第16話 邂逅
『はい。このたび、わたし
サヤカはいつものように顔を隠して撮影所からの帰りのバスに揺られながら、マイチューブの公式チャンネルに昨日追加されたばかりの豊橋レナのWEB配信番組をスマホの画面に映していた。
話題が最新シングルとそれに伴う握手会の話に移ってからも、レナの楽しそうな喋りは続いているが、ひとまずサヤカにとって大事な部分は終わったので再生を止める。イヤホンを耳から抜くと、バスはちょうどサヤカが乗り換えるべき公園前の鉄道駅に差し掛かるところだった。
動画の中でレナが言っていた「さらに大きな目玉」、すなわち角屋プロダクションのアルファイターとの共演というビッグイベントについては、サヤカも今日になって梅野プロデューサーから聞かされたばかりだ。まだ一般公開できる情報ではないが、両社のすり合わせは着々と進んでいるらしい。
ビーストイエロー役の先輩アクトレスの話によれば、先代チーフプロデューサーの黒部なら、他社の財産であるアルファイターを平然と添え物にするような作品作りも平気でやってのけたかもしれないという。だが、梅野の思いはそれとは違うようだった。「バイカーマスクとアルファイターを対等に扱う映画にするから、
責任重大だ、とサヤカは思った。
昨日、豊橋レナのバイカーマスクの映画への出演が告知されて以来、その話題は既にネット上の特撮ファンやアイドルファン達の間の
その勢いを見てサヤカは実感していた。酒田監督も、豊橋レナも、本当にすごい人物なのだ。
スーツアクトレスとしてヒヨッコに等しい自分が、こんな歴史の大舞台に立ち会うのは不思議な感覚ではあったが、負けてはいられないとサヤカは決意を新たにしていた。少なくとも、前評判で期待している観客を失望させるようなことがあってはならない。梅野も酒田も、この大事な局面に、他の誰でもないわたしを選んでくれたのだ。顔の綺麗さではなく、ちゃんと首から下を見て。
吊革につかまり、池袋線に揺られるなか、サヤカはふふっと自然に笑みをこぼしている自分に気付いた。
女優になる夢が叶わず、仕方なく飛び込んだはずの裏方の道。それがいつしか誇りある道へと変わっていた。皆がわたしに期待してくれるのなら、わたしは
――そうと決まれば、勉強だ。
電車を降り、サヤカがその足で向かったのは渋谷の巨大なレンタルビデオ店だった。国内最大級の規模を誇るこの店舗には、扱っていないDVDはほぼ無いとまで言われている。
サヤカはこれまでにも、過去の五色戦団やバイカーマスクのDVDを何度もここで借りては勉強していたが、今日の目当てはもちろんアルファイター・シリーズだ。他社の作品なので今までちゃんと目を通したことはなかったが、今度の映画が大事な歴史のターニングポイントになるのなら、出演者の自分が何も知らずにいるわけにはいかない。
ひとまず、大スターのTAKUYAと秋葉原エイトミリオンの面々の出演で話題になった、現時点で最後の長編映画「アルファイター
サヤカは慣れた足取りでキッズコーナーへと向かった。日本一の品揃えが自慢の店舗だけあって、ここには歴代の戦団やバイカーのシリーズが全て揃っている。だが、北映特撮ならどの棚に何が並んでいるかほぼ暗記しているサヤカでも、アルファイターとなると話は別だった。
昭和に平成、テレビシリーズ休止期のオリジナルビデオと多くの作品がある中で、「
「……おかしいなあ」
目当てのパッケージが見つからず、サヤカはついマスクの下で小さく声に出してしまった。
いや、おかしい。かなりマニアックな特撮作品まで取り揃えているこの店舗で、近年のアルファイター・シリーズの看板作品である「
サヤカがキッズコーナーに立ち尽くし、ううん、と小さく首をかしげていると――。
「何探してるんですか」
背後から降ってきたのは、男の声。
「えっ」
明らかに自分に向けられたと思しきその声の方へ、彼女が振り向くと。
そこには――とてつもなく良い身体の男性が、薄手の黒いシャツの上にこれまた黒いパーカーを羽織って立っていた。
「『アルファイター
質問への答えが思わず口をついて出る。服の上からでもわかる、筋骨隆々の整った身体に目を釘付けにされながら。
「あ、それなら、TAKUYAの特集コーナーっすよ。おかしいっすよね。子供の観るものなんだから、こっちに置いたらいいのに」
それだけ言うと、男性はくるりときびすを返し、キッズコーナーから立ち去っていってしまった。――なんだ、その棚まで案内してくれるわけじゃないんだ。
サヤカは彼の背中に数秒の間、目を引きつけられていたが、ややあって「お客様、失礼します」という女性店員の声で我に返った。店員は客の返却したDVDの山を棚のパッケージに戻す仕事をしていた。通路に立ち尽くしていた自分は相当邪魔だったに違いない。
「あっ、スミマセン」
店員にぺこりと頭を下げてその場をどいてから、サヤカははっと目的を思い出し、その女性店員に「TAKUYAの特集コーナーってどこですか」と尋ねてみた。店員はサヤカがサングラス越しに目を合わせた瞬間、何かにハッとしたような顔になって一瞬固まっていたが、すぐにその棚の場所を教えてくれた。
TAKUYAの特集の棚には確かに「アルファイター
目当てのDVDを取り、レジに向かうさなか、ふとサヤカは思い出した。あの男性にお礼を言っていない。きょろきょろと辺りを見回してみるが、もはや広大な店内で彼女が彼の姿を見つけることはできなかった。
一体、何の仕事をしている人なのだろう。アルファイターの棚に居たということは、特撮が好きなのだろうか。
それにしても素敵な身体をしていた。まるで、変身ヒーローそのもののような――。
レジで会計を済ませ、DVDのバッグを持って、サヤカは店を後にする。
あれ? そういえば。
……あの男性は、どんな顔をしていただろう。
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