「カクヨム3周年記念選手権」応募作品(お題「最後の3分間」)

COLOR TIMER ~最後の三分間~

 天を咆哮ほうこうが灰色の空を揺らす。雨風の激しく吹きつける中、俺は足元の歩道橋を飛び越えてアスファルトの地面を駆ける。

 雨とともに怪獣ヤツが現れることは分かっていた。この星の単位で約一ヶ月、俺が高校生に化けて観察し続けた限りにおいて、奴は必ず雨の日に姿を現す。


(――今日こそ仕留める。必ず!)


 街の人々の悲鳴と緊急車両のサイレンが眼下に木霊こだまする。怪獣の吐く青白い炎がビルを灰燼かいじんに変える。暴虐の限りを尽くすその姿を視界の真正面に捉え、俺は疾走の勢いのまま跳び出した。


「シェアッ!」


 怪獣の頭部にすれ違いざまの手刀を叩き込み、宙返りして一転。土煙を巻き上げて着地した俺は、暴れる怪獣の尾をがしりと掴み、全身の膂力りょりょくを振り絞ってその巨体を投げ飛ばす。怪獣の背が地面を削り、崩れるビルの瓦礫がその体躯の上に降りかかる。


(トドメだ!)


 広げる両腕に光が集まる。L字に組んだ腕から解き放つのは、数多の強敵を原子のちりに還元してきた俺の切り札。真紅の輝きを纏う光波こうは熱線ねっせん奔流ほんりゅう――ブレイジウム光線!


「デェアッ!」


 俺の腕から光線が撃ち出される、まさにその瞬間、怪獣の尾がぴくりと動いた。

 頑強な皮膚に覆われた片腕を突き出し、怪獣が俺の光線を受け止める。腕一本を犠牲にして全身を守ろうという魂胆か。だが、そうはさせない!

 アスファルトを噛んだ両足を踏ん張り、俺がさらに光線に威力を込めようとした、そのとき。


(!)


 俺の目は見た。怪獣がもう片方の腕で上体を支え、何かをかばうような姿勢を取ったその下に――見慣れた学ランを着た人影が力無く倒れているのを。


(エイジ!)


 ひたいから血を流して倒れる同級生の姿に俺が気付いたとき、怪獣の尾がばしりと宙をいで、俺の光線の軌道を弾いた。集中力の切れた俺の必殺光線は敢えなく軌道を変えられて天上へと突き抜け、空を覆う雨雲を蒸発させ吹き飛ばした。

 雨の止んだ空の下、怪獣の巨体が黒いもやに包まれて消えてゆく。


「……エイジ!」


 身長1.75メートルの仮の姿に戻り、俺は親友の姿を求めて瓦礫の街を走った。知らない人間なら傷付いてもいいというわけでは決してないが、よりによってこの星での貴重な友人を戦いに巻き込んでしまうなど、我ながら銀河憲兵隊の一員にあるまじき失態だった。

 悲鳴の溢れ返る街を駆け抜け、ようやく俺が彼の姿を視界に捉えたときには、既にが彼に寄り添い声を掛けていた。雨に濡れた長い黒髪にセーラー服。俺のこの星でのもう一人の友人、同級生のマドカだった。


「エイジくんっ。大丈夫、エイジくん!」


 頭から血を流して倒れたエイジの身体を、マドカは白い細腕で掴んで懸命に揺さぶっていた。俺が少し距離を置いて見ていると、マドカの思いが通じたのか、エイジは小さくうめいてそっと目を開けた。


「マドカ……。お前こそ、大丈夫かよ……。急に居なくなるから、心配してたんだぞ……」


 彼の震える手が、マドカの白い手首に触れる。


「エイジくん……!」

「もう……居なくなんなよ」


 エイジは安心した様子でもう一度気を失った。

 救急車のサイレンが近付いてくる。握り締めあった二人の手を見て、俺は決意した。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「なぁに? 話って」


 スマホでの呼び出しに二つ返事で応え、マドカは俺が待つ学校の屋上に一人で現れた。、この星の玩具おもちゃのような文明に短期間で頑張って適応したものだと思うが、彼女が自分で雑に巻き付けたらしい左腕の包帯は、生々しい火傷のあとを隠しきれていなかった。


「……この星の桜は、美しいな」


 校庭の桜並木を見下ろして俺が言うと、彼女はぴくりとまぶたを吊り上げた。


……?」


 マドカが呟き、怪訝けげんそうな目を俺に向けてくる。

 俺達アルファイターの化身けしん能力と同じく、現地の知性体の動きをよく再現している。……だが、この一ヶ月、彼女が一度もまばたきをしたことがないのを俺は知っている。


「この学校に転入してからの一ヶ月で、俺はこの星の知性体にんげんの温かみを知った。俺がこれまでに訪れたどの星よりも……この辺境の惑星は、人の真心まごころに溢れている」


 言いながら、俺はこの学校で過ごした短い日々のことを思い返していた。

 俺達の寿命の幾十万分の一にしか過ぎないその時間。この星の常識にうとい俺が起こしてしまったドタバタ騒ぎのこと。後ろの席だったエイジがあれこれ世話を焼いてくれたこと。マドカが俺との会話で笑顔を見せるたび、アイツは裏で律儀に焼き餅を焼いていたこと。マドカをデートに誘う勇気を出せないアイツのために、なぜか俺が三人分の映画のチケットを買って先導役を務める羽目になったこと。

 そんなアイツの恋心は皆にバレバレで、誰もが生暖かい目で彼の恋路を見守ってやろうとしていたこと。マドカに思いを寄せていた別の男子がエイジに決闘を申し込んできて、俺と他の連中で一緒に苦笑いしながら河川敷での殴り合いを見届けたこと。決闘の末に和解した二人の肩を抱えて、皆で銭湯に行ったこと。そうしたら、名前も知らないどこかのおっちゃんが全員分のコーヒー牛乳をおごってくれたこと。

 あの映画館も銭湯も、今はもうない。最初の戦いで俺が仕留められなかったばかりに、全てあの怪獣に踏み潰され焼き尽くされてしまった。


「……だからこそ。この星の人間達の平和な暮らしを守るために、俺は君を倒さなければならないんだ」


 俺が正面から目を見て言い切ると。

 マドカは数秒固まってから、ふっと諦めたように笑って、肩にかかる黒髪の端をいじらしく指でぜた。


「いつから気付いてたの?」

「あの怪獣が出現するたびに決まって起こる君の不在。俺が奴の身体に傷を刻むたび、同じ場所に増えていくその包帯。……そして、あれほど街に被害を出しながら、この学校だけは決して壊そうとしなかったこと」


 マドカは俺から目をらさなかった。水晶のような作り物の瞳に、この星の高校生に身をやつした俺の姿が映っている。


「だけど、君じゃないと信じたかった。エイジが……俺のこの星での初めての友達が、君に惚れてるのは知ってたから。……それに、アイツを見る君の瞳も」

「やめて」


 マドカは包帯を巻いた左手を突き出してきた。


「寂しくなっちゃうでしょ。さよならするのが」


 空では雨雲がゴロゴロと不穏な音を立てていた。

 ……その肌が水に濡れれば、彼女は再び真の姿に戻るのだろう。


「この星の人間達と共に生きることは考えられないのか。俺の故郷、MAXマックス星雲『かがやきのその』のテクノロジーなら、君の人間としての意識だけをサイバー空間に飛ばして生き永らえさせることが――」


 俺の言葉を途中で遮るように、彼女は静かに首を横に振った。


「この手を彼が握ってくれた。小さくてか弱い、わたしのこの手を。……それだけでわたしは十分。この命に未練なんかない」

「……」


 俺はもう何も言えなかった。

 ぽつり、と、雨粒が俺の顔面を叩く。


 目の前に立つマドカが――か弱い少女の姿を模した、侵略怪獣の化身けしん体が。

 涙の落ちたその手のひらから。涙に濡れたそのほおから、本来の姿へと変わっていく。


「……お願い」


 理性を失うその間際、彼女の心の声テレパスが呼び掛けてきた。


「吹き飛ばして。この心も身体も……跡形も残らないように!」


 内ポケットから取り出した蓄光器スティックを握りしめ、俺は、天を仰ぎ咆哮する怪獣の巨体を見上げる。


「元より……侵略怪獣の欠片かけらも宇宙に残さないのが、俺達の使命だ」


 手にした蓄光器スティックを天に突き出す。百万ワットの輝きが天地を染め上げ、俺の視界は学校の建物を遥かに見下ろす。

 背鰭せびれに青白い燐光りんこうをばちばちとほとばしらせ、巨大怪獣が瓦礫の街にずしんと一歩を踏み出してくる。しのく雨は怪獣の涙に見えた。


「シェリャァッ!」


 最後の三分間が始まる。

 光を纏う拳を振りかぶり、俺は鋭く大地を蹴った。

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