無職の母娘
彼杵あいな
1・経緯と嫌な予感
約四カ月前、わたしは無職になった。
それを追うようにして、
わたしの最愛のママまでもが、同じく無職になってしまった。
何があったのかといいますと……
まあ、気乗りしないけれど、手短に話しておこう。
まずは、わたしのことから―…。
わたしは、高校を卒業してすぐに、自宅近くの小さな会社に事務として就職した。
しかし、そこは、決してアットホームな会社などではなく、
ただ小さいだけの悪夢の場所だった―。
というのも、事務として入社したわたしに対し、
(後に社長に就任する)タヌキのような見た目のドラ息子専務は、
パソコンの仕事や書類関係の仕事だけでなく、
(事前に何も伝えることなく)全く経験のない図面など、
現場の人と同じような内容の仕事を、わたしに教え込もうとし、
「社会人なのだから人に聞くな」と言って、
相談をしてもほぼ聞く耳を持ってはくれず、
しまいにはわたしを狭い事務所にひとり放置して、声も掛けてこなかったのだ。
誰かと会話することもほとんどなく、
図面とだけ向き合う地獄のような毎日の中で、
わたしは精神的に疲弊していき、
どこか感覚の麻痺したような無気力な日々を過ごしていた。
そんなわたしを見兼ね、ママや祖母や伯母が、
「また次の仕事を探してみてもいいのではないか」と言ってくれたことによって、
やがてわたしは悩んだ挙句に退社を決意し、退職願を出すに至った。
すると、父親の後を継いで社長となった例の二代目社長のドラ息子は、
笑みさえ浮かべながら、
『こうなるだろうと思っていた』
と悪魔のような言葉を言い捨て、退職願を受け取った…。
こうして、わたしの新社会人生活は、
わずか三カ月の試用期間中に終わりを告げたのだった。
ママは、娘が仕事を辞めたことで、
それまで以上に、
自分が頑張らねばならないという思いを抱いてパートに励む日々を送った。
ママの勤務先は、古着を売る店で、
キツいこともあるけれど、古着が好きだから楽しく働けていると言い、
なんだかんだ三年間もの間、ママは仕事に励んでいた。
ところが、そこは完全なるブラック企業であり、
働いている人間の命など、
稼ぎに比べればそれほど重要なことではないという節があった。
そういうわけで、社長はもちろんのこと、
社員にもろくなのがいないという有り様だった。
ママは歴代の死神のような店長を見てきていたこともあり、
もちろんそのことを分かっていたけれど、
まさか三年も勤めている自分が酷い裏切りに遭うことになるとは思っていなかった。
ママが仕事を辞めることになったのは、
ある若いバイトが盗みを働いているかもしれない、
というか働いているだろうという疑惑がきっかけだった。
正義感の強いママは、その不正に見て見ぬフリが出来ず、
なんとか大きな問題にすることなく、しかしハッキリさせたいと行動を起こした。
しかし、相当真っ黒だった疑惑のバイトたちは、
「自分は何もしていない」ととぼける始末で、
上司たちも誰一人として請け合ってはくれなかった。
そのうちママは疑心暗鬼と人間不信に陥っていき、やがて仕事を休むようになり、
ついには辞めることとなったのだった。
そんなママが最も無念だったことは、
問題の疑惑が、自分が辞めるという結果だけに終わり、
何一つ解決されることなく、もはや無かったことにされてしまったことだった。
そう、ママは結局、
同じ職場にいた全員に裏切られるという最悪の結末を迎えたのだった。
こうして、ママの三年間のパート生活は、
くだらない盗っ人たちによる疑惑問題をきっかけに幕を閉じたのだった。
というわけで、世にも不運な無職親子が完成した。
わたしは、そろそろ、
真剣に新しい仕事を始めなければいけないかと思い始めていた頃だったので、
そんな時期にママが仕事を辞めることになったのは、
「なんてこった」という感じだった。
つまり、これからは無職親子だ。
いや、シャレになんねーな!!!
とはいっても、初期の頃は、
お互いに傷をなめ合うようにして、二人で楽しく無職生活を送っていた。
しかし、だんだんとあまり笑えなくなっていったということは言うまでもない。
無職生活が始まって間もなく、
わたしたちは親子で全く同じ内容の求人を見るようになった。
もういっそスマホ一台でいいんじゃないだろうかと思うほどだったけれど、
さすがにこのままではいられないと二人とも焦りを感じ始めていたのだ。
しかし、ここからが問題だった。
毎日のように求人を見ているにも関わらず、一向に仕事が見つからないのだ。
しかも、二人とも。
ひょっとして、これは悪循環というヤツで、
お互いにそこから脱け出せないという最悪のケースなのではないか。
そのことを二人とも薄々感じ始めてはいたけれど、
かといって脱け出すことが出来るわけでもなかった。
無職の母娘の、ある意味で路頭に迷う日々が始まった――。
わたしたち親子は…と、その前に。
一つ言っておかなければいけないことがある。
それは、わたしとママは、母子家庭ではないということだ。
わたしには、
しょっちゅう「ニート」と言って脅してくる高校生の弟がいるし、パパもいる。
まあ、このパパが、案外と一番の問題だったりもするんだけど…
一応、パパは国家公務員という、
一般的にはしっかりした仕事といわれる職に就いている人だから、
今のところ、その扶養内に入っているわたしとママが、
飲まず食わずの生活を強いられるようなことはない。
しかし…!
いずれ、もしかすると、
夫婦仲の冷え切っているママとパパは、離婚するかもしれないので、
ママもわたしも、
ある程度は自分の力で生きていく方法を見つけなくてはいけないのだ。
なのに、こんなザマじゃ、将来的に野垂れ死ぬことは目に見えている。
もしも離婚が決まれば、
今までも、そして今も、すでに冷酷なパパは、
ママやわたしのことなんか見捨ててしまうに違いない。
”離婚したのだから、お前ら親子とは、もう縁もゆかりもない”。
そう言いかねない気がする。
かといって、ママやわたしが可愛がって愛情を注いできた弟も、
その甲斐なく、パパ譲りの冷たい気質なので、正直言って当てにならない。
そう、わたしとママは、家族の男たちのことも信用できないのだ。
近頃では、忍耐も愛情も報われないのだということを思い知って、
二人とも落ち込んでいるところだ。
けれども、無職でも、
家族の崩壊が目に見えているとしても、人は人生を諦めてはいけない。
悪い状況こそ、打開しなければならないのだ。
「人生は厳しい」。
わたしたち無職の母娘の口癖だ。
どんなに職探しが難しくても、気落ちしていてはいけない…。
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