習作(無題)
批判者たるもの己の言葉には責任を持たねばならないのだよ、と、私の恩師であり先輩であるその人は口癖のように言っていたものだった。いかにもライトノベルの使い古されたキャラ付けの一つといった
彼女が年上の異性であることを否が応でも私に思い出させるその仕草に続いて、先輩は決まって続けるのだった。批判に責任を持つとは、つまり、自分に出来ないことを他人に要求しないことであると。いかに言葉を尽くして他人の駄目出しをしたところで、批判者自身がそれを実践する力と意識を持たない限りは所詮片手落ちに過ぎないのであると。そんな話をするとき彼女が引用するのは、決まって
日本海軍を代表する名パイロットとして名を馳せた坂井三郎は、後進を指導する立場になったとき、己に出来ないことを新人に強要することはしなかった。当時の飛行機の操縦には、重たい操縦
そしてその日も先輩はパソコンに向かい、熱心に何かを書いていた。聞けば、自分の述べた批評に裏付けを与えるために自ら筆を
私は作者の選んだ形式自体を何ら否定するつもりはないんだ、と先輩は細い指でキーボードを叩きながら言っていた。私はただ、その形式をやりたいなら何が足りないのかを指摘しているだけなのだよと。当時の私には先輩の言うことの半分も理解できなかったが、そんな私にも彼女は懇切丁寧にその文章の足りないものを説明してくれた。それは世の人が統一感とか、自然さとか、ブレのなさとか呼ぶ類のもので――より誰にでも分かるように表現するなら、一つの作品の中で口調があちこち入り乱れていてはダメだということのようだった。
僅か一年ばかりの付き合いに過ぎなかったその先輩の横顔を私が今でも覚えているのは、単に私が彼女という異性に
いつか向こうで再会したとき、彼女は私を褒めてくれるだろうか。それとも、君に出来るくらいのことは私にも出来るのだよ、と言って、流し目で微かに笑うだろうか。
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