変身ヒーローの掟

板野かも

第1話 変身シーンの掟

 警視庁の新米刑事、不進ノ介すすまずのすけが変身ヒーローの辞令を受け取ったのは、何事にもエンジンがかからず、暇な毎日を持て余していた平凡な春の日のことだった。特殊状況なんちゃら課とかいう聞き慣れない部署に召集され、喋るベルトを相棒として紹介された時、不進ノ介はまず「ありがちだな」という素朴な感想を抱いた。

「どうした、ススマズノスケ。私とともに戦うのがそんなに憂鬱かね」

 ベルトは妙に偉そうな口調で彼に語りかけてくる。ベルト、と呼び捨てにしたら年功序列をわきまえろとか何とか怒られたので、こんな機械が俺より年上なわけあるか、と内心呆れながらも「ベルトさん」と言い直した。

「だってさあ、ありがちじゃん。喋るベルトとか」

「ノット・イグザクトリー、そんなことはない。君は他に喋る変身ベルトを知っているのかね」

「シャバドゥビタッチヘーンシーン」

「あれは仕込まれた歌を再生するだけのラジカセに過ぎない。機械が自らの意思を持って饒舌に喋るというのが私のアイデンティティなのだよ」

 そんなものなのか、と不進ノ介は思った。なんにせよ、このベルトが気に入ろうが気に入るまいが、下された辞令を拒否する選択肢など最下級公務員の彼にはなかった。


「で、変身ヒーローって具体的に何したらいいの」

「変身ヒーローなのだから、まずは変身ポーズの練習をするべきだろう。格好良くポーズを決めて変身するのは今も昔もヒーローの醍醐味というものだ」

 そう言ってベルトが用意してきたのは、左手首にはめるブレスレットと変なミニカーだった。変身ベルトがあるのに変身ブレスまでするのかよ、と不進ノ介は思ったが、警視庁の技術課にたてついても後々昇進の機会が閉ざされるだけかと思い直して黙っておくことにした。

「このミニカーをブレスにセットして、ベルトさんと赤外線通信するだけだろ? ポーズなんか要るのか」

「ススマズノスケ、君は変身ヒーローのことを何もわかっていない。無意味なほど大振りなポーズを決めて変身してこそ、ヒーローのケレン味は引き立ち、女子の黄色い歓声も上がるというものなのだ」

「そういうものかねえ……」

 渋々ながら、ベルトにしごかれるまま不進ノ介は変身ポーズの開発に励んだ。来る日も来る日も特殊なんちゃら課に出勤してポーズの練習を繰り返し、ようやくビシッと格好良く変身を決めることができるようになった頃、ついに初出動の機会は訪れた。


「ええと、レディのエスコートの仕方も知らないなんて……どこのセントリーボーイだ」

「セントリーじゃない、カントリーだ。ススマズノスケ、君は台本を覚える熱意に欠けるようだね」

 二人(一人と一本)がくだらないやりとりを繰り広げているのは現場へ向かう特殊警察車両の中だ。変身ヒーローならバイクだろうと不進ノ介は思っていたが、例によって上の用意した備品なので文句は言わないことにした。

「どこのカントリーボーイだ……と。おいベルトさん、こんな台詞練習して何か意味あるのかよ」

「ヒーローには悪人を挑発するクールな言葉の数々も必要だ。戦いの場で格好良く決めてみろ、君の活躍は次第に人々の知るところとなり、ついには可愛い婦警さんから惚れられたりするかもしれないぞ」

「遠慮しとくよ。婦警なんてゴリラばっかりだ」

 不進ノ介が嘆息している内に、車はCGのような見栄えで公道のようなところを駆け抜けたり、実写のような見栄えで私有地のようなところを駆け抜けたりを繰り返しながら、敵の機械生命体が暴れる市街地へと滑り込んだ。


 敵の破壊力は相当なものだった。不進ノ介の車が駆けつけたときには、周囲のビル群は敵の射撃で粉々の瓦礫に変わり、転覆した何台もの自家用車の下にはひと目で死体とわかるものたちが生々しい血の海の中に倒れていた。

 刑事課研修でも見たことのなかった凄惨な現場に思わず吐きそうになりながら、不進ノ介はなんとか平常心を保って車から降り、用意してきた決め台詞を機械生命体に向かって言い放った。

「おい、レディのエスコートが……あー……エスコートができないのはダサいぞ、このカントリーボーイめ!」

「あ? 何だお前は」

 全く状況に即していない不進ノ介の変な発言に、敵は律儀に反応してこちらを振り返ってくれた。腰に巻いたベルトが溜息をつくのが聞こえた気がした。

「正義じゃない、俺は市民をまも」

 不進ノ介の言葉はそこで遮られた。敵の撃ち出した徹甲弾が音をも追い越す速さで彼の胸を貫き、噴水のごとき血飛沫を上げさせたからだった。

 がはっと大きく血を吐いて、彼は赤く染まったコンクリートの上に仰向けに倒れる。数秒と持たず途絶える意識のなかで、彼はぼんやりと、ああそうか、と思った。

 ――現実の敵は変身シーンを待ってくれるわけじゃないのか。

「ススマズノスケ、何をやっているんだ。生身で敵の前に立つなどとは。変身してから出ていくのがセオリーに決まっているだろう」

 彼の頭のなかで今までの人生の走馬灯が駆け巡り、その傍らではベルトがマイペースに電脳音声を発し続けていた。

 臨終の間際、不進ノ介は思った。ベルトの言うとおり、どこか物陰で変身してから敵の前に出ればよかった。そうすれば最新スーツの力で自分は敵を倒し、人々のヒーローになれたかもしれなかった。可愛い婦警さんと惹かれ合って結婚し、子供をもうける幸せな未来もあったかもしれなかった。

 たとえ未来の世界から息子の偽物がやってきて面倒臭い事件に巻き込まれるようなことがあっても、ここで初変身すらかなわず死んでしまうのよりはずっとましな人生だったのではないか。

「ああ、ススマズノスケよ、しんでしまうとはなさけない。やはり変身ヒーローの役目は先代プロトにやらせることにしよう」

 ベルトの声だけが、ただ無機質に、血の匂いに満ちた現場に響いていた。

 不泊とまらず不進ノ介、殉職――。

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