全部転生×憂鬱信長 ~続き、続きと、どいつもこいつも~

 ――おかしい。俺の村が何かに乗っ取られようとしている。得体の知れない何かに――!


 俺が着の身着のまま故郷の村を飛び出し、見知った道を走り続けて辿り着いた隣町の酒場には、なんだか奇妙な甲冑を着たまま一人で酒盃を傾ける壮年の男の姿があった。

 酒場の主人にその男との相席を案内され、俺は脊髄反射のように安酒エールを注文する。懐には魔王討伐の褒美で王様から頂いた金貨がたんまり入っているのだが、とてもをしたあとで上等な酒の味などわかるはずもない。


「……おぬし」

 俺が荒い息を落ち着かせようと深呼吸をしていると、目の前に座る変な甲冑の男がふいに話しかけてきた。

「この世界の者じゃな。教えてくれぬか、此処は何という国だ。今はいつの時代なのだ」

「はあ?」

 東洋人ふうの変な男が発した言葉に、俺は思わず間の抜けた声を出してしまうが、その直後、ひとつの悪寒が俺の背中に走った。

 ――この男も、まさか、どこか得体の知れない世界から……?


 俺が緊張したまま何も答えずにいると、男は「言葉は通じておるのじゃろう」と鋭い眼光で俺を睨みつけ、なおも応答を求めてくる。

 あ、侮られては困る。俺だって、王様の命を受け、魔王討伐を成し遂げた偉大な勇者。おかしな鎧を着た男に睨まれた程度で、膝を屈するタマでは――。

「此処は何という国か、と聞いておる」

 男に再度睨みつけられ、ひいっ、と俺は思わず椅子の上でのけぞってしまった。

 だめだ、纏っている空気の「質」が違う。俺が仲間と一緒に討伐した魔王の迫力も相当なものだったが、まさか、この男、それ以上の力を――?


「へいよ、お待ち」

 酒場の主人が俺の前に安酒エールの瓶を置いた。と同時に、目の前の男も手元の盃を主人にぐいと押し付け、「わしもじゃ、代わりを持て」と妙に偉そうな口調で注文した。

「……此処は、恐れ多くもトーチセイナ国王陛下を玉座にいただく、レプンテーロナ王国の領地」

 せめてもの抵抗として、俺は敬語を使わず目の前の男に告げる。

「そして俺の名はカイト。こう見えて、魔王を倒した勇者だ」

「ほう。それは面白い。ただの『もぶきゃら』では無いと思うておったが」

 男は酒場の主人が持ってきた盃をぐいとあおり、にやりと冷たい笑みを口元に浮かべた。

「わしは、織田弾正忠だんじょうのちゅう平朝臣たいらのあそん信長……まあ、『しんぷる』に『』と言えば通りも良かろう」

 変な横文字を交えながら、男はさらりと名乗りを上げた。


「……あんた、『チート』とかいう言葉を聞いたことは?」

 俺の持っていた金貨で酒瓶を二本買い取り、俺はその男とともに酒場を出た。幸いにも今夜は満月。魔法を使える味方がいなくても、夜道をあてもなく歩くのに支障はない。

「はっ、飽きるほどあるわ。わしの元に転移してきた未来人どもが読んでおった『うぇぶ小説』とやらに散々出てくる言葉じゃろ。わし自身、未来に転生したら大抵はわけのわからぬ『ちーと』を持たされるからの」

 酒瓶をラッパのようにしてぐいぐいと酒を飲み干しながら、男は流暢に喋った。ちなみに、これだけ偉そうな態度をしていながら、男はこの国の通貨をまったく持っていなかった。酒場で飲んでいたぶんも含め、全て俺のおごりである。

「なんなんだ、その『転移』とか『転生』とかっていうのは」

「ほう? おぬしは『ちーと』の使い手ではないのか。魔王討伐に遣わされる勇者などというのは、大抵、二十一世紀の日本ひのもとから『ふぁんたじー』世界に飛ばされて『てんぷれちーれむ無双』するものだと思っておったが。……まあ、書物で読むのと現実とは違うのかもしれんの」

 織田信長とかいう男の言葉は俺には半分も理解できなかったが、同時に、俺はひとつのことを悟っていた。

 この男の発言の「理解できなさ」は……、俺が、恐れ多くも王様や、お姫様や、パーティの仲間達や、鍛冶屋のおやじに対して感じた、あの「理解できなさ」と同じなのだ。


「あ、あんた、知ってるなら教えてくれないか。『チート』って一体何なんだ。俺のパーティの連中や、村の人達は、一体どうなっちまったんだ」

 きっと俺はそうとう血相を変えた顔をしていただろう。藁にもすがる思いだった。この男なら、きっと、全てを知っている……!

 だが、無情にも、男の答えは決して明るいものにはならなかった。

「知らぬよ、おぬしの世界のことなど。わしもつい先程、転移してきたばかりなのでな。この世界での己のやるべきことすら分からぬ。……だが、まあ、だいたい落ちは見えておる。此処が『ふぁんたじー』世界だろうと何であろうと、どうせわしは遠からぬ未来、味方と思っていた誰かに裏切られ、どこかに籠城した先で炎に包まれるのであろうよ。わしに火を放つのは、他ならぬおぬしかもしれんな」

 かっかっと高笑いを上げ、男はまた酒を呷った。

「……どうして、こんなことになったんだ」

 男は彼にとっての異郷の地に来たというのに随分楽しそうだったが、俺はとても一緒になって笑う気にはなれなかった。

何故なにゆえかなど、わしにも分からん」

 男は町を出たところの切株にどっかと腰を下ろし、俺にもその前に座るよう勧めた。なぜ自分だけ切株の上で俺は地べたなのか、なんて言い返す気も今さら起こらない。

「強いて言うなら、誰かが続きを求めたから……じゃな」

「続き? 何の続きだよ」

「わしらの物語の続きじゃよ」


 そして男は酒瓶をまたラッパ飲みして、自分の瓶がカラになってしまったことを悟ると、手付かずだった俺の瓶にじっと視線を向けてきた。

 はいはい、と呆れて俺は瓶を彼に渡す。人数ぶん買ったものは平等に分けるのだ、という発想は、おそらくこの男の生きていた世界にはないのだろう。

「わしの物語はで綺麗に終わっておった。だが、限度を知らぬウツケどもは、こんな短さで話を終わらせてしまうのは勿体無いだの、もっと長くこの話を見ていたいだの、好き勝手なことを言う。……おぬし、知っておるか。こういうのは未来では『めた発言』と言うらしいぞ」

「……知らん」

「おぬしもまた、誰かにそのようなことを言われなんだか。『短編にしておくのは勿体無い。長編お待ちしてます』なんぞという『れびゅー』を貰わなんだか」

「頼むから、貧しい出身の俺にもわかる言葉で話してくれ」

 俺はいよいよもって、織田信長とかいう男の話に底知れない空恐ろしさを感じていた。

 「チート」とやらをぶっ放して楽しんでいたパーティの仲間達など、まだ可愛いものだったのかもしれない。この男の操る言葉は、とても俺の出来の悪い頭で理解できる範囲を超えている――。


「わしはな、そやつらの『れびゅー』や『こめんと』を見るたび思うのよ。意地でも長編になどしてやるものか。この話は短編で終わっているからこそ面白いのだろう――とな」

「……あんたが何を言ってるのかはよくわからん。だけど、あんたが俺の国にやってきて、こんな会話をしてること自体、あんたの言う『そいつら』への負けなんじゃないのか?」

「はっは、まさにその通りよ。このふざけた輪廻の輪から逃れることはできんのだ。わしも、そしておそらく、おぬしもな」

 そして織田信長は立ち上がった。座ったり立ったり忙しい男だ。

 どこに持っていたのかわからない扇のようなものを取り出して広げ、彼は歌い始める。

「人間五十年……下天げてんの内をくらぶれば……夢幻ゆめまぼろしの如くなり」


「のう、この世界の勇者とやら。この終わりの見えぬ話を強制的に終わらす言葉を授けてやろう。未来人どもが読む『じゃんぷ』とかいう書物に載っておった。――『わしらの戦いはこれからだ』、と言うのじゃ」

「……俺達の戦いは、これから、か」

「さよう。かっかっ、タワケどもがにも群がるのが見えるようじゃ。『短編にしておくのは惜しい、長編楽しみにしています』――と」


「のう。おぬし、『れびゅー』にそう書くのじゃろう?」


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