第7話 アイテム争奪戦の掟

 手にするものは僅かな小銭と着替えの下着パンツ。一人気ままに旅から旅へ、さすらいのその日暮らしを続けてきた微司びいじにとって、ある日突然舞い込んできたその荷物はあまりに手に余るものだった。

「これが鳥のメダルだ。頭と腕と足の変身に使う」

「うん」

「これは猫科のメダルだ。頭と腕と足の変身に使う」

「ああ」

「そしてこれは昆虫のメダル。頭と腕と足の変身に使う」

「へえ」

「おい微司、ちゃんと聞いてるか? しっかり覚えろよ!」

「だって多すぎるじゃん。ぜんぶおぼえられるかよ」

 ひょんなことから共闘関係を結ぶことになった物言う腕は、本体のない身体を器用にふわふわと空中に漂わせ、次から次へと色とりどりのメダルを微司に渡してくるのだった。

「いいか、こっちは重量級生物のメダルだ。頭と腕と足の変身に使う」

「なんだよ重量級生物って。急に分類がヘンだろ」

「うるせえな、雰囲気でわかんだろ。次にこれが水棲生物のメダル。頭と腕と足の変身に使う」

「結局どれも頭と腕と足全部に使うんじゃないか。あとは?」

「こっちが爬虫類のメダル、こっちのこれは恐竜のメダル、それから最後まで使われねえ気がするが甲殻類のメダルだ」

「甲殻類って大抵は水棲生物だと思うんだけど、そこは重複していいんだ」

「うるせえよ! 雰囲気でだいたいわかんだろ!」

 喋る腕は好き勝手に微司を怒鳴りつけてから、すべてのメダルを本型のバインダーに収め、「しっかり持ってろよ」と微司に言いつけてきた。

「いいか、敵の連中はこのメダルをコアにして身体を再生させたがってるから、死に物狂いでお前からメダルを奪おうと狙ってくるからな」

「俺はそれを奪われないようにして戦えばいいんだな」

 やれやれ、と微司は思った。旅の荷物は極力少なくするのが信条だったのに、余計なものを背負い込まされてしまった。


「おいテメェ、微司! メダル取られるなって言ったろうが!」

 明け方、砂丘にテントを張って野宿していた微司をまどろみから叩き起こしたのは、相棒となった喋る腕のけたたましい怒声だった。眠い目をこすりながら、微司は、きっとこいつに顔があったら鬼の形相をしているのだろうなと思った。

「なに。どうしたの」

「盗みに入られたんだよ! メダル全部持ってかれちまってるぞ!」

「えっ!」

 これには微司もさすがに驚いた。正確には、いつものクセで着替えの下着にくるんでいた初期変身用の三枚だけは彼の手元に残っていたのだが、それ以外のメダルはすべて寝ている間に何者かに奪い去られてしまっていたのだ。

「悪い。俺、誤解してた」

「あぁ!? 何をだ!」

「奴らは戦いの中でメダルを奪いに来るものだとばかり思ってたから……まさか変身してない時に平気で盗みに来るなんて」

「おいおい、しっかりしやがれ! どこの世界にてめぇの大事な財産から『変身してない時は大丈夫』なんて言って目を離してるマヌケがいるんだよ!」

 喋る腕があまりにうるさいので、微司は仕方なく敵のアジトを訪ね、逆にメダルを盗み返して帰ってきた。その程度のことは旅から旅へ生きてきた彼にとっては造作もなかった。

 微司はその足で銀行へ行き、身分証明に四苦八苦しながらも、なんとか貸金庫を開設した。メダルのほぼすべてを金庫に預け終わり、彼が満足げに銀行を出ると、隠れていた腕がさっそく彼を怒鳴りつけてきた。

「バカかてめぇ! 金庫にメダル預けちまったら戦えねえだろうが!」

「大丈夫だよ。変身用の三枚は下着の中に入れてるし」

「メダルを入れ替えてコンボチェンジできねぇと意味がねえだろ!」

「え、ぶっちゃけそれ必要? 鷹の頭と虎の腕とバッタの脚だけあれば俺は十分なんだけど」

「それだけじゃ多種多様な戦局に対応できねえだろうが! 特に腕だ! 腕が虎だけしかないとか、せいぜい急加速からブレーキかけるくらいの役にしか立たねえぞ!」

「大丈夫だって、財団がくれた武器もあるし、どうせ毎回決まりきった場所で決まりきったアクションするだけだし」

「初期の三枚だけじゃライダーキックしても敵を倒せねえんだぞ!? せめて分身能力が使えるクワガタムシのメダルだけでも金庫から出してこいよ」

「そんなの持ってたってどうせ予算の関係で分身させてもらえないだろ」

 いつまでも腕が文句を言い続けるので、微司は貴重な小銭で買ったアイスキャンデーをそいつの口のように見える部分に突っ込んで黙らせておいた。

 翌日、微司が貸金庫を開設した銀行に敵怪人による襲撃があったと報道された。現金を奪わずに微司の預けたメダルだけを器用に奪っていった敵に対し、微司は頼れる財団のツテを駆使して装甲車を用意し、敵のアジトに突撃をかけてメダルを奪い返した。

 その後も微司と敵のメダル争奪戦は熾烈を極めた。どんなに厳重なセキュリティで守ろうが、どれほど深い地中に埋めようが、敵は持ちうる力のすべてを駆使してメダルを奪いにやって来た。そんなに欲しければ自分で作ればいいのにと呆れながら、微司は知り合ったばかりのリーゼント高校生に頼んで宇宙の彼方の月面基地にメダルを安置してもらうことを思いつき、かくして争奪戦は遂に終結に至った。やはり変身ヒーローは助け合いだ。敵の怪人達は不完全な身体を維持できなくなってやがて滅びた。

「ハァ……」

 深く深く溜息をついてから、微司は手製の物干し竿に替えの下着をひっかけ、新たな旅路へと歩き出す。

 やっぱり持ち物は少ないに限る。それを思い知らされただけの一年間だった。

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