「カクヨム3周年記念選手権」応募作品(お題「バーグさん」及び全部乗せ)

紙とペンと2番目のルールで最後の3分間から彼女を救え! シチュエーションラブコメの切り札はフクロウ? 最高の目覚めで3周年おめでとう

「あれあれ? こんにちはっ、作者様。今日も懲りずに来たんですか?」


 雲のような世界の中、いつもの黄色い声が俺の鼓膜を叩いた。


「俺からすれば、俺の夢の中にお前が毎晩出張でばってきてるんだがな」


 真っ白な空間に立つ「彼女」に俺は言い返す。彼女はオレンジ色の目をきらりんとさせて、「ふふ」と小悪魔じみた笑みを見せた。


「どっちでもいいじゃないですか。細かいこと気にしてると女の子にモテませんよ?」


 薄いブロンドのショートヘア、頭にちょこんと乗っかった青リンゴみたいな色のベレー帽。もはや見慣れた姿の彼女が、そう言って俺の前に人差し指を突き出してくる。


「どうせ現実でも夢の中でも彼女なんか出来たことねーよ」

「ふふっ。無事に滅亡からわたしを救い出してくれたら、わたしが付き合ってあげないでもないですけどー」


 やれやれ、と俺は肩を落とした。どこの誰かも知らない上に、実在しているかどうかも分からない相手と付き合うも何もあったものではないが……。


「さあ、地球崩壊最後の3分間です。その紙とペンでわたしを救い出してくださいっ」


 気づくと俺は原稿用紙とペンを持たされていた。空はいつのまにか毒々しく不吉な赤に染まっていて、滅びゆく文明の残骸みたいなものが地平線の向こうに揺れていた。

 轟々と耳をつんざく音を立てて、燃える巨大な流星が空の彼方から近付いてくる。


「今日は隕石なんだな……」


 隕石、大洪水、大火山の噴火、疫病、世界戦争、異星文明の侵攻。滅亡の原因が何であろうと、俺がこの夢の世界で課されるルールは変わらない。


「さあ、早く書いて書いてっ、作者様! ボケーっとしてたら3分なんてすぐですよ!」


 今夜も押し付けられる、紙とペンとルール。そう、この原稿用紙とペンを渡されてから3分以内に、彼女の納得する救出の筋書きを書き上げなければならないのだ。


「あーもう、わかったよ。えーと、こないだは脱出ロケットを作る話でダメだったから、今日は……」


 こうしている内にも真っ赤な空から炎の飛礫つぶてがひゅるひゅると落ちてくる。滅びゆく世界の中を彼女とともに逃げ惑いながら、俺は必死に原稿用紙にペンを走らせる。


「あっ、もう1分経ちましたよ!? 何行書けたんですかっ、作者様っ」

「つーか、普通に考えて、3分で短編小説一本書けっていうのがまず無理だろ……!」


 どかぁんと地を割るような衝撃に続き、爆風が俺達の身体を煽る。「ひゃっ」と黄色い悲鳴を上げて、ベレー帽と同じ色をしたミニたけのワンピースの裾を律儀に両手で押さえ、彼女は俺と一緒に吹っ飛ばされる。


「限られた時間の逢瀬、そして滅びゆく世界での恋っ! これって王道にして究極のシチュエーションラブコメだと思いませんか?」

「はぁ!?」


 俺が呆れて声を裏返らせると、彼女はてへぺろっと自分の頭を押さえた。


「あぁ、失礼。作者様のセンスでは理解できなかったですねっ」


 ここで彼女のナチュラルdisに腹を立てたら終わりだ。苛立ちなんかで無駄な1秒を消費している時間はない。


「『万事休すと思われた俺達の前に現れたのは……タイムマシンに乗ったもう一人の……』」

「あぁっ、隕石が、隕石が降ってきますよ、作者様! 今日も間に合わなかったですねっ」

「くっそぉぉ!」


 到底埋まりきらない原稿用紙が、彼女とともに炎の中に消えていく――。



 ◆ ◆ ◆



 寝覚めは最悪だった。汗の染み込んだシャツの首元を握りしめ、俺は一人の部屋のベッドではぁはぁと荒い息をつく。


「クソッ……また駄目だったか……!」


 一人暮らしを始めた頃から幾度となく見続けている夢。気付けばもう3年も俺は同じ悪夢の中を彷徨さまよっている。おかげで寝不足が続いて大学は進級ギリギリだし、趣味の小説執筆に割く時間も満足に取れない始末だ。


「どうしたらアイツを助けられる……?」


 毎度毎度、世界の滅亡を引き連れて俺の夢に現れては、俺を適当にからかいながら炎に飲まれてゆく彼女。彼女もまた悪夢の中に囚われているのかもしれない。俺が物語を完成させられないばかりに。


 バカバカしい悪夢と言い切るのは簡単だったが。

 ……いつしか、本気で彼女を救い出したいと思っている自分がいることに俺は気付いていた。



 ◆ ◆ ◆



「ロケットは燃料が調達できないので駄目……。未来の自分が助けに来る話はタイムパラドックスが起きるから駄目……」


 頭の中で何度もプロットを考えながら、俺は今夜も眠りに就く。夢の中では、いつもと変わらず真っ白な空間で彼女が出迎えてくる。


「あっ、作者様、お疲れ様ですっ。また懲りずに来たんですね」

「うるせぇ。今日こそお前をぎゃふんと言わせてやる」

「ふふー。まあ頑張れるだけ頑張ってください」


 地平線の果てから大洪水が押し寄せてくる。原稿用紙とペンを手に、俺は彼女と一緒に高台を目指して走る。


「これでどうだ! 『ルネサンスの天才、ダ・ヴィンチが設計していた人力ヘリコプターを作動させ、俺達は空へ脱出を――』」

「作者様、誰がどうやってそれ飛ばすんですか?」

「俺がやればいいんだろぉぉ!」


 紙とペンを放り出して俺は巨大なハンドルを回そうとするが、その時にはもう水位がそこまで迫っていた。


「残念っ、今日も間に合わなかったですね。大体どこからヘリコプター出てきたんですか、もうちょっとプロット考えた方がいいですよ」

「ちくしょぉぉ!」


 地上の全てを押し流す大洪水に飲まれ、今夜の彼女の命も俺の夢もそこで終わる――。



 ◆ ◆ ◆



「『実は彼女の正体は月世界の姫だった……滅びゆく地球から彼女を脱出させるため、月の人々は再び宇宙船を向かわせて……』」


「作者様。どうしたんですか、今日は来るなりブツブツ言って」

「寝る前に話を考えてきたんだよ。あとは書き写すだけだぜ」

「ふぅーん。せいぜい頑張ってくださいね」


 彼女がワンピースの裾をふわりとさせて空を仰ぐ。つられて見上げた俺の目に、夜空を埋め尽くす無数の宇宙戦艦が映った。


《楽園を追放され、ちっぽけな衛星に追いやられた恨み、今こそ晴らす時が来た。我々月星人ルナリアンは人類に宣戦布告する――》


「なんで今日に限ってこんな話なんだよ!!」

「ちょうどいいじゃないですかっ、さっきのプロットもどきを応用して頑張ってくださいっ」

「えーと……『地球に侵攻するにあたり、月星人ルナリアン達は遥か昔に地球に残した月の姫だけでも救い出そうとして……』」

「あっ、荷電粒子ビームが降ってきますよ、作者様! もう間に合わないですねっ」

「あぁあぁあぁぁ!!」



 ◆ ◆ ◆



「何だお前、朝から疲れ切った顔して。また例の夢見たのか?」


 講義室で顔を合わせるなり友人は言った。連日の寝不足で俺はよほど疲れた顔をしているらしい。


「毎晩可愛い女の子が夢に出てきてくれるなんて、俺が代わってほしいくらいだぜ」

「代われるもんなら代わりてぇよ。女の子が夢に出てくるつっても、毎回その子が滅亡に巻き込まれるんだからな……。寝覚めがいいワケねえ」

「ほーん……」


 ペンケースとノートを長机の上に並べながら、友人はヒトゴト感の滲む口調で言った。


「まあ、お前の自慢の筆力ならいつかは何とかなるんじゃねーの。なんたって読者キャンペーン受賞者様だろ」

「どんだけ前の話してんだよ。たった一回粗品を貰っただけだっつの」

「その勲章を今でも誇らしげに掲げてるじゃねーか」


 友人が指差した俺のカバンには、ずっと前に小説投稿サイトのキャンペーンで貰った、フクロウみたいなトリのストラップがぶら下がっていた。



 ◆ ◆ ◆



「あれっ、作者様。今日はなんか余計なもの持ってますね」

「ああ、これ、カクヨムのトリだよ。……握ったまま寝たらちゃんと夢の世界に持って来れたんだな」

「それで、今日こそ自慢の筆力を見せてくれるんですか?」

「さぁな……」


 正直、こんなストラップ一つ持ち込んだところで何が変わるとも思えないが――

 友人の言葉が思い出させてくれたのだ。俺のちょっとした自信を。


「ああっ、噴火ですよっ、作者様っ!」


 大火山が視界の彼方で炎を噴き上げている。もたついていると、俺達の居る場所もマグマの海に飲まれてしまうだろう。


「デウス・エクス・マキナは好きじゃないんだがな……しかしこれは読む側も許さざるを得ないだろ!」


 俺が怒涛の勢いでペンを走らせ始めると、彼女がハッと息を呑むのがわかった。


「『その時、俺達の前に現れたのはフクロウのような巨大なトリだった。トリは俺達を背中に乗せ――』」


 俺の紡ぎ出す文字に応え、ばさりと翼を広げたモフモフのトリが目の前に現れる。


「わぁ、すごい、作者様! あなたにしてはマシな話を思いつきましたね!」

「『――次元を超える翼の力で、夢の世界から俺達を救い出す。そう、切り札はフクロウ!』」


 原稿用紙を埋めきったそのとき、俺達を乗せたトリがぶわりと翼をはためかせ、地上を遠く見下ろして雲の上へと飛び上がった。


「なんだ、作者様、やればできるんじゃないですかっ」

「これでよかったのか?」

「まあ、最低限、及第ラインってところじゃないですか? 隠されていた2に自力で辿り着いたんですから」


 ふふっと笑った彼女の言葉に、俺は眉をひそめる。


「何だよ、2番目のルールって」


 それに答えたのは彼女ではなく、俺達を乗せて飛ぶ巨大なトリだった。


「2番目のルールは、物語にトリを登場させることトリ」

「はっ!? このトリ喋るのか!?」

「3年もトリをぶら下げていながら思いつくのが遅すぎトリ。でもまあ、トリあえず『おめでとう』って言ってあげるトリ」


 ふざけんなよ、と怒鳴りたくなるが。

 まあ、俺の隣の彼女がくすくすと笑っていたので、トリあえずこれでいいかと思うことにする。


「……これでこの夢は終わりか。もう会えないのか?」

「会えますよ。わたしは作者様の書く物語の中にいつだっています」


 白い光の中を、俺と彼女を乗せたトリがどこまでも飛んでゆく。光に照らされた彼女の笑顔は、これまでになく眩しく輝いていて――


 今度こそ、俺は最高の目覚めを迎えられそうだった。


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