第8話 破壊力の掟

「駄目だ、六代ろくだい。それだけは絶対に駄目だ」

「ええー、どうしてですか、二条にじょうさん。あの最後の強敵を倒すには『究極の力』を使うしかないんですよ」

「百歩譲って、『究極の力』で奴に立ち向かうところまではいいだろう。だが、威力二百トンのライダーキックなんて馬鹿げてる。上層部うえが認めるはずがない」

「そうは言っても、二条さん。こないだ一戦交えた手応えから言うと、奴には『究極のキック』でも足りるかどうか……」

「その前の軍服野郎を倒したときの『漆黒の黄金のキック』じゃ駄目なのか。あれだって七十五トンくらいは出てる計算だろう」

「ダメですって。そんなの全然通じません。俺には戦士の勘でわかるんです」

「……だが、あの七十五トンのキックでさえ周囲に相当な被害が出たんだぞ。この上、二百トンだなんて……」

「だから、また警察の力で半径数キロに人がいないような場所をピックアップして教えてくださいよ。奴をそこまで搬送してキックを食らわせますから」

「もう、そういう次元じゃないんだ。どこへ運んで爆発させようが、周囲数キロに渡って被害が出ること自体が騒がれてるんだ。人目のない雪山にでも運ぶならまだしも……」

「あ、雪山それでいいです。雪山、俺好きですよ。ついでにスキーで遊んで帰ってきます」

「遊びじゃないんだぞ」

「仕事でもないでしょ。いいじゃないですか、二条さん、やらせてくださいよ。雪山で究極キック」

「……仕方ない、君がそこまで言うなら上に掛け合ってみるか。期待するなよ」


「……で、本当に雪山にやってきたわけですが」

「すまない、六代。二百トンのキックを使わせる許可は下りなかった」

「俺にどうやって戦えって言うんですか。じゃあ拳銃貸してください。『究極の力』で『緑の銃』を出しますから」

「拳銃は貸せない」

「なんでですか」

「他の必殺技だって二百トンの衝撃が発生することは変わらないだろう。キックが駄目なら他の技も駄目ということだ。剣も棒も使わせるわけにはいかない」

「……あ、やっぱいいです。なんか俺、『究極の姿』になれば二条さんの銃を借りなくても『緑の銃』を出せるみたいです」

「そんなことをしてみろ、俺がこのライフルで君のベルトを……」

「ちょ、なんでですか! そんなに俺に二百トンの必殺技を使わせたくないんですか」

「当たり前だ。警察の仕事は治安を守ることだ。敵を倒して山火事が起きました、となったら誰が責任を取る?」

「……じゃあ俺、どうやって奴を倒せばいいんですか」

「素手だな」

「素手ェ!?」

「頑張ってくれ」

「いやいやいや、じゃあ、戦いません、俺!」

「ここまできてそんなことを!」

「あんな奴らのために俺が涙するとか嫌ですもん」

「……そうか、なら仕方ないな」

「二条さん?」

「君が戦わないと言うなら、俺がこのライフルで敵のベルトを……」

「ちょ、駄目ですよ二条さん! そんなことしたら台無しですよ」

「何が台無しなんだ。特殊弾頭はもう完成してるんだから奴らにも十分効くだろう」

「だったら最初から俺要らないじゃないですか!」

「それはまあ、これまで戦い続けてくれた君に敬意を表して、最後の花道を飾らせてあげようという上層部の配慮と思ってくれれば」

「最後の花道が素手ですか? ヒーローがラスボスを通常攻撃で倒すなんて許されますか?」

「いいか、六代、こう考えるんだ。君が変身しているのはヒーローじゃない」

「ヒーローじゃない……?」

「そうだ。テレビのジャンルにたとえるなら、君が出ているのは刑事物かドキュメンタリー物だ。子供向けのヒーロー番組だと考えるな」

「いやいやいや、二条さん。これまでさんざん怪人をライダーキックで倒してきたのに、今さら刑事物と思えだなんて」

「君の将来のためによく考えるんだ。『全国のちびっこの歓声を浴びた変身ヒーロー』と『良質の大人向けドラマの主演を張った男』、さあ、君はどっちになりたい?」

「『良質の大人向け変身ヒーロー』がいいです」

「そんなの深夜枠のパチンコオオカミにでも任せておけ。さあ、二択だ」

「ぐぬぬ……。わかりました、わかりましたよ、素手で奴を倒してくればいいんでしょ!」

「よく決断してくれた。『究極のキック』はいつか世界の破壊者に呼び出された時にでも取っておくんだ」

「それ、児童雑誌のおまけビデオくらいでしか出番なさそうだなぁ……」


 ――こうして六代は最強最悪の敵に素手のみで立ち向かい、見事に被害を出さず奴を倒すことに成功した。だが、俺は今でも思うことがある。本当にあれで良かったのかと。

 必殺技は変身ヒーローの命だ。山火事ひとつ黙って我慢して、俺達はあいつに必殺技を使わせてやるべきだったのではないか。

 六代の『究極の姿』は長らく変身ヒーローのスペックの上限として誰にも超えられぬ金字塔となっていたが、最近、限度を知らないゲーマー研修医がたかだか中間フォームでそのスペックを超えてしまったという。伝説は塗り替えるもの――六代の栄光を讃えるあの歌の響きも今は寒々しい。

 彼ともう一度ともに戦える日が来れば、せめて二百トンの必殺技くらい自由に使わせてやりたいと思うのだが、その機会も未だ訪れないままだ。

「帰ってこい、六代。俺と一緒に映画に出よう。銀幕の舞台で今度こそ究極のキックを披露するんだ」

 彼の守った青空に向かって俺が呟いた声は、誰にも届くことなく風に消えた。

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変身ヒーローの掟 板野かも @itano_or_banno

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