chapter 4. 男と女
第19話 野獣とスター
「――さっきのあの力。あなた、まさか、人間じゃないの?」
「お前になら話してもいいか。俺の名はアルファイター・エイト――こことは異なる宇宙から来た、銀河の風来坊さ」
「アルファイター……エイト……!?」
大吾の視線の先では、アイドルの
「お前の方こそ、まさかそんな華奢な身体で戦士だったとはな。昔会ったヤツらを思い出したぜ」
「……あなたの世界にも、わたしみたいに戦う人がいるの?」
「ああ。俺は銀河の星々で沢山の熱いヤツらと出会ってきた――俺がいま化身しているこの姿も、ある世界で出会った戦士の姿を借りたものなんだ」
「姿を借りた……。じゃあ、わたしと同じね。わたしも――本当の顔を『仮面』で隠して、戦い続けているんだもの」
そこでひとまず読み合わせが止まった。酒田監督がぱんぱんと威勢よく握手して、二人の声の演技を讃えている。他の出演者達も満足げな顔で口々に言葉を交わし合っていた。
大吾は先輩スーツアクターと二人、スタジオの隅で椅子に腰掛け、役者達の読み合わせに傾聴していた。カメラの前に顔を出さないスーツアクターといえど、生身の役者の演技とは決して無縁ではない。アクションの現場では、後に役者がアフレコすることになる台詞をまずスーツアクターが喋るのだし、そもそもスーツアクターと役者はいわば二人三脚で一つの役を作っていくわけなので、互いを理解するためのコミュニケーションは撮影外でも欠かせないのだ。
「さすが、二人とも
酒田の言葉に、ふふんと胸を張るTAKUYAと、頬を赤らめて謙遜する豊橋レナの姿はいかにも対照的だった。大スターは、「アルファイター
そんな豊橋レナに関して、大吾はこの読み合わせの見学に出る前に、酒田監督から重々釘を刺されていた。――いつものことだが、
オタクを自称してはばからない豊橋レナが、特撮のスーツアクターにまで興味を示し、あまつさえ自分をお気に入りとして名指ししていることは大吾自身ももちろん知っている。だからこそ、大吾は彼女に素顔を明かすわけにはいかないのだ。彼の正体が野獣であることにショックを受け、豊橋レナの本作に臨む士気が下がってしまってはならないから、と……。
「くっ」
大吾の隣に座る「角屋プロダクションの虎」、スーツアクターの先輩が何かにこらえきれなくなったように笑いを漏らした。
「なんすか」
「いや、お前、面白すぎ」
先輩が何を面白がっているのかは聞かなくてもわかる。――今日の大吾は豊橋レナから顔を隠すべく、サングラスの下に強盗がかぶるような目出し帽を着用しているのだ。
――これならいっそ、エイトの
読み合わせが止まるたびに、ちらちらと自分の方を気にしてくる豊橋レナの顔を見て、大吾は胸の内で深く溜息をつく。
「――そんなこと、あると思いますか? TAKUYAさん」
数年ぶりに大吾と言葉を交わす大スターは、ようやく目出し帽を取ることを許された彼の素顔を「相変わらず
「まあ、監督がそう言うのは、豊橋レナのこと以上にお前のことを気遣ってんだろうよ。……いや、それより、自分の変身後を野獣に演じられる俺様の心情をまずは案じてくれよってな」
TAKUAYAの言葉に男性出演者一同は爆笑に包まれる。大吾も悔しいが笑ってしまった。
彼らが居るのは角屋プロダクションの控室だ。初回読み合わせの終了後、「本業」のスケジュールが一杯だからと早々に名古屋に帰ってしまった豊橋レナは、大吾と言葉を交わせないことを最後まで残念そうにしていたが……まあ、酒田やTAKUYAに言わせれば、それもまたお互いのためという理屈になる。
「でも、せっかく大吾さんと同じ空間に居たのにアイサツもできなくて、レナちゃん可哀想でしたよね」
と後輩アクターが言うと、TAKUYAは切なそうな表情をわざと作ってみせる。
「可哀想なのは俺様も一緒だぜ。アクトレスのサヤカと会わせてくれるって、
皆と一緒になって大吾は笑う。角屋プロの仲間達と同じく、許容ラインを本能で見極めて踏み込んでくるようなTAKUYAの「いじり」は、彼にとって決して不快なものではなかった。
――それにしても。
北映のスーツアクトレス、サヤカがこの場に来られなかったことは、大吾にとってもやや肩透かしだった。
彼と同じく素顔を一切見せない「正体不明」のアクトレスにして、彼と並ぶ、今回の映画の裏方側のキーパーソン。巨大アクションのパートを演じる自分と、等身大アクションのパートで活躍する彼女とでは、なかなか撮影はかぶらないだろうが――だからこそ、読み合わせの見学ではいくらか言葉を交わせるかもしれない、と淡い期待を大吾は抱いていたのだ。
しかし、そのサヤカは北映の「猛獣戦団ビーストファイブ」のピンク役の撮影が今日も入っており、この場には来られないという。「ビーストファイブ」本編のメイン監督は今回の映画と同じく酒田が務めているが、撮影を担当するのはなにもメイン監督だけではない。
「……俺も残念っすよ」
大吾が独り言のように言うと、先輩アクターが「同じ『ドイルの犯人』としてはな」と茶化し、別の先輩が「向こうはお前と違って絶世の美女らしいけどな」と被せる。
まあ、サヤカが美人かどうかなど、大吾にはどうでもいいのだ。性別や現場が違えど、特撮界の期待の星と言われる彼女と一度言葉を交わしてみたかっただけだ。優れたスーツアクトレスならば、きっと顔など見えなくても人を引きつける「何か」を持っている。
――そう、それはちょうど、先日レンタルビデオ店で行き合った、あの女性のように――。
「大吾」
TAKUYAに出し抜けに名前を呼ばれ、大吾はハッとなってサングラス越しに彼の顔を見た。
「お前、吸うんだっけ?」
大スターが指で煙草のジェスチャーをしている。大吾は「いえ」と答えてから、すぐに「でも付き合いますよ」と付け加えた。
「お前にだけは言っとくけどよ。俺は
「……そっすか」
撮影所の外のベンチに並んで腰掛け、大吾は、煙草をくゆらすTAKUYAの横顔を見やった。自分とは似ても似つかない、端正な顔立ち。彼がとうの昔に諦めた、顔貌を含めて人々に愛されるスターの道を驀進している男。
「
TAKUYAはくっくっと笑っていたが、大吾には彼の気持ちもわかるような気がした。アルファイター・エイトは角屋プロの「商品」の一つではあるが、同時に、彼と自分と、声優の
「だけどよ、バイカーマスクとのコラボ映画を作るからって、二度目の話を持ってきたときの南川さんは、
大スターは備え付けの灰皿に煙草を押し付けてから、じっと大吾のサングラス越しの目を見てくる。
「こうなりゃ、
TAKUYAの目はどこまでも本気の決意に満ちていた。そんな彼の本音を知り、大吾の心身にも力が満ちていくようだった。
「はい! やりましょう!」
大吾が気合満々で返事をすると、TAKUYAは「うおっ」と驚いた顔で身を引いた。どうやら大吾の返事が大声すぎたらしい。
「お前……顔だけじゃなく声も
胸に片手を当てて吐き捨てる彼の表情は、心底楽しそうに見えた。
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