第4話 謎引っぱりの掟
愛に生き、愛に散った一つの命があった。その愛を抱きしめる一つの命があった。
種族の掟を超えた新しい命を胎内に宿し、
政略結婚で産まされた長男が可愛くないわけでは決してなかったが、それでも真昼はこのとき初めて、本当に母親になる喜びを知ったような心持ちでいた。
生まれてくるこの子には、せめて平和な世界で生きてほしい。血や涙と無縁の世界で、ひとりの人間としての人生をこの子が全うしてくれたら自分もどんなに幸せか。
そんな真昼のささやかな願いは、時を超えて未来からやって来た当の息子本人のツッコミによって儚くも打ち砕かれることとなった。
竜の城に隠された時の扉を通ってきたとかいう、世界観の根幹を揺るがすようなご都合主義展開で真昼の前に現れた実の息子は、真昼の大きなお腹を指差して、この後生まれてくる自分が未来世界でどれほどの苦難を体験しているかを切実に訴えてきたのだ。
「母さん、なんでボクがヴァンパイアの血を引いてること教えてくれなかったの」
「なんでって……そのほうが、あなたが平穏無事に人間社会に溶け込んで暮らせると思って」
「ぜんぜん平穏無事に溶け込めなかったよ! 考えてみてよ母さん、不思議な力の存在をちゃんと自覚してるのと、何も知らされないまま不思議な力だけは持ってるのと、どっちが生きやすいと思う!?」
「……まあ、それはそうね。ごめんなさい、これから生まれてくるあなたには、ちゃんとヴァンパイアの血筋のことを説明して育てるようにするわ」
だが、彼の訴えはそれだけにとどまらなかった。彼は、竜の城に幽閉されている従者たちの存在や、亡き父が生前に彼らと築いた絆の話に触れ、そういった諸々を子供の頃に教えておいてくれれば自分が「おばけ太郎」などと呼ばれていじめられることもなかったのにと恨み言を述べた。やがて彼の話は、「王の間」に隠された魔王の剣のことにも及んだ。
「あの剣が壁に刺さるとこ、母さん見てたんでしょ!? だったら最初から教えておいてくれてもいいじゃない。そもそもなんで真の姿への変身能力がずっと隠されてるんだよ、真の姿なのにそんなのおかしいでしょ」
「あのね、真の姿にウェイクアップするのは本当はとても危険なの。あの力は国ひとつを滅ぼすとも言われていて……」
「ウソだね。せいぜいキックのバリエーションが無駄に増えるのと、武器がパワーアップするくらいじゃないか。そのパワーアップにしても、狼男フィーバーも人造人間フィーバーもあまりに大したことなさすぎて、バカバカしくなったから半魚人フィーバーに至っては試してすらないよ」
とにかく無駄な隠し事はしないでよね、母さん。そう言って息子は時の扉の向こうへと帰っていった。
息子の切実な訴えを聞いて、真昼はこれから自分が送ろうと思っていた余生のプランを今一度考え直してみた。よくよく考えてみると、片親違いの兄にあたる長男との関係を彼に隠しておく必要もないし、彼女自身が息子達の前から姿を消して隠遁生活を送る必要も別にないことに気付いた。
というか、ヴァンパイアの王の正統後継者たる長男と、ハーフヴァンパイアの証である超強力コウモリに変身できる次男が身近にいてくれた方が、掟を破った身である己の安全は確実に保証されるように思われた。
そんなわけで、次男との時を超えた邂逅から二十二年ほどを経た今、真昼は竜の城で息子達と家族三人仲良く暮らしている。
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