モモカの場合

 オレが店で最初に面接を担当した女がモモカだった。

 もっとも、モモカってのは店に入ってからの源氏名で、本名はもちろん別にある。これは他の嬢に関しても同じだぜ。


 モモカは店に入ったとき、私立の女子大学の三年生だった。

 現役女子大生がバイト感覚で風俗に勤めるってのはよくある話さ。オレがいた店は女の子の若さを売りにしてて、大学生や専門学生の嬢には特に良い給料をはずんでたから、よその店と比べても若い子の比率は格段に高かったな。

 モモカはショートヘアの似合う小柄な子で、育ちの良さそうな雰囲気を全身にまとわせてやがった。

 面接で話を聞いてびっくりしたぜ。モモカの大学はこの辺でもお嬢様学校で有名な銀城ぎんじょう学園で、しかもモモカは小学校からそこに通ってる筋金入りの「純銀じゅんぎん」だっていうんだからな。

 聞いてみれば親父は経営者、お袋は教育委員会、家は豪邸、ペットは猫四匹、趣味はバイオリンだとかいう。

 大学の専攻は文学部英文学科だった。お決まりだよな。

 なんでそんなイイトコのお嬢が風俗嬢なんかに、って誰でも首をかしげるところだ。


 そんなモモカが風俗店の門を叩いた理由は、元カレとのセックスの経験が忘れられないからってことだった。

 おいおい、いきなりさっきのオレの話と食い違ってるなんて言わないでくれよ。

 さっき言ったとおり、ただセックスが好きってだけで風俗嬢になる女はめったにいねえのさ。ただ、モモカの場合はちょっとその経験がぶっ飛んでやがった。

 高校まで文字通りの箱入り娘で育てられたモモカは、エスカレーターで大学に上がってすぐ、ネットのmixiで知り合った隣の県の男子学生とリアルに会って付き合い始め、月並みな表現だがセックスの悦びを知ったらしい。

 その男ってのがまた、童貞を上がったばかりのAV妄信野郎でな。

 バイブ、ローター、手錠に目隠しに言葉責め。ついこないだまでバージンだったモモカに、AVかエロ漫画の中にしか存在しねえようなプレイをやりたい放題よ。モモカもモモカで、ずっと箱入り娘で抑圧されてたもんだから、初めての彼氏とのそんなプレイを心の底から楽しみきっちまってたっていうんだな。

 男との付き合いは数ヶ月しか続かなかったらしい。別れた理由なんざ聞いてもいねえ。

 とにかく、それからのモモカは、忘れられない初カレとのセックスの感触を取り戻したくて、mixiの出会い系コミュニティに入り浸っては来る日も来る日も代わりの彼氏を探す毎日になっちまった。

 ここがやっぱり育ちの良いお嬢なんだよな。セフレとかワンナイトの発想はなくて、ヤルなら恋人にならなきゃいけねえっていうのがモモカの素朴な信念だったわけよ。

 当然、歳も若くて見た目も可愛い純銀お嬢が堂々とmixiで相手募集なんかしてるんだから、男は星の数ほど群がってくるよな。

 モモカはこれぞと思った男とリアルに会って、付き合ってはセックスして、を繰り返してたが、何人の男に体を許しても結局初カレの穴は埋まらなかったらしい。

 そんなのオレに言わせりゃ、プレイの内容や体の相性の問題じゃねえ。単に卵から孵ったヒナが親鳥に付いてくように、初カレとのセックスを幸せなものとして刷り込まれちまっただけに決まってるのさ。

 そんなモモカが最後に行き着いた先が性風俗産業っていうのも、まあ、聞けば納得できる話じゃねえか。


 ちょっと天然の入ったお嬢様のモモカは、よく恥ずかしげもなくオレの前で、自分はフェラチオが好きだって目をキラキラさせて語ってたもんだ。

 アレって男によって硬さや形が全然違うだろ。そういう色んなバリエーションを観察できるのがモモカには楽しいし、しゃぶってやって喜ぶ男の顔を見るのはそれ以上に楽しかったらしい。

 スキモノだろ?

 でもそんなモモカをビッチと呼んでやるのは酷ってもんだぜ。なにせ本人が自分をビッチだと思ってなかったんだからな。

 風俗嬢になってもなお、モモカの中では、プライベートのセックスってのは恋心のある彼氏とだけするものだった。好きでもない男とのセックスなんか、それこそ「はしたない人のすること」で自分には考えられねえらしい。風俗はお仕事だから別カウントなんだと。な、意味わかんねえだろ。

 でも、モモカ寄りの価値観を持った女の子が多いのも、風俗って業界の特徴のひとつなんだよ。みんな仕事とプライベートは別なんだな。

 そんなモモカのことだから、ご多分に漏れず、店に黙って客との本番はヤリまくってたんじゃねえかな。厳密にはホーリツ違反なんだろうが、オレも店も何も言わねえ。本番強要は罰金百万円なんてのは、あくまで嫌がる嬢を無理やり客が誘った場合の話さ。

 とにかく、モモカは店で働き出してからも割と途切れず彼氏を作ってたし、週末のたびに一人暮らしの相手の家に上がり込んでは手料理を作ってやったりもしてたみてえだ。

 こういうところが童貞には理解できねえんだろうが、女ってのは聖女か娼婦かの二択に分けれるものじゃねえんだ。

 昼は大好きな彼氏に一途なカノジョになり、夜は風俗で知らない男のアレをしゃぶる。それを矛盾なく成立させるロジックを自分の中に作っちまえるのが女って生き物なのさ。


 最後はあっけなかったな。プライベートの男の一人がネットに流したモモカのハメ撮りが親に見つかって、芋づる式に風俗で働いてることまでバレて、両親揃って店に殴り込みの大噴火よ。

 親にも外聞があるから、一応大学は出させてもらったんじゃねえかな。その後どこで何してるかは知らねえ。ケータイのアドレスが変わった連絡は半年に一回ペースで来てたし、今でもLINEでは繋がりがあるから、知りたきゃ聞けばいいんだがな。

 まあ、店の女の子と外で連絡取らないのは、店に勤めてた頃も今も変わらないオレのポリシーでもあるわけよ。

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