ユキコの場合

 ユキコって源氏名は、ディズニーの白雪姫が好きだっていうから付けてやったんだが、あの苦労ぶりはむしろ魔女と出会う前のシンデレラだな。

 ユキコは貧乏な片親家庭で育った女子大生だった。クソ親父と離婚して以来、母親が女手ひとつでユキコと二人の妹を育ててたんだが、とうとうその母親がクモ膜下でぶっ倒れちまった。

 歳の離れた妹二人を食わせるために、ユキコは体を売るしかなかったのさ。


 大学をやめて風俗で働きたいと面接で言ったユキコに、オレは絶対に退学だけはするなと強く言って聞かせてやった。

 風俗店勤務のオレが言うのもなんだが、この日本で社会のレールからドロップアウトしたやつを拾い上げてくれる神様なんてそうはいねえ。かじりついてでも大学を出て、まともな会社に就職しねえと、妹たちは本当に飢え死にしてしまうぜ。オレがそう言うとユキコは涙をこぼして、なぜかオレに猛感謝しながら、現役女子大生風俗嬢に名を連ねることになった。

 こんな昭和の漫画みてえな貧困が二十一世紀の日本にあるのかって思うだろ。

 あるんだよ。ユキコの家庭なんざまだマシな方だぜ。

 ユキコは既に大学に行ってたから、生活保護は下りなかったんだそうだ。生活保護のルールがそこまで単純ってことはねえと思うが、三姉妹の身に起きたことをきわめてシンプルにまとめると、ユキコが大学生だったせいで扶助が受けられなかったって理屈になるらしい。

 まあ、生活保護のケースワーカーなんてのは、いかにして多くの貧乏人を飢え死にさせるかを始終考えて歩いてなきゃ務まらねえ仕事らしいからな。


 ユキコはおとなしい女で、男性経験も数人しかなかったが、固定客を掴むために本番をすることは躊躇しなかった。

 あるときユキコはオレにこう言ったのさ。「男の人と繋がってるときだけ自分が満たされてる気がする」――。

 スタバでリンゴを光らせてるイラスト系専門学校の女なんかが同じセリフを吐いたら、それこそただのビッチにしか聞こえねえかもしれねえ。

 だけど、ユキコの口からそんな言葉を聴いちまった日には、オレもついキャラに似合わず鼻の奥がツンとなっちまったぜ。

 ガキの頃にはクソ親父に殴られたり食事を抜かれたりも日常茶飯事だったらしいし、やっとのことで地獄から開放されたと思ったら今度は社会そのものからいじめられる日々だ。人並みの青春なんて味わえなかっただろうよ。

 最後の心の支えだった母親すら失って、この歳で妹たちを食わせていかなきゃいけなくなったユキコが、唯一幸せを感じられる時間が客との本番だっていうんだからよ。

 オレが嬢の境遇を聴いてハンカチを濡らしたのはこれが最初で最後だったぜ。


 ユキコはとにかく涙もろい女で、オレが二人でラーメン食いに連れてってやると、泣いて喜んだもんさ。

 一度、店が引けた後に、アオイとミドリとオレとユキコで四人連れ立ってラーメン屋に行ったこともあったな。

 ミドリは「ユキコちゃんかわいそう~」とカラッポの発言をカラッポのアタマで繰り出すことしかできなかったが、インテリ様のアオイはユキコの身の上話を聴いてガチ泣きしてやがった。

「わたしがきっと生活保護の制度を変えてみせるから」なんて言って、店の外に出てからもユキコと二人抱き合って泣いてたよ。あの時のアオイの目はマジだったと思うが、その後本当にそんな役所に入ったのかどうかは知らねえ。

 オレ達の仕事は基本的に一期一会さ。互いに店を辞めたら二度と会うことなんてねえのが普通だ。それでも、その時その時、その場その場で一緒に働く仲間とは、心を通じ合わせたってバチは当たらねえはずだぜ。


 今日話した四人の中で、ユキコだけは今でもこの業界にいるはずだ。

 大学を卒業して、昼はお茶汲みのOLさんをやりながら、夜はどこかの風俗でバイトしてんのさ。いつか体をぶっ壊して倒れるんじゃねえかな。そしたらまだ中学生のはずの妹二人はどうなんのかな。

 妹たちまで姉と同じ世界に来なくてすむように、ほんと、神様がいるならオレも祈りてえもんさ。

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