第21話 男達の現場

Actionアクション!」

 いつも通りの酒田監督の号令が、アルファイター・エイトの仮面マスクでやや塞がれた聴覚に届く。それを合図に大吾は駆け出し、カメラの位置と自分の映り方を意識しつつ、向かってくる数体の「敵」に素早い回し蹴りを繰り出していく。

 普段と勝手が違うのは――舞台と、相手。

 大吾エイトが乱舞するのは、さいたま新都心、スーパーアリーナ横の巨大なアーチ橋の上。北映ほくえいの「バイカーマスク」や「五色戦団」ではよく使われる撮影場所らしいが、撮影所内のセットや合成用グリーンバックのスタジオを主戦場とするアルファイター・シリーズのアクターにとって、街中での等身大の戦いはほとんど未知の領域といってもよかった。

 「敵」もまた、いつもとは違う。見知った角屋プロの後輩アクター達がいま着ているのは、アルファイター・シリーズの怪獣や宇宙人とは異なるセンスでデザインされた「怪人」の着ぐるみスーツだ。

「――ハッ!」

 気勢を上げ、大きく振りぬいた大吾エイトのトドメのパンチが、数体の怪人をまとめて昏倒させる。大吾はそのまま動きを止め――直後、怪人役のアクター達が直ちにカメラの前からハケたところで、再び回るカメラの前で残心ざんしんの構えを取る。むろん、そこには後ほど怪人達の爆発がCG合成で組み込まれるのである。

「よぉーし、Veryベリィ Goodグッ! 次、素面すめん行くぞォ!」

 酒田の合図で大吾と交代するのは、大スターのTAKUYAである。

 数年前の映画「アルファイター冒険記オデッセイ」の時と同じ軍服調の衣装を身に着けた彼は、今の今まで大吾エイトが立っていた位置にすんなりと陣取り、そして――

Actionアクション!」

 カメラが回った瞬間のTAKUYAは、もう売れっ子スターの顔ではなかった。

「地球ってトコは……随分と物騒な惑星ほしじゃねえか」

 表情をあまり変えず、控えめに唇を動かし、それでいて声優の星宮ほしみやせめるが演じるエイトのぶっきら棒な口調をトレースしたような独り言をそっと発する「彼」の姿。それはもはやTAKUYAという人間ではなく、銀河を旅して地球に辿り着いたアルファイター・エイトの人間体にんげんたいそのものだった。

「この惑星ほしのどこかに、奴らの言ってた『姫』とやらが居るのか……?」

 TAKUYAエイトの鋭い視線がぐるりと周囲の遠景を見渡す。優れた科学力と悠久の寿命を持つ異星人アルファイターが、初めて訪れた惑星の文明レベルを観察しているのだ。


 ――凄いな、と、大吾は感じざるを得なかった。彼が目の当たりにするTAKUYAの演技力は、ともすれば「冒険記オデッセイ」の時よりもさらに増しているようにすら見える。まるで本当にその身体にエイトが乗り移っているかのようだ。

 しかし、大吾が隣に立つ先輩スーツアクターに振ったのは、それとは全く違う話だった。なんというか、誰もがわかりきっているTAKUYAの凄さを今さら話題にするのも気恥ずかしいと思ったのだ。

「エイトが人間サイズで戦うのって、なんかピンと来ないっすねえ」

「まあな。セブンだって人間大で敵の円盤に潜入したりしてたが、街中でアクションなんざほとんど無いもんな」

 アルファイター・タイガーを演じる「角屋プロダクションの虎」は、昭和の名作の名を挙げながら大吾の話に応じてきた。この先輩は今日の撮影には出番がないのだが、陣中見舞と自己研鑽を兼ねて現場に来てくれているのである。

「そういや、残念だったな。今日も『あちらさん』とは現場が被らなくて」

 先輩が半ば茶化すように大吾に言ってくる。大吾はTAKUYAの演技を目で追いながら「そっすねえ」と適当に答えた。

 くだんの「あちらさん」――バイカーマスク側のスーツアクトレスであるサヤカとは、未だ現場で巡り合うには至っていない。バイカーマスクとアルファイターの共演映画といっても、それぞれの戦闘シーンは最後の最後まで被らないので、撮影が一緒になる機会がないのだ。

 もっとも、それは裏を返せば、作品のクライマックスとなる共闘シーンでは必然的に顔を合わせることが決まっているという意味でもある。それがあると分かっているから、大吾にはサヤカとの邂逅を焦って待ち望む必要もないのだが――

 正直、早く言葉を交わしてみたい、という気持ちはある。彼女が「ピンク」役を演じている「ビーストファイブ」のオンエアを観るにつけ、その思いは高まるのだ。

 相手が女性だからとか、美人と噂されているからどうというのではない。大吾は単純に、同じ「顔を出さないアクター」として、彼女という存在に興味があるのである。


「よっしゃ、午前あさの撮影は皆、お疲れさん! 午後もクオリティ保って行くぞ!」

 ロケバス内に響きわたる酒田の言葉に、キャスト、スタッフ一同がオオッと声を揃える。今日のメンツには男性ばかりしかいないため、大吾もせいぜいいつものサングラスを掛ける程度の「配慮」で済んでいた。

 いざカメラが回るとなれば特撮制作の現場は忙しい。一同はこれから、茨城の工場跡地に赴き、爆発ナパームを使用したアクションシーンの撮影に臨むところである。

「よぉっ、俺様のスタント役はチミかねー」

 一路、目的地を目指すバスの車中で、前列の席に座っていたTAKUYAが上機嫌で大吾らの方へとやって来た。昔の業界ギョーカイ人を真似たような変な口調で大スターが話しかけたのは、通路を挟んで大吾の隣に座っている後輩アクターである。

「はい。自分がやらせて頂きます」

「ジブンがやらせてイタダキマス」

 緊張している若者の台詞をそっくり真似て、スターはぱんぱんと彼の肩を叩いた。明るく弾む大スターの態度に、後輩アクターの顔からやや強張りが消えたようにも見える。

「TAKUYAさん、あんまりいじめないでやって下さいよ」

「何言ってんだよ。いつも間近にこんな野獣を見てんだから、今さら俺様ごときにビビったりしないよな」

 大吾とTAKUYAの言葉の応酬に皆は笑った。

 後輩アクターはTAKUYAと背格好が似ているため、午後の撮影で彼のスタント役を務めることになっていた。運動神経にも優れるTAKUYAは、ある程度の素面アクションは難なくこなしてしまうのだが、さすがに間近で本物の爆発が起こるような現場を大スター本人に立ち回らせるわけにはいかない。

「それにしても、今日の現場、見事に男ばっかりでやんの。ああ、レナちゃんの瞳が恋しいねえ」

「北映のアクトレスにも未だに会えてませんしね」

「それなんだよ。南川みながわのヤロォ、このまま約束破りおおせるんじゃねーだろーな」

 巻き舌を交えたTAKUYAの罵声がまた一同の笑いを誘う。彼が南川プロデューサーを呼び捨てにしたのはただの冗談で、本当は南川のことを敬っているのだということは、この場の誰もが分かっているのだ。

「約束は守るぞぉ」

 バスの最前列席から酒田が振り返って叫んだ。

「運命の邂逅は、撮影終盤のお楽しみだ」

 ニヤリと口元を歪めてくる酒田に、TAKUYAが「待ちきれないですねえ!」と快活に答える。

 大吾の把握している限り、スーツアクトレスのサヤカも勿論だが、TAKUYAとダブル主役を張る豊橋レナもまた、最初の読み合わせの日以来、角屋こちら側のメンツとは顔を合わせていなかった。

 全ての出演者が毎回集合することができればそれに越したことはないのだが、なにぶんTAKUYAも豊橋レナも多忙の身である。一方だけでもスケジュールの都合が付くときに、相手の絡まない出演シーンをまとめて撮影していくしかないのだ。

「大吾もサヤカちゃんとの逢瀬が待ちきれないんじゃないのか」

 酒田がふいに大吾を名指しして話を振ってきた。はあ、と突然のことで生返事を返してしまった大吾を、すかさず先輩アクターが指差す。

「そうっすよ、コイツ、噂の美女と会えるってなって色々溜まってるんすから」

「溜まってねえっすよ。なんすか、ここでグラサン取りましょうか!?」

「やめろ、バスが事故る」

 自分をダシにして仲間達が爆笑の渦に包まれるのも、もはや大吾には慣れた光景だった。

「大吾ぉ。サヤカちゃんは、いいオンナだぞぉ」

 この中で唯一、話題の美女の全てを知っている酒田が、大吾に向かってニヤニヤと笑った目を向けてくる。

「出た、エロ監督」

「あのBodyバディは一級品だ! 幾十人のオンナを撮ってきたこの俺が保証する」

「酒田さんが言うとイヤらしい意味にしか聞こえねえからなあ」

 特撮ファンのツボを押さえた名アクション監督として知られる酒田の、もう一つの側面――女性キャストのアクションを扇情的に撮ることへのこだわりを思い出し、大吾もくくっと笑った。テレビ本編ではそれほど武闘派ではないヒロインでも、ひとたび酒田が劇場版のメガホンを取れば、ミニスカートを無駄にひらひらと翻して生身で敵を薙ぎ倒す戦闘少女に変わることは有名だ。

「酒田さん、レナちゃんにもミニスカアクションさせるんすか」

 後輩アクターの尋ねた一言に、酒田はチッチッと指を振る。

Sillyスィリィ Questionクエスチョンだ! させないわけないだろ?」

 男性キャストの一人が、ひゅうと口笛を吹く。確かに、大吾が目を通した脚本でも、豊橋レナの素面アクションの場面は決して少なくはなかった。衣装までは脚本からは分からないが、酒田のことだ、戦うヒロインの生足を魅せない選択肢などないのだろう。

「全国のアイドルファンに見せつけるんだよ。『スカートひらり翻す』ことにかけて俺の右に出る者はいないってな」

「酒田さん、康元やすもと秋夫あきおに喧嘩売ってますね」

 TAKUYAがすかさず、秋葉原エイトミリオンの系列グループを束ねるプロデューサーの名を出し、皆の笑いを取る。

「はははっ! 俺の生足アクションでケガなんかさせたら、康元やすもとさんに殺されるな」

「いやいや、コエーのはやすPピーよりアイドルファンでしょ。そん時は取り囲まれて袋叩きっすよ」

 アイドルファンの男性達が怒りに燃えて一揆を起こすさまを思い浮かべ、大吾もその不謹慎な冗談で皆と一緒に笑った。

 今頃、あちらさんも、人気アイドルと二人三脚での役作りに励んでいるのだろうか――そんなことを、ぼんやりと考えながら。

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