第3話 初見アイテムの掟
日本を代表する巨大企業が開発したという変身ベルトは、ユーザーへの配慮がひどく行き届いていた。なにせ、変身用のベルトと携帯電話から、武器のデジカメやトーチライトに至るまで、そのすべての使用法や拡張機能を丁寧に図入りで解説した
おかげでマリは、敵怪人の突然の襲撃に際し、初めて取り出すベルトと携帯を苦もなく操作し、専用コードを打ち込んで変身の動作をそつなく行うことができた。もっとも、この世には変身に適合できる者とそうでない者がおり、彼女自身は残念ながらその後者だったのだということは、ユーザーズガイドを隅から隅まで読んでも書かれていなかったが。
「それなのに、あの男ときたら!」
マリがその場でかわりに変身してもらった行きずりのイケメン、
コイツ確信犯でやってるな。マリは舌打ちしたが、必要最低限の戦闘ガイダンスは変身スーツのヘルメット内部に表示されることだし(ユーザーズガイドにそう書いてあった)、ツタナがそれで困らず戦えているのならまあいいかと思って諦めることにした。
「あの銃、マジで使えねーな」
居候先のクリーニング屋で一人だけ冷奴を食らいながら、ツタナは今日の戦いの感想を吐き捨てた。マリはクリーニング屋の息子と鍋焼きうどんを食べていた。
「照準は全然定まらねーし、射程距離は短いし。それに引き換えあのデジカメはいい。パンチで敵をふっとばすと爽快なんだ」
ここまでの何度かの話を総括すると、彼は携帯電話から変形する銃、足に付けるトーチライト型のキックユニット、手にはめるデジカメ型のパンチユニットの内、三つ目を最も気に入ったらしかった。ただし、必殺技の威力は明らかにパンチよりキックの方が強いので(ユーザーズガイドにそう書いてあった)、敵へのトドメはどうしてもトーチライトに頼らざるを得ないようだった。
「つっくんのライダーキック、俺は好きだけどなあ」
クリーニング屋の息子が熱い麺を頬張りながら言った。マリもその点は同意見だった。
「あたしも同感。大きく飛び上がって敵に突っ込んでいくの、なんか、これがヒーローって感じがする」
「お前らなあ。あのキックは色々面倒なんだよ。マーカーが出るときにはもうジャンプしてるから、イマイチ制御が利かねえし。もっとこう、バシッと狙いが定められたらいいんだけどな」
そう言って、彼はまだ春先なのにキンキンに冷えた麦茶を飲み干した。
それから半年ほどで、ツタナは大手企業の科学の粋を集めた最新兵器を我流ながら使いこなし、敵の怪人を相手にかなりの戦果を積み重ねていった。だが、あるとき、ツタナ自身も実は怪人のひとりだったという、まあ当時にしてはそれなりに斬新だった衝撃の事実が判明し、よくわからない理由で勝手に身を引いて戦線離脱してしまった彼にかわり、馬の怪人になれる幸薄そうなイケメンが一時的に変身ベルトを所持することになった。
マリが目にした彼の戦いぶりは、ツタナとは全く違っていた。彼はツタナが必殺パンチを繰り出すときにしか使わなかったデジカメを通常のパンチ攻撃にも使いこなしていたし、必殺キックの際には大仰に飛び上がったりせず、その場でスマートに足を上げて敵をロックオンしていた。それなら確かに、ツタナが言っていた「マーカーが出るときにはもうジャンプしているから制御が利かない」などという事態には陥らなさそうだった。
「どうしてそんなにツールを使いこなせるんですか?」
マリが尋ねてみると、彼はなんでもないように答えた。
「ユーザーズガイドがこのパッドでも見れたからね」
彼が得意げに見せてくれた情報端末のホーム画面には、「王の眠りは深い」とかいう、意味があるのかないのかよくわからない文字列が踊っていた。ちなみに彼と同じ顔の俳優が最近、三十五歳の若さで惜しまれながら王の眠りに就いたそうである。合掌。
その後、なんだかんだで立ち直ったツタナは再び変身ベルトを手にし、人類を脅かす敵と身を粉にして戦い続けた。だが、変わらず彼の必殺キックは大振りなジャンプを伴ったままだったし、携帯電話の銃は命中率が悪いからとほとんど使われないままだった。
マリは、あのとき馬のイケメンがパッドで見せてくれたユーザーズガイドの中に、ツタナの不満を解消する手段がいくつか書かれているのを見て知っていた。だが、どうせ言っても耳を貸さないだろうと思い、今更わざわざ彼に伝えることはしなかった。
あれから十年以上が経ち、マリは別の変身ヒーローと昼ドラばりの愛憎劇を繰り広げたり、エロ監督の映画でヌードになったりしながらそれなりに充実した毎日を送っている。世界のどこかで戦い続けるツタナからは今でもたまにメールが届く。最近は世界の破壊者と共闘したり、生への執着から悪の首領になってみたりしたらしい。
だが、トーチライトを合体させると銃の性能がアップすることは、彼は永遠に知らないままのようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。