勇者以外全部転生

「勇者カイト、お前には魔王討伐の使命を授ける。その間にオレは適当に内政チートで無双しとくから」

 恐れ多くも王様はそのように仰せになった。

 前段は理解できたが、後段は正直何をおっしゃったのか分からない。俺のような貧しい出身の者には、高貴な方のお言葉はやはり難しい。

「本当はオレが勇者になりたかったけど、王の立場に転移しちゃったんだから仕方ないよな。じゃあヨロシク~」

「ははぁっ」

 俺は王座に向かって深々と頭を下げる。

 それにしても、王様とはこんなに若い口調でお話しになるものだったか。やはり仰せになった内容はよく理解できないが、俺に気を遣って口調だけでも合わせて下さっているのなら、なんとも恐れ多い。

 この王様のご命令とあらば、俺も頑張ろうではないか。


 ギルドで仲間を募ったところ、弓兵アーチャーの若い男、僧侶の少女、そして魔道士の壮年男性がすぐに名乗りを上げてくれた。

「ボク、現世では弓道部だったんです。こっちでも活躍しますよ」

 なんだかよくわからないが、弓兵の男はゲンセとかいう母国でキュードーブという戦団に居た腕利きらしい。

「回復魔法レベルMAXを女神様にチートでつけてもらったので!」

 なんだかよくわからないが、僧侶の少女はメガミサマとかいう師匠から厳しい訓練でも受けたようだ。

「現実の俺は底辺サラリーマン……。でもここでなら無限魔力無双……! クッフッフッフ」

 魔道士の男の言うことはいよいよもってよくわからない。こいつは仲間に加えない方がよかったか?


 ともあれ、俺達は武器屋で装備を整え、魔王討伐の旅に出発した。

 武器屋の主人が僧侶を見て「異世界の金髪少女ウッヒョウ!」とか何とか言っていたが、きっと意味のわからない部分は彼の祖国の言葉なのだろう。

 旅先で泊まった宿屋の若い女主人も、魔王軍の略奪による食糧の不足を嘆きながら「バイト先のコンビニみたいに毎日配送トラックが来ればなぁ~」とか何とか意味不明なことを述べていたが、まあ、俺達が魔王を討伐すれば彼女の悩みも解消されるに違いない。


 旅の途中、意地悪そうな顔をした女の魔族を総力戦で倒し、彼女に使役されていた奴隷の少女を解放すると、女魔族は「何なのよ、あんたら!」と謎の逆ギレをしてきた。

「ヒトがせっかく転移先の異世界でカワイイおにゃのこを奴隷にしてハアハアしてたのに! あんたら、NPCじゃないわね!?」

 こいつは何を言っているんだ。弓兵や僧侶はこの魔族の「正体」らしきものに薄々勘付いているようだったが、俺にはまったくわからない。

 奴隷少女も奴隷少女で、「わたし、転生前は料理人だったので知識チートができます! 皆さんの仲間に入れてください!」とか何とか言いながら俺達に擦り寄ってくる。

「コショウのない地域にコショウを持ち込んで貿易無双しましょう!」

 料理人なんだか商売人なんだかよくわからないやつだ。

「この世界でなら俺も億万長者……! クッフッフフフ」

 魔道士がよくわからないことを呟きながら一人で笑っている。こいつは女魔族との戦いに紛れて後ろから斬っておいた方がよかったか?

 ちなみに元・奴隷少女は戦いの役に立たなそうなので町に置いてきた。勝手に料理人にでも貿易商人にでもなってくれ。


「よくぞ魔王城まで辿り着いたな、勇者ども! だが魔王様に会いたくば、この私を倒してから行け! ……くぅ~っ、一度でいいからこの台詞を言ってみたかった! 異世界万歳!」

 よくわからないことを喚きながら襲い掛かってくる四天王の一人目を、俺達は総力戦で倒し、魔王城の内部へと踏み込んだ。

 続いて、「ククク……奴は四天王の中でも最弱……」などと仲間内で言い合っていた四天王の残り三人を撃破する。

 何しろ、俺には幼い頃から必死の鍛錬で磨いてきた剣術と、長い馴染みになる鍛冶屋のおやじが作ってくれた丈夫な剣があるのだ。そこらの魔物になど負ける理由はない。

 ……と言いたいところだが、実際、魔王城の四天王をたやすく蹴散らせたのは仲間の三人の活躍によるところが大きい。

 なんというか、彼らは不自然なまでに強すぎるのだ。三人とも、味方にいてくれるのは頼もしいが、どこで鍛えてきたのかもわからない謎の強さが時折気味悪くもある。


 彼らはしばしば「チート」という言葉を使いながら自身の戦力を自慢していたが、俺はそんな会話でいつでも蚊帳の外だった。

「なあ、ひょっとしてアイツだけ現地人なんじゃね?」

 この国の若者言葉とは違ったくだけ方の口調で、弓兵がそう言っていたことがある。

「確かに、あの人だけ頑ななまでにチート使わないよね」

「まあ、最近は『なろう』でも現地人視点の話が増えてるからね……クッフッフッフ」

 そんな会話が三人の間で繰り広げられるとき、俺はいつも、得体の知れない疎外感を覚えていた。


 俺は正体不明の憂鬱を引きずりながら、それでも仲間とともに魔王の前まで辿り着いた。

「勇者一行、キター! 今こそオレの魔王転生チート人生が幕を開けるときっ」

 魔王がよくわからないことを言いながら襲い掛かってくるが、まあ魔界語か何かだろう。

 俺達は死力を尽くして戦った。俺は不覚にも途中で一度戦死してしまったが、僧侶の回復魔法の「チート」とやらに助けられて生き返り、ついに皆の力で魔王を倒すことに成功した。

「あなたが勇者様……!」

 魔王城に幽閉されていたお姫様が、恐れ多くも俺の手を取り、尋ねてくる。

「あなたは転生組? 転移組? どんなチートをもらってここまで来たの?」

「は……あの……」

 お姫様の前にひざまずいたまま、俺は答える。

「現地人、です」

「えーっ! 現地の人間がチートも持たずに魔王討伐に!? えっ、えっ、マジでどんなシナリオなの!?」

 得体の知れない異国言語で喋り続けるお姫様を前に、俺は戦いとは違う疲れを感じていた。


「よくやってくれた、勇者カイト! そして見てくれ、お前達が旅してる間に、二十一世紀の政治知識を使ってここまで国を作り変えた! 聞いて驚くなよ、普通選挙ももう始まってるんだ! 選挙ってわかるか? 来期の衆議院選、お前も立候補してみたらどうだ?」

 俺達が王都に凱旋するなり、王様はすこぶる興奮した様子でそのように仰せになったが、相変わらず俺には高貴な方のおっしゃる内容はさっぱりわからなかった。


 褒美の金貨をいただき、俺が故郷の村へ戻ってみると、辺境のはずだった村は謎の活気に溢れていた。

 村人の言によると、鍛冶屋のおやじが新たに製法を開発した「日本刀」とかいう切れ味の鋭い武器が村の名産品になり、村の財政は一気に潤ったらしい。

 ……おかしい。あのおやじは、祖父のそのまた祖父の代から継いできたという昔ながらの鍛冶屋仕事を大事にする人で、決して金儲けのために新しい製法になど手を出す人ではなかったと思うんだが。


「おっちゃん。おっちゃんが作ったとかいう新しい武器のことなんだけど……」

 俺が鍛冶屋を覗いて話しかけた背中は、確かに見慣れた鍛冶屋のおやじの筈なのに、まるで別人のような空気を発していた。

「おっ、君はカイトくんだな! 俺に転移先の記憶があるパターンでよかった。見てくれ、これが俺が現世から持ち込んだ製法で作った『日本刀』で……」

 人が変わったようにぺらぺらと喋ってくる鍛冶屋のおやじを前に、俺はなんだか血の気が引くような恐怖を感じて、脱兎のごとく鍛冶屋を飛び出していた。


 何かがおかしい。

 俺の育った村が、俺の生まれた国が、わけのわからない何かに乗っ取られようとしている。


 家に帰ると母ちゃんが台所に立っていた。

「カイト、帰ったの?」

 母ちゃんが鍋をかきまわしながら言う。

 俺は、母ちゃんが振り向く瞬間が怖かった。その顔を見るのが怖かった。


 母ちゃんの中身は本当に母ちゃんなのか?

 それとも……。

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