第2話 最強フォームの掟

 雨人あまとが魔法で戦う変身ヒーローになり、最初に受け取ったのは、炎の属性を司る変身指輪だった。賢者だか白魔だか呼び名が定まらない黒幕から授けられた魔法の石を使い、指輪作りのおっちゃんが雨人のために作ってくれたのだ。

「俺が最後の希望だ」

 お気に入りの決め台詞とともに、雨人はやたらうるさい変身ベルトで魔法のスーツを身にまとい、人々の希望を餌にする魔物どもを来る日も来る日も蹴散らしてきた。人は、定職に就きもせずドーナツを食らってばかりいる彼をニート呼ばわりしたが、自分はもう魔法使いなのだから世俗の職業などどうでもいいやと雨人自身は割り切っていた。

 彼の戦いが軌道に乗り始めた頃、黒幕の男は水、風、大地の力を秘めた魔法の石をおっちゃんに渡し、雨人のために新たな変身指輪を作らせた。四つのエレメントを駆使して戦う彼の姿はまさしく魔法使いの名に相応しいもので、雨人自身、今日はどの姿で戦おうかと、敵の前に立つのが日に日に楽しくなっていた。

 そんなある日、たまたま彼の戦いを目にしていたおっちゃんが、その日の夕食の席で雨人に言った。

「お前、なんだってあんなに水や風の指輪を使ってるんだ?」

「え。どういう意味」

「どう考えても炎の指輪が一番強いだろう。やめちまえ、他の指輪なんか使うの」

「自分で作っといてそれかよ」

「俺は、賢者だか白魔だかに言われるがまま石を加工しているだけだ。どの指輪が一番強くなるかなんて、作る前にはわからない」

 どうやら、おっちゃんは雨人がわざわざ炎よりも戦闘力の劣る水や風の指輪を使って戦っているのが不可解なようだった。大地の指輪に至っては土の壁を作るくらいしか能がないので論外だ。

 雨人としては、ヒーローってそういうもんじゃないかなあ、と思わないでもなかったが、その翌日から試しに炎の指輪だけを使う縛りプレイをしてみると、今までより格段に素早く敵を片付けられることがわかった。じゃあもうこれだけでいいか、と彼は割り切り、炎魔法で敵を瞬殺してはプレーンシュガーのドーナツを食べるという日々を繰り返すようになった。


 半年ほど戦いが続いた頃、雨人の魔力の源であるドラゴンが不慮の事故で消えてしまい、それにともなって、彼の魔力を生きる糧としていたロリータファッションのヒロインが死ぬ死ぬ詐欺に手を染める事態があった。ダメ元で雨人が涙をこぼしてみると、ドラゴンもヒロインもすぐに生き返り、ついでに彼の手元には最強の無限変身指輪が現れた。

「こういうのって普通はヒロインの涙でできるものだよなあ……」

 雨人がボヤきながらその指輪で変身してみると、無限の力はその名の通り恐ろしいほどに強かった。おまけに従来の指輪で変身したときよりも魔力の消耗を抑えることさえできた。

「お前、その姿、何かデメリットはないのか」

 雨人の涙が生み出した無限指輪をしげしげと観察し、おっちゃんは首をひねった。自分が丹念に手をかけて作った他の指輪よりも、こんなポッと出の指輪の方が優れているのが納得いかないという表情だった。

「今のとこ、ないみたい。必殺技の威力もアホほど強いし」

「そんなに強い姿なら、魔力の消耗が激しいとかのデメリットが付き物だと思うんだが」

「それがどうも、自分が放出した魔力を自分のローブで拾って再利用できる永久機関だとか何とか」

「まるで魔法じゃないか」

「そうだね」


 そうして、雨人は前より手早く敵を瞬殺できるようになったが、せっかくおっちゃんが作ってくれた四大エレメントの指輪が用無しになってしまったのは寂しくもあった。

 敵のほうも空気を読んだもので、ついつい雨人が無限指輪を使わずに舐めプなどしていると、そんなときに限って従来の指輪では太刀打ちできない強敵だったりして、結局は毎回無限指輪でのフィナーレに持っていかざるを得ない状況だった。

 そんな毎日を続けていたので、雨人は無限指輪を次第に忌々しくさえ感じるようになり、あるとき訪れた異世界で出会った子供に勢いで無限指輪を渡して帰ってきてしまった。だが、最強フォームの呪縛を自ら断つことに成功してせいせいしていたのも束の間、別の異世界ではなんだかよくわからないが別の自分の形見だといってまた無限指輪を授かる羽目になってしまい、それっきり雨人は指輪を手放すことを諦めた。

 旅先でドーナツをかじりながら、彼は思う。多くの人が死に、自分とヒロインだけが生き残ったあの闇の儀式の日から、きっとこうなることは運命付けられていたのだと。

 ヒロインは何年も前に死ぬ死ぬ詐欺を完遂して本当に消えた。彼女のために流した涙をその指に煌めかせて、雨人は明日も戦い続ける。

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