第5話 超科学の掟
「だから、何度言ったらわかるのですか、カゲリどの! 神聖なる本堂にまたこんなオモチャを持ち込んで!」
今朝も今朝とて、拙僧の怒りの声が
「だって、地下のラボじゃスペースがとれなくて実験できなかったんだもん」
頬をぷくっと膨らませて反論してくるカゲリどの。カワイコぶって誤魔化そうとしたって無駄ですぞ。拙僧には言い訳も泣き落としも通用しません。
「実験なぞ、せんでよろしい! どうせ何も大したものは作れやしませんのに」
「何よ! 今まであたしの発明でどれだけナエルの戦いを助けてきたと思ってるの!?」
マジで逆ギレしてくるカゲリどのを横目に放っておいて、拙僧は門弟のハネダとロッポンギに命じて本堂からけしからぬ機械群を撤去させます。こんなオモチャが安置してあるままでは日課の
カゲリどのは己の発明品とやらが本気で役に立つと思っておるようですが、それが自惚れに過ぎぬことは拙僧が一番良く知っております。唯一役に立ったと言えるのは敵の姿を見えるようにするガスくらいのもので、それだってすぐに本家本元の技術屋が送り込んできたランタンにお株を奪われてしまったのをもうお忘れか。
大体、本職の科学者ならいざ知らず、せいぜい大学で物理を学んでいる程度の若造に超兵器など作り出せる筈がないのです。そんなことがまかり通るなら、世の大学という大学は血で血を洗う地獄絵図ではありませんか。ナエルどのが生き返る前にこっちの空のほうが赤く染まってしまいますぞ。
ようやく綺麗になった本堂で、拙僧が無心に読経に励んでいると、どうも拙僧の背後でヒソヒソと内緒話をする声。
「カゲリ、今度は一体何を作ろうとしてたの?
「あたしの自信作、こっちの世界と敵の世界を繋げるワープゲートよ! それさえあればいつでも向こうの世界に突入できるわ」
「えー……そんなの本当にできるの?」
「ナエルはあたしの科学力を信用してないの? ええと、なんだっけ、こないだフォービズムだかオルフィズムだか変な名前を付けた怪人がいたじゃない。アイツから取ったデータを使えばイチコロよ」
途中からは全くヒソヒソ話にもなっておりません。話している内容のくだらなさもさることながら、
「喝ァツ!」
拙僧はおもむろに声を挙げて立ち上がると、カゲリどのとナエルどのに険しい剣幕で一発お説教を食らわせます。こういうときこそ年長者の威厳を見せるのです。
「まったく、いつまでもペチャクチャとくだらぬ話を! カゲリどのもナエルどのも世間の厳しさを知らぬ。甘すぎですぞ!」
「なによ、あたしのワープゲート開発プランのどこが甘いって言うのよ!」
「大もとからして甘々です! カゲリどのは質量保存の法則というものを知らんのですか」
「し、知ってるわよそのくらい! 物理学専攻をバカにしないでよね」
「ならば拙僧に具体的プランを示していただこう。ワープを実現させるためには、全宇宙にあるエネルギーの百億倍ものエネルギーが必要だと言われているのですぞ。『負の質量』? 『複素数の速度』? そんな寝言は存在が実証されてから言えという話です。仮にアルクビエレの提唱するワープドライブが理論的に可能だったとして、電子一個のコンプトン波長ほどのワープバブルを開くのにも太陽質量四百個ぶんのエネルギーが必要なのですぞ! そんなエネルギーをどこかから調達してくることがカゲリどのにできるのですか!?」
「そ、そんなの、ちょっとやればできるわよ! なんかこう、こういう世界では物理法則とか無視してそういうことができるようになってるのよ!」
「仮にそうだったとして、それのどこが科学なのですか」
「うっ」
言葉を詰まらせたカゲリどのをナエルどのがおろおろして見ております。坊主に問答で挑もうなど百年早いのですぞ。
拙僧の説教が効いたのか効かぬのか判りませんが、それから一週間ばかり、カゲリどのは機械を用いた大掛かりな実験をパタリとやめ、うんうん唸りながら難解な数式をノートに書きつけては破り捨てるという日々を過ごしておりました。
実験物理学から理論物理学への宗旨替えでしょうか。それ自体は宜しい。だが、まだカゲリどのは致命的に甘いのです。
「来週までには完成させなきゃ……来週までには……」
下手な経文のように繰り返し呟きながら鉛筆を走らせているカゲリどのの後ろに回って、拙僧はそっと口添えしてやります。
「仮にカゲリどのが天才だとしても、そんな短期間で重大な発明を成し遂げることなど無理ですぞ」
「なによ! 変身ヒーローの仲間は一週間ごとに新しい武器を作り出さなきゃいけないって決まってるんだからね!」
やれやれ、と拙僧は後ろ手に組んでカゲリどのを見下ろします。
「
「そんなのやってみなきゃわからないわよ! あの大地の光を宿したチュッパチャップスみたいな名前の天才は、あたしと同い年で時空転移マシンを作ってたわよ。ガリバー旅行記の本を見ただけで!」
「あのチューインガムは御年十七歳で量子物理学の博士号を取得していたのですぞ。カゲリどのはまだ学士号すら持っておられんでしょうが」
「ぐぬぬ……学歴が……学歴が全てだと思うなあ!」
「まあ、そこまで言うなら気の済むまでやってみたら宜しかろう。カゲリどのにはリケジョの先輩と一緒にピコピコなんたらマシンを作って喜んでる程度がお似合いだと拙僧は思いますがな」
そう言って地下室を出てゆく拙僧の背中に、カゲリどののムキーッという声とノートのページを破り捨てる音が響いてまいります。
発明が完成する頃までには、ナエルどのはあと百万回ほど生き返っておりましょう。
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