2・偏見と辞退の連続
しかし、求人を見るだけ見まくったわたしは、ある一つのことを思った。
「ねえ、ママ。
もしや、世の中の仕事って、
居酒屋かカフェのスタッフか、パン屋かピッキングしかないの?」
「あとは、携帯ショップの店員か、清掃ね」
同じ内容の求人を見ているものだから、
わたしとママは、ある瞬間から、完全に情報を共有するようになった。
「あ、またこのランドリーの求人出てる。
いや、少し内容変えてるからって、何個も出しすぎでしょ。逆に来ないって(笑)」
「あ、ホントだ。ずっと来てないから、また出てるんでしょ(笑)」
自分は仕事を見つけていないくせに、
いつまでたっても消えない求人を嘲笑う無職の母娘。
「なに、この店の名前。近〇門左衛門みたい(笑)」
「確かに何て読むんだろうね。近〇門左衛門はウケる(笑)」
自分はどこにも勤めていないくせに、
ついには歴史上の偉人のことまで笑いものにする無職の母娘。
しかし、こうやって呑気に笑っていたかと思えば、
次の瞬間には病み期がやって来る。
こんなにだらしない毎日を送っていてはいけないと頭では分かっているけれど、
思うような求人がなくて行動が起こせない。
理想通りなんて、ほんの一部の世界を除けば、世の中のどこにもない。
そんなこと百も承知なのに、どうしても、何が何でも働こうとは思わないのだ。
それは、きっと、まだパパの扶養枠内に入っているからだ。
いずれ、その安心の場所から追い出されることになるかもしれないというのに。
甘えてはいられないのだと思っているのに、
どうしても、例えば清掃の仕事はしようとは思わないのだ。
もちろん、その仕事をバカにしているとかではないのだけど、
自分の部屋すらもまともに片付けられない人間が、
しかもあんな高級住宅街の清掃をするなんて…見下されに行くようなもんだ。
きっと、あの上流階級といわれる連中は、
まともに掃除をすることも出来ないのかと言わんばかりの目で、
わたしを蔑むに決まっている。
”さあ、地面を磨けよ”。
きっとその視線に耐え切れずに、すぐ辞めてしまうことは目に見えている。
わたしもママも、掃除や料理が大嫌いだ。
わたしに限っては出来ない。
だから、わざわざ清掃やキッチンの仕事をしようとは思わない。
清掃や飲食店を避けるとなると、あとは普通の販売か…
いや、でも、販売系はその店の物を買って身に付けなければいけない。
安定しているというだけで、
特に裕福などではない公務員の家庭では、さすがにそれは辛い。
ということは、軽作業系か、事務系か、それくらいしかないだろう。
ここに至るまでに、わたしとママは、鬱になりそうな繰り返しを経ていた。
まだ、ママがあのブラック企業を辞めていなかった頃、
そろそろ次を考え始めていたわたしは、とある施設に電話を掛けた。
そこは子どもたちのお世話をする施設で、
見学が出来るかと思って連絡したのだけれど、
「今日中に担当の者から掛け直させます」と言いながら、結局してこなかった。
書き留めたわたしの電話番号どこいったの、と尋ねたいところだったけど、
そんな無責任な施設、こっちから願い下げだと思い、諦めた。
続いて、だいぶ経って、
わたしはワケの分からない店名のベイカリーカフェに応募してみた。
オープニングスタッフはイイらしいという情報に乗っかっただけだった。
しかし、ああいう読めない店名の時点で怪しいとは思っていたけれど、
応募後の連絡が思っていたより遅く、それで萎えて、
結局、最後まで店名が分からぬまま、面接を辞退した。
その次は、初めてやる気になった求人―似顔絵を描く仕事―に応募した。
昔から絵を描くことが好きだったので、
ひょっとしたら楽しみながら出来るのではないだろうかと思ったのだ。
しかし、その期待は裏切られることとなった。
やはり応募後の連絡が遅く、その上、その連絡によれば、
まずは書類選考を通ってから一次面接に入るとのことだった。
しかも、その書類選考とは、
履歴書の他に、何点もの絵を三日以内に提出しなければならなかったのだ。
まずは我が社に沿う絵を描く方であるかを確かめねば、とでも言うのだろう。
好きなだけで上がれるなんて思うなヨ☆
そう、その似顔絵会社は、ただの高飛車会社だったのだ!
この時点で、わたしのやる気は薄れていたけれど、
なんとか絵を準備して、履歴書と一緒に提出した。
しかし、結果、書類選考落ち。
その連絡だけが妙に早かったのが気に障ったけれど、
わたしは少し前に応募していたイラストを描けるカフェからの連絡を待った。
ところが、待てど暮らせど、連絡は来ない。
結局、未だに来ていない有り様だ。
なんてところだろう。
そう思いながら、わたしは次に行った。
次に応募したのは、ラーメン屋だった。
飲食店は避けていたつもりだったけれど、
「まかない無料」という言葉にそそられたのだった。
そこのラーメンが、以前からとても好きだったので、初めて面接まで行ってみた。
しかし、いざ行ってみると、
フリーターさんだからお金の管理もしてほしい、
フリーターさんだから学生が里帰りしている期間も出てほしい、
フリーターさんだから、フリーターさんだから…
なんか、うるさいな!!!
しかも、専用の靴を履いてなきゃ火傷するなんて言うし。
もうほぼ脅しだ。
そう思い、結局、合否連絡の前にまた辞退することとなった。
辞退、辞退。
正直、わたしは疲れてしまった。
働く以前に、辞退の連絡を入れることや、応募すること自体が疲れる。
ママとよく共感することだ。
きっと、世の中の無職には分かっていただけると思う。
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