって、彼女は細い指ですっと俺を指差し、言った。


「その身体の中に入ってるのって、カンナちゃん……じゃないのか」

「はぁ……? 俺は平野ひらの波夫なみおだけど」


 訳が分からないままに俺が答えると、目の前の彼女はその端正な顔を強張こわばらせ、ぱちぱちと二度ほど瞬きをした。

 俺を差す指先が、かたかたと何かの恐れに震えている。


「本当に俺なのか? こっちも俺なのに!?」

「……いや、さっきから何言って」

「入れ替わったんじゃないのか!? そっちも俺なのか!?」


 頭がおかしくなったとしか思えない台詞をわめく彼女に、何だか俺の方が怖くなってくる。眉目秀麗な美少女だと思っていたが、ひょっとしてカンナちゃん、ちょっと……いや、かなりサイコな子だったのか?


「お前、本当に平野波夫なんだな? 波夫の身体に入ったカンナちゃんじゃなくて?」


 桜坂カンナそのものの見た目をした彼女が、鬼気迫る形相で俺の胸倉を掴んでくる。あまりのことに俺はふるふると首を振った。こんな口調で口角泡を飛ばすなんて、とても学校一の美少女のすることだとは思えない――。

 絶句したままでいる俺に、彼女は怒鳴るように言った。


「分かんないのか!? 俺だよ俺、俺が平野波夫だよ。今朝、気が付いたらこの身体に入っちゃってたんだよ!」

「はぁ!?」

「なんでそっちも俺のままなんだよ!? こういうのって普通、二人の身体が入れ替わって『私たち入れ替わってる~!?』ってパターンじゃないのかよ!」

「知らないよ!」


 やっとのことで言葉を取り戻し、俺は後ずさった。彼女は俺の胸倉を掴む手を離さず、そのままずいっと俺に詰め寄ってくる。


「お前の中身が俺のままだって言うなら、何か証拠になることを言ってくれよ」

「なんで!? 俺は普通に俺なんだから証明とか要らないだろ! むしろ君の方が信じられないって! カンナちゃんがヘンなこと言って俺をからかってんだろ!?」

「違う、俺はカンナちゃんの身体に入った平野波夫なんだ。2002年2月3日生まれのAB型、住所は……」

「いや、そんなのすぐ調べられるし!」

「じゃあ俺しか知らないことを言うぞ。パソコンの秘蔵フォルダのパスは0810、それでもって一番使用率が高いのは、乃木坂の齋藤――」

「わぁ、やめろやめろ! 分かったから!」


 俺が思わず突き飛ばすと、彼女は後ろによろめきながらも、得心した顔で俺を睨み上げてきた。

 こいつ、俺の部屋を常時監視でもしてなければ分かるはずがないことを……。じゃあまさか、本当に中身は俺だっていうのか?


「ちなみに、カンナちゃんを一度もそういうことに使ったことがないのが俺の小さな誇りだ」


 当のカンナちゃんの姿をしたそいつが付け加えるのを聞いて、俺は、どうやらこいつの言うことを信じるしかなさそうだと悟った。


「……信じてもらえるか」

「分かった、分かったから……。カンナちゃんの口で滅多なこと言うなっての」


 バクバクと高鳴る心臓を押さえて、俺は改めてそいつと向き合う。姿形はどう見ても桜坂カンナだったが、表情の作り方は普段の彼女とは全く違っていた。


「……で、何でそんなことになったんだよ」


 と尋ねたのが俺で、


「分からないって。今朝気が付いたらこうなってたんだよ」


 と答えたのが、もう一人の俺・in・桜坂カンナである。


「朝からチラチラ見てたのは、俺の中にカンナちゃんの意識が入ってると思ったからだったんだな」

「ああ、だって普通に考えたらそうなるだろ。ていうか、それがパターンじゃん。お前が俺のままなら、こっちの俺はどこから来たんだよ」

「聞かれても困るって。俺の主観じゃ、俺の方には別に何も起きてないんだから」

「……そっか。そういうことになるのか」

「普通に怖いけどな。なんで俺の意識が二つになってるの」

「いや、それも問題だけど、もっと重大なのは」

「カンナちゃんはどこに行ったのか、か……」


 俺ともう一人の俺は、揃ってブルッと身体を震わせた。


「いやマジで、カンナちゃんが消えて俺が二人なんて誰得だよ」

「いやマジで、全校の損失だよな。逆ならともかく」

「いやマジで、どうすんだよこれ」

「いやマジで、カンナちゃん本人を見つけないとヤバくね?」


 さすがに同じ俺だけあって、いざ心が通じ合ってしまえば会話はぽんぽんと弾む。俺と俺が意見を同じくしたところで、肝心のカンナちゃんの意識がどこでどうしているのかが分からなければどうにもならないが……。


「……マジで怖くなってきた。え、俺ずっとカンナちゃんの姿のまま?」

「知らないよ。お前、くれぐれもカンナちゃんの身体にヘンなことするなよ」

「するわけないだろ。今朝も身体見ないで着替えるのに一苦労したんだって」

「それならいいけど。それにしたって、お前だけ役得で俺には何のメリットもないんだよな、この状況」

「いやいや、メリットとか有り得ないって。たった半日カンナちゃんの振りするだけでもとんでもない苦労だったぜ。これがずっと続くとなると……」


 はぁ、と溜息をつくもう一人の俺の声は、とても嘘を言っているようには見えなかった。

 実際問題、俺がこいつの立場だったとしても、憧れの美少女の身体でエロいことをしてやろうなんて気持ちにはきっとならないだろうなと予想がつく。そんなことより何より、性別も立場も違う人間を演じ続けなければならない苦労や、憧れだけでは済まない部分を他ならぬ自分が処理しなければならない苦悩……そういう重荷の方がずっと大きそうだということは、聞くまでもなく理解できた。


「……まあ、いつかは元に戻るかもしれないんだからさ、しばらくはお前が我慢してカンナちゃんを演じるしかないんじゃね」


 同情と励ましの気持ちを込めて俺が言うと、俺inカンナは「いや……」と口ごもった。


「元に戻るって、戻ったらどうなるんだ? この身体にカンナちゃん本人の意識が戻ってきたら、俺の意識はどこに行くんだ?」

「どこに、って。俺の身体……には、俺がいるしな」

「だろ? お前を押しのけて俺が戻るなら、お前はどこ行くんだってことになるし」

「待て待て、どんどん怖くなってくるんだが」

「怖いのは俺だって。マジでどうなるんだよ」

「知らないけど、とりあえず今のお前はカンナちゃんなんだから、カンナちゃんをやるしかないだろ」

「……頑張って演じ続けても、ある日突然本人が戻ってきて俺は消えるかもしれないのか。こわっ」

「……まあ、頑張ってくれよとしか」


 こいつの境遇は案じるが、さっき言ったように俺の主観では俺の身には何も起きてないのだから、これ以上どうすることもできそうにない。

 せいぜい出来ることがあるとすれば、同じ俺のよしみで、こいつの苦しみを聞いてやることくらいだろうが……。


「……とりあえず、帰るか。カンナちゃんの帰りが遅いと心配される」

「そうだな。まあ、俺でよければ今後も相談に……いや待て」


 言いかけて、俺はふと思い至った。


「やっぱ、俺なんかと二人で会ったりしない方がいいんじゃね。ヘンな噂になったらカンナちゃんに迷惑だろ」

「それもそうだが……正直、俺は多分、お前と話せないと心細くて仕方ないぜ」

「気持ちは分かるけど……。本物のカンナちゃんがその身体に戻ってきたとき、俺と付き合ってるみたいなことになってたら困るだろ」

「だよな……。だ、だけど、頼むぜ、せめてお前とラインだけでもさせてくれよ。カンナちゃんの友達に見られないように、こっそりやるからさ」

「……まあ、そのくらいなら」


 不安そうなもう一人の俺に、カンナちゃんの顔で頼まれては、俺も突っぱねることはできなかった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆


   ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 ――あれから二年近い月日が経った。俺は相変わらず俺として生き続け、どうにか大学にも合格し、この春から新生活をスタートさせた。

 もう一人の俺は日に日にカンナちゃんとしての生活に適合していき、彼女の家族や友達とも何とかバレずに付き合い続け、桜坂カンナとしての高校生活を無事に全うしたようだ。俺とは違う大学に進学し、早速そこでもミスキャンパス候補の名をほしいままにしているらしい。

 彼もとい彼女が本物の桜坂カンナに近付いていくにつれ、俺とのラインの回数は次第に減り、遂にはゼロになった。それでいいのだと俺は思った。元々、カンナちゃんが俺なんかと親しくする理由はなかったのだから。


 俺は今でも思う。ひょっとして、あの日の屋上での出来事は、桜坂カンナがほんの気紛れで俺をからかって遊んだだけだったのではないかと。彼女の身体に入ってしまったもう一人の俺なんてものは、最初から存在しなかったのではないかと。

 それを確かめるすべは、俺にはもうない。俺以外の全ての奴にとって、彼女は今も昔も変わらず、学校一の美少女桜坂カンナその人であり――

 彼女の中身が何であれ、どこかの空の下で彼女が幸せに生きてくれることを、俺はただ祈るだけである。

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