織田信長の憂鬱 ～板野かも短編作品集～

単独短編

転生ブルーシリーズ

織田信長の憂鬱

　面（おもて）を上げい。いかにも、わしが織田信長じゃ。この時代、わしを織田信長などと呼ぶ者は誰もおらんがの。

　して、お主はいつの時代から来た？　昭和か、平成か、はたまたその先の未来か。

　どうした。わしがお主を未来人だと言い当てたのがよほど驚きのようじゃな。それとも記憶を失って自分がどこの時代から来たのか分からぬ「ぱたーん」か。

　なに、理由（わけ）など知れたことよ。わしのもとには三日に一人はお主のようなものが来るからな。正直飽き飽きしておる。どうして皆、わしのもとにばかり来たがるのかの。わしの生涯は創作の題材としてそれほど秀逸か。たまには秀吉（サル）や家康（タヌキ）のもとに転生せいよ。

　で、今一度尋ねるが、お主は一体何なのだ？　未来の医者か、料理人か、はたまた何の取り柄もない「非りあ充」の学生か。よいよい、携帯電話など見せてくれずとも。誰も彼もそれを未来の証として差し出したがるもので、すっかり見慣れてしもうたわ。充電を切らさんように大事に仕舞っておけ。

　自分が何者か語りたがらぬようじゃな。ならば質問を変えよう、お主は何の為にこの時代へ来た？　わしを本能寺の変から救うためか。いちいち驚くな。知っておるよ、光秀が裏切るのは。今までわしの運命を変えようとしたウツケが何十人もおったからな。嫌というほど思い知っておる。どうせ今回も運命の「れーる」からは逃れられんのじゃろ。

　はあ。わし、若くして志半ばで死ぬところが創作の題材として便利なんかのう。確かにサルやタヌキではジジイになってからの姿の印象が強すぎて使いづらいからのう。なぜわしが死んだあとのことを知っておるかって？　お主のお仲間が歴史の教科書とやらで散々見せてくるからじゃよ。明治維新から原爆投下まで全部知っておるわ。

　はあー。たまにはわしも転生する側になってみたいのう。わしのほうが未来世界へ行って無双する作品がそろそろあってもいいんじゃないかのう。なに、山のようにある？　そうか。なら「ふぁんたじー」世界とやらに転生してみたいわ。なに、それもある？　そうかそうか。そうじゃろうな。わし、女性（にょしょう）になった回数も十回を下らんからな。どいつもこいつも悪乗りしすぎじゃろ。

　そろそろ思い出せたか、お主がわしのもとへ何をしに来たのか。なんじゃと？　お主自身が織田信長になり変わる？　はっは、斬新じゃな。とでも言うと思うたか。飽きるほど見たわ。映画化もしとったわ。

　はあ、わし、もう織田信長をやめたいのう。歴史上の武将のなかでわしだけ酷使されすぎじゃろ。いくら天下布武から非業の死までの「えぴそーど」がわかりやすいからって。もっと他の武将にも「すぽっとらいと」を当ててもいいじゃろ、無能な創作者どもめ。

　わし、実はもう地獄におるのかもしれんのう。「わんぱたーん」の未来人どもに忙殺されながら、本能寺で焼け死ぬまでの数年間を永劫繰り返させられる無間地獄よ。やっぱり第六天魔王なんて名乗ったのが罰当たりじゃったんかのう。伴天連（ばてれん）を大事にするより先に仏を大事にしておけばよかったかのう。

　ああ、もう火の手が迫っておる。焼け落ちる本能寺を見るのは幾十回目かのう。

　のう、未来人よ、お主らはどこの世界へでも好き勝手転生できるのかもしれんが、わしは生まれ変わってもまた織田信長じゃ。願わくば来世は平凡な庶民に生まれ変わりたいわい。