第6話 本人出演の掟

 神は七日で世界を創造したと聖書には書かれているそうだが、実際やってみるとこれほど大変なこともないな、というのが狭汰きょうたの正直な感想だった。未開の惑星を水で満たして緑を生い茂らせるだけでも百年はかかったし、そこから最初の生命を誕生させるのにはさらに五百年ほどを要した。

 神様となった狭汰は永遠に年老いることはないので別に何百年かかろうといいのだが、漫画もゲームもスマホもないこの星の暮らしはひどく退屈なのがネックだった。一緒に移住したマイとの国産みは六百回も繰り返した頃には飽きてしまった。いちいちダサイ鎧を脱いでまた着るのが面倒なのもあって、ここ二百年ほどはとんとご無沙汰だ。

「……何か面白いこと無えかなあ」

 地球のオウムに似た変な鳥を片腕に載せて戯れてみながら、こいつが知的生命体に進化したりしないかなあ、と狭汰がぼんやり考えていると、マイが五十年くらいぶりにテレパシーで彼を呼ぶ声が聴こえた。

「キョウター。なんか変なお客さんが来たよ」

「お客さん? この星に?」

 マイの声が聴こえた方へ瞬間移動で行ってみると、そこには地球人らしき一人の男性が立っていた。映画監督のサカモトと名乗るその男性は、狭汰に「映画に本人出演してもらえませんか」と頼み込んできた。

「映画?」

「はい。この冬に上映される最新の映画です」

「この冬……って、いま地球って何年なの」

「2016年です」

 まだそれだけしか経っていなかったのか、と狭汰は溜息をついた。この星と地球とでは随分時間の進み方が違うらしい。

「ていうか、あんた、どうやってこの星に来たの」

「ウルトラマンギンガに送ってもらいました。狭汰さん、我々はあなたを求めています。どうしてもあなたの出演が必要なんです」

「何のために?」

「ファンサービスのために」

「ファンサービスねえ……」

 うーん、と腕組みして狭汰は考えた。いかな神様になった彼といえど、ここから遥かな距離を隔てた地球との往復はそうそう簡単にできることではない。この星に来て百年と経たない頃、機械生命体が攻めてきたのでやむなく後始末に地球に向かったことはあったが、そのときも宇宙を飛ぶのに疲れたせいで色々と酷い目に遭った。あのときは確か、地球の時間は彼が離れてから四ヶ月ほどしか経っていなかった。

「それ、どうしても俺本人が必要?」

「必要ですよ。ガワ運動会に終始するだけの春映画と違って、今回は冬映画ですから」

 どうかお願いします、とサカモトは頭を下げてきたが、狭汰はどうにも乗り気がしなかった。べつに、変身ヒーローとしての自分を出演させるだけなら本人が行かなくてもスーツだけでいいではないか。

「ねえ、考えるだけ考えてみてくださいよ。雨人あまとくんも不進ノ介すすまずのすけくんも忙しい中でスケジュールを調整してくれたんです。あとはキミだけなんです」

「あれ、不進ノ介って殉職したんじゃなかったの」

「スーパーカーに乗せて最高速度を出したら生き返りました」

「ふうん……」

 狭汰は首をひねった。マイは「行ってあげたら?」とテレパシーしてくるが、そうなると自動的にマイも地球についてくるわけで、また歴代変身ヒーローの姿を模した変なアームズを着せられるのかと思うと気が滅入った。マイは狭汰が神様になる前もなってからも、他のヒーローとの共演の機会があるたびに、そういう変なアームズを生み出しては狭汰に着せることを趣味としているようだった。

「ああ、それはありませんよ、今回は」

 サカモトが謎の太鼓判を推してきた。

「今回の狭汰さん達はあくまでゲスト扱いですので、そういうのはやりません」

「そっか……。まあ俺が行くか行かないかは別として、ヒーロー同士の無意味な姿の交換をやらなくなったのは好印象だよな」

「いえ、やることはやります。医者と幽霊の間での交換は」

「あ、やるんだ……」

「こればっかりは財団の意思ですので私の力ではどうにもなりません。私としては、ちゃんと原作にあるフォームを全部画面に出すことのほうが大事だと思うんですけどねえ……」

 こんなことを言ってくる以上、サカモトは良い監督であるように思えた。本人出演がファンサービスになるなら協力してあげたい。ただ、ウルトラマンでもない自分が宇宙を飛んでいくのは本当に大変すぎるので、なんとかそれだけは避けたかった。

「あ、じゃあ、こうしよう。声だけ出演してやるよ」

「声だけ、ですか?」

「そう。声だけ。それでも十分ファンサービスになるでしょ」

「いやあ……他のゲストも声だけというならまだしも、他二人が素顔で出演してくれるのに狭汰さんだけガワのままっていうのは……」

「じゃあ出ないから頑張って」

「わ、わかりました、声だけで結構です! 自然な筋書きはなんとかこっちで考えますので」

 そうしてなんとか交渉が成立し、サカモトは自分が最近撮ったというエロ映画のDVDを土産に置いて地球へ帰っていった。狭汰が念写でDVDの中身を見ると、別の変身ヒーローのヒロインがヌードになって女同士で絡み合っていた。数百年ぶりにマイ以外の女のそういう姿を見た狭汰は、それから五十年ほど夢中でセルフ国産みを繰り返した。

 狭汰が録音してサカモトに渡してあげた声は、わりと違和感なく合成されて大ヒット映画を彩ったらしい。世界を作るのも大変だけど映画を作るのも大変なんだな、と狭汰は思い、サカモト監督の健康を祈った。

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