アオイの場合

 アオイはオレが面接した中では一番のインテリ女子大生だった。

 髪はストレートのロング、うりざね顔の整った顔立ちに薄いレンズのメガネ。これはこれで、モモカとは別の意味で、なんでこんなお嬢さんが風俗なんかにって驚いて当然のところだ。


 アオイがこのバイトを選んだ理由は単純明快だったよ。現実的に可能な副業の選択肢の中で、一番コストパフォーマンスがよくてリスクが少ないから、っていうのがアオイの理屈らしい。

 コスパはともかく、リスク低いかねえ。風俗だぜ。インテリちゃんの考えることはオレにはわからねえ。

 まあ、とにかく店としては彼女の採用を拒む理由はねえ。

 源氏名をどうするかって聞いたら、「じゃあ源氏物語の女性から取らなきゃいけませんね」と来た。

 学のある女は源氏名の決め方まで違うらしい。

 オレは源氏物語といったら、光源氏がとんでもないヤリチンでロリコンだってことしか知らねえ。あおいってのはその光源氏の最初の奥さんだそうだから、さぞ気苦労の多い人生だったんだろうな。


 そんなマジメ系女子大生のアオイだが、もちろん店に入るまでに男の経験は人並みかそれ以上にあった。

 なんといっても顔が綺麗だったからな。

 童貞野郎は信じたくねえだろうが、マジメ系だろうがクール系だろうが地味系だろうがオタク系だろうが、顔の良い女が大学生にもなって男の五人や十人経験してねえなんてことは現実にはありえねえんだ。

 顔が可愛いのに性格が奥手で男性経験ゼロなんて女はたぶん、この地上じゃイリオモテヤマネコ以上に希少種に違いねえ。

 そういう女が見たけりゃ、童貞の空想が炸裂したアイドル小説でも読んでろって話だぜ。


 源氏物語がどうとか言うからてっきり文学部なのかと思ったら、アオイの専攻は法学部法律学科だった。

 おいおい、ホーリツの番人が風俗でバイトなんかしていいのかよ。採用が決まった後でオレがそう軽口を叩いたら、アオイのやつ、「違法じゃない範囲で何をしてお金を稼ごうと自由じゃないですか」だと。

 そういう職業選択の自由が許されてこその法治国家だとかなんとか。やっぱりインテリの思考回路はオレには理解できねえ。

 ここまで聞いたら誰だって想像つくだろうが、アオイはとにかく、料金と引き換えのサービス以外のことは一切客に奉仕しない風俗嬢だった。大抵の嬢は、多少のオプションならその場のノリと客への善意で無料サービスしちまうもんなんだが、アオイは頑なに契約外のことはやらなかった。もちろん、本番なんてもってのほかさ。

 もともと性の仕事なのに枕営業って言い方もヘンな話だが、ある程度、本番をヤッて固定客を繋ぎ止めるっていうのは、この業界の基本でもあるんだ。

 それをやらねえアオイは、やっぱりモモカや他の嬢と比べると売上は伸びなかったな。ただ、それはあくまで看板レベルの売れっ子と比べたら劣るってだけで、普通の風俗嬢としては十分すぎるほどの指名をキープできてたのがアオイの恐ろしささ。

 美人なのに加えて、風俗嬢には滅多にいねえ知的インテリタイプ。そういうのが好きな客層っていうのは必ずいるもんだ。頑なに契約外のサービスをしねえ姿勢にまで謎のファンが付いて、こうなるともう一種の宗教だよな。

 カネさえ払えば、そんな高飛車なインテリ女の顔を顔射で汚すこともできるし、尻の穴を舐めさせることだってできるんだ。そうなりゃ、オプション料金が何千円だろうと何万円だろうと喜んで払うだろ。そういう有難いファンがいつの時代もいるから風俗業は食いっぱぐれねえのさ。


 そんなアオイは公務員試験を当たり前にパスして、大学と店を卒業して東京へ巣立っていった。まあ、円満卒業ってやつさ。

 多分ああいう女は結婚が遅いだろうな。コスパの見合う条件の男に巡り合うまで、いくつになっても意識高い系の婚活を繰り返すんだろう。

 アオイが風俗の世界に戻ってくることは二度とねえだろうぜ。オレのLINEもとっくにブロックされてんじゃねえかな。本来、住む世界が違いすぎるのさ。

 あんな別次元の住人と一緒に働けることがあるのも、風俗の面白いとこなんだよな。

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