chapter 3. 角屋と北映

第13話 支援の限界

「……そうですか。TAKUYAさんの再登板はやはりダメでしたか」

 角屋プロダクションの人間が居並ぶ会議室で南川みながわの報告を聞き、玩具会社スポンサーの担当者はわかりやすく残念そうな顔を作ってみせた。

「ええ……。TAKUYAさんサイドとしては、子供番組に続けて出ることで御自身のイメージを崩したくはないと」

 南川の脳裏に蘇るのは、高級ホテルの高級ソファで偉そうに足を組む一流スターの姿。……いや、「偉そう」というより、あの場の力関係において圧倒的に彼は南川達よりも偉いのである。今の角屋プロダクションの立場を考えれば、そんな彼にアポイントを門前払いされなかっただけでも感謝しなければならない程なのだ。

「……残念です」

 玩具会社の男性の悲愴な声にかぶせるように、南川は声のトーンを上げた。

「しかし、TAKUYAさんの出演が無理でも、エイトの映画を作ることはできます。歴代テレビシリーズのOBなら、アルファイター・マイトの亀野かめのたけし君や、アルファイター・ラジアンスの辻浦つじうら月雄つきお君も、ゲスト出演を内諾してくれていますし――」

 南川の述べたことは半分事実で半分ブラフだった。アルファイター・シリーズへの出演後もその過去を大事にしてくれている俳優は多い。いま名前を挙げた二人も、呼べばいつでも来てくれるだろうという確かな感触が南川にはあった。

 だが、いくら彼らと積年の付き合いだとは言っても、まだ次の映画の予算獲得もままならない段階で、南川が彼らに声を掛けているなどということはない。南川達、角屋プロの制作陣にあるのは決意だけだった。TAKUYAの出演が叶わなくても、数十年続いたアルファイター・シリーズの新展開を止めてはならないという使命感だ。

 しかし――。

「南川さん。私もこういうことを申し上げるのは心苦しいのですが……。アルファイターの新作は少し控えませんか」

 スポンサーからの使者は、苦虫を噛み潰したような顔で、歯切れ悪くそう言ったのだ。

「……それは」

 南川は絶句することしかできなかった。他の角屋プロの人間も、黙って男性の次の言葉を待つしかない。

 TAKUYAがあの場で南川達より偉かったのと同様、この場において最も偉いのはスポンサーなのである。

「なにも、番組を作るなと言うのではありません。エイトの前の『怪獣大乱闘』と同じく、歴代コンテンツの再利用による新規展開は今後も続けるべきです。……しかし、アルファイターの新シリーズの立ち上げ予算を供出することは、現状では難しいというのが当社の判断でして」

 男性の言う理屈は南川にもよくわかった。確かに、スポンサーといえど慈善事業ではないのだから、作れど作れど赤字になるアルファイターの映像作品に、無尽蔵に資金を出してくれることなど不可能だろう。

「……現状では、新作アルファイターを玩具展開マーチャンダイジングしても、投資が回収ペイできないと?」

「心苦しいですが、当社の試算ではそうなります」

 それにしても、この担当者の辛そうな顔といったらどうだ。本来、スポンサーの人間である彼が、南川達との会議の場でそんな表情を作ってみせる必要などない。ただ淡々と、無表情に、「金は出せない」と言えばいいだけなのだ。

 ……それをしないのは、彼自身もまたアルファイター・シリーズの大ファンだからだということを、南川はこれまでの付き合いの中でよく知っている。

「新しいアルファイターではなく、エイトのシリーズの継続でも難しいですか。エイトは三年かけて育ててきたキャラクターですし、声優の星宮ほしみやさんも続投を確約して下さっていますし」

「南川さん……。これも申し上げづらいですが、視聴者はもうエイトに飽きているというのが当社の市場調査の結論なんです。新フォームや新アイテムを出し続けたところで、一人のアルファイターで子供ターゲットの興味を保たせるのはもう限界です」

 男性が暗い声で絞り出す宣告は、今度こそ南川の反論の気概を完封してしまった。

 今や、角屋プロの置かれた状況はまさしく袋小路。新しいアルファイターを制作する予算も得られず、さりとてエイトのシリーズを続けることもできない……。過去の怪獣の着ぐるみを利用した低予算番組で枠を保たせる以外、できることはもうないのだ。

 これが、幾十年にわたって日本の特撮文化をリードし続けてきたアルファイター・シリーズの末路か――。

「私としても、もしTAKUYAさんのようなビッグネームの出演が取り付けられたとなれば、まだ社内を説得する余地もあったのですが……。こう言ってはなんですが、亀野さんや辻浦さんでは、その、出演者の『格』的なものが……」

 足りない、というのは南川にもわかっている。亀野や辻浦には申し訳ないが。

 結局、この日の会議は南川達にとって、第一審死刑判決とでもいうべき結果に終わった。二審、三審があるのかは誰にもわからない。


 南川は浮かない気持ちのまま社内の喫煙エリアに足を向けた。そこでは、監督の酒田がのんびりと煙草をくゆらせながら、スポンサーとの会議の終了を待ってくれていた。

「酒田さん。終わりましたよ」

「なんともLookingルッキン Blueブルーな表情ですね、南川さん。新作映画の予算バジェット、厳しそうでしたか」

「遺憾ながら……。先方としては、TAKUYAの出演が叶わない以上、今の状況でアルファイターの長編映画を一本作るだけの予算は確保できないと」

 南川はひとまずそのバッドニュースだけを酒田に伝えた。本当はそれどころか、エイトのシリーズの継続にすら資金を出せないと言われたことなど、とても酒田の耳には入れられない。いずれ伝わってしまうことだからこそ、今はまだ断言したくないという小さな意地が南川にはあった。

It's aイッツァ shameシェイム……。何かもうひと押しできることがあればね。僕としては、TAKUYA君は本気でアルファイターを拒んでるわけじゃないと思うんですが」

「……私もそう思いたいですけどねえ」

 酒田の隣に並んで座り、南川は何十年と愛煙している銘柄に火をつける。気分が浮かない日は煙も不味い気がするが、さりとて吸わねばやっていられない。

「南川さん。TAKUYA君はね、本当は凄くヒーローが好きなんです。一度撮ればわかりますよ」

 TAKUYAの出演作、「アルファイター冒険記オデッセイ」でもメガホンを取った酒田が、白い煙を吐き出しながら優しい目で言った。

「彼はきっと、アルファイター・シリーズの再興に協力したい本音と、大スターの立場との狭間で悩んでるんですよ。切っ掛けを欲しがってるんです」

「切っ掛け……か」

 名監督の言葉をオウム返ししながら、酒田は先日の面談時にTAKUYAが冗談めかして言った台詞を思い返していた。

 北映ほくえいの「美人スーツアクトレス」の素顔を拝ませてくれるなら、アルファイターへの出演も考えないわけではない――。あんなふざけたことを言ってみせたのも、何か僅かな切っ掛けさえあればオファーに応じるのはやぶさかではない、という彼の思いの表れなのかもしれない。

「ねえ、南川さん。スポンサーに言われたの、それだけじゃないんでしょう」

 煙草を灰皿に押し付けてから、酒田がふいに問うてきた。こちらの目をまっすぐに覗き込んでくる日本人離れした視線に、思わず南川は意地を忘れて頷いてしまう。

「……今のままでは、アルファイターの新作も、エイトの継続も厳しいと」

 それを聞いて酒田はかすかに唇を噛んでいた。はじめから覚悟はしていたようだったが、その温和な顔立ちに今は悔しさが滲み出ているように南川には見えた。

 だが、酒田がそんな表情を浮かべたのはほんの一瞬。次の瞬間には、彼はふっと息を吐き、南川を元気づけるように明るく笑いかけてくる。

「最後はMoneyマニィが全てなのは、米国むこう日本こっちも同じですね。……『サンダーファイブ』もかつては同じ境遇だった」

 彼が口にしたのは、日本の五色戦団シリーズを米国アメリカでリメイクしたシリーズの名。無名のアクション監督に過ぎなかった酒田を、一躍、特撮界の至宝に変えた仕事である。

「『サンダーファイブ』にそんな時期があったんですか」

「ご存知なかったですか。『サンダーファイブ』は一時期、ニズディーに版権コピーライトを身売りしてたんですよ。フロリダのニズディーワールドで、マッキー達に混じってパレードに出るサンダーファイブの戦士レンジャーの姿はなかなかシュールでしたね」

 最後はからっと明るく笑い、酒田は喫煙室の椅子から立ち上がった。売れっ子監督の彼は決して暇ではない。今日も、北映の現場を控えた身でありながら、わざわざ南川達とスポンサーとの会議の結果を聞くために角屋プロを訪れてくれていたのだ。

「南川さん、僕の立場でできることがあれば何でも言って下さいよ。僕としても、日本の特撮文化を支え続けてきたアルファイター・シリーズが、こんな形で終わってしまうのは惜しい」

 去り際、そう言ってくれた酒田の笑顔は、南川には、力尽きた仲間に光エネルギーを供給するアルファイターの輝きにも等しく感じられた。

 だが、できることがあれば、と言っても――。

 いくら酒田が北映と角屋の双方に出入りする立場だからといって、スーツアクトレスのサヤカをTAKUYAに引き合わせる取り成しをしてくれなどとは、とても頼めない。さすがにそんなことを酒田にお願いするのは筋違いだ。

 生身の人間がギリギリまで頑張ったとき、最後の最後でやっと助けてくれるのがアルファイター。

 TAKUYAが引用した主題歌のメッセージを思い出しながら、南川はあらゆる言葉を飲み込んで酒田の背中を見送った。

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