WINTER TRIBUTE to 平成バイカー ~Z財閥の野望~

映画

『WINTER TRIBUTE to 平成バイカー ~Z財閥の野望~』

(201X年12月公開)


◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆


 鋼の二輪車マシンは風を引き連れ、夜闇の都市まちを駆け抜けていく。

 冷たく頬を刺す人工都市の息吹。メットのバイザー越しに広がる無機質な夜景。

 ――この街の全てが、今や「敵」の勢力圏内。

「『Z財閥』の魔の手は既に街の隅々にまで広がってやがる。ワトスン、こいつは厳しい戦いになるぜ」

 バイクを飛ばしながら「彼」は無意識に呟き、それから初めて、はっとその言葉を自分の中で飲み込んだ。

 いつも通信の向こうで生意気な口を叩いてきた相棒ワトスンは、もう、この世にはいないのだ。

「……そうだったな、ワトスン」

 バイクのインストゥルメント・パネルの索敵装置レーダーが、敵の追手を示す光点を映し出す。

 十を下らない追手の数。耳に響く自分のマシン以外のエンジン音。ミラー越しに目に映るのは、しっかりと「変身」を終えた敵の戦闘バイク部隊。

「今は俺一人が――」

 敵の部隊が撃ち出してくる火球を、「彼」は巧みなトライアルテクニックでかわしていく。

 今の「彼」には変身はできない。助言をくれる相棒もいない。だが。

「――バイカーマスク・シャーロックだ」

 たった一人でも、この街を守る。

 相棒の形見の可変電子機器ガジェット達をマシンの周囲に並走させ、「彼」は戦火の渦に飛び込んでいった。


================


「うおっ! 何だこの、めっちゃ可愛い!」

 スマホの画面に突如映った「電子の歌姫」のあどけない笑顔に、彼女カノジョいない歴イコール年齢、熱血リーゼント高校生の弧次郎こじろうは声を上げて飛び上がった。

「こら、授業中に何見てる。没収」

 教師が弧次郎の手からスマホを取り上げ、クラスメイトが一斉に大笑いする。

 だが、弧次郎にはその後の授業など上の空だった。まあ、いつもだって、まともに授業を聞いているとは言い切れないのだが――。

 どうせ聞いてもわからない数学の難解な説明などよりも、彼の頭を占めるのは、一度見たら瞼の裏に焼き付いて離れない「歌姫」の微笑みだった。


弧次郎こじろうが恋ィィ?」

 放課後、やっと返却されたスマホの画面を見てニヤけていた弧次郎に、部室の仲間達は口々にからかいの言葉を述べてくる。

「恋って言っても画面の中じゃねー。不良みたいな見た目してるくせに、弧次郎って案外オタクだったの?」

「何言ってんだ、お前ら。美音ミオンはここに居るだろ。最新型のAIだか何だか、俺には難しいことはよくわかんねーけど、データのカタマリじゃなくて、ちゃんと生きてるんだぜ」

 弧次郎が指さす画面の中には、緑色の長い髪を揺らし、笑顔を振りまいて歌い踊る「歌姫」の姿。時折こちらと視線が合うと、「彼女」はにこっと微笑んでウインクを飛ばしてくる。

「弧次郎。AIっていうのは、そもそもデータのカタマリだ。彼女は生きてないし、意思も持っちゃいない」

 親友は彼の恋心に水を差してくるが、弧次郎のハートは微塵も揺るがない。

『弧次郎さん、応援ありがとうございますっ』

 電子の歌姫が曲を歌い終え、名指しで彼に笑いかけてきたとき、彼の恋心はいよいよ頂点に達した。

「リューキ、教えてくれっ。彼女を画面の中から出す方法をっ」

「そんなものあるか!」

「じゃあ俺が中に行く方法でもいい。天才のお前なら何かあるだろっ」

「目を覚ませ、弧次郎。こんなの、ちょっと自律学習の性能が高いだけの、ただのプログラムだ」

 親友のリューキと押し問答する弧次郎の姿を画面越しに見て、電子の歌姫はにこっと笑う。

『弧次郎さん。待っててくださいねっ。わたし、もうすぐ外の世界に出られますから』

「なにっ。ホントか、美音ミオン!」

「真に受けるなよ。AIが端末の外に出てくるなんてありえない」

 リューキや他の仲間達に揃って呆れ顔を向けられ、弧次郎がガルルッと唸って彼らを見回していると――。

 突如、部室に鳴り響く甲高いサイレン音。

『エクリプス発生。バイカーマスク・スペーシアン、出動ターイムっ!』

 スピーカーから溢れる懐かしい声が弧次郎達の鼓膜を震わす。昨年、「怪人エクリプス」との長き戦いを終えた末、実家の宗教を継ぐと言って転校していった盟友のフミカが、在籍中に吹き込んでいた声だ。

 一年前までの弧次郎は、この録音がスピーカーから流れるたび、平和な学園生活を離れ、「もうひとつの顔」になって悪と戦っていたのだ。

「どうなってる、リューキ。ヤツらは滅んだんじゃなかったのか」

「わからない。だが、俺の開発したエクリプス・レーダーに誤りはない。見ろ、ネットはもう怪人の目撃情報のツイートで一杯だ」

 弧次郎は親友が差し出してくるスマホの画面になど目もくれず、がたっと立ち上がって部室を飛び出していく。

「弧次郎! どうするつもりだ!」

 慌てて追いかけてくるリューキら仲間達に、返す言葉ももどかしい。

「決まってんだろ。戦いに行くんだよ!」

「だが、君はもうスペーシアンの変身ベルトを持っていないんだぞ!」

「そんなの関係あるか。学園の平和が脅かされてるなら、放っておけねえ!」


 弧次郎が校舎の外に飛び出すと、そこは既に怪人の魔の手に侵されていた。倒したはずの「怪人エクリプス」達が何体、何十体と蘇り、戦闘員ザコを引き連れて学園の生徒達を襲っている。

「トリャアアァ!」

 後先考える時間も惜しみ、弧次郎は生身で怪人達に飛びかかっていた。鍛えた拳が、足が、怪人どもの身体を何度も捉える。だが、人間の不良相手なら無敗を誇ってきた弧次郎の喧嘩も、戦闘員はまだしも、異形の怪人の前では無力に等しい。

「弧次郎! 無理をするな!」

「クッ……! 諦めるわけにいくかよ……!」

 口元の血を拭い、弧次郎は何度も戦場に立ち上がる。正義の使命もさることながら、今の弧次郎には、カッコ悪いところを見せられない相手がいる。

 ――と、その時。

 ぱるぱるぱる、と音を立てて、一台の原付スクーターが弧次郎と仲間達の前に滑り込んできた。

「コジロー!」

 ヘルメットを取り、ロングの黒髪を風に晒したのは、他校のセーラー服の上に胡散臭い白衣をまとった永遠の親友。

 群がってくる敵の戦闘員ザコをえいやっと蹴散らし、ミニスカートからの脚線美がきらりと輝きを放つ。

「フミカ!」

 弧次郎が驚き叫ぶが早いか、彼女はバイクのメットインから取り出した「それ」を彼の手元に投げ渡してきた。手を触れただけで果てしない宇宙の力を感じる、その目新しくも懐かしい物体を。

実家ウチの研究施設で再生産した変身ベルトだよ。宗教団体は隠れ蓑。わたし、出家したふりして、今まで宇宙エネルギーを再充填する研究に没頭してたの!」

「これでもう一度戦えるってわけか!」

 フミカやリューキ達に囲まれてベルトを巻きながら、弧次郎は自分の心と身体に一年前かつてと同じ自信が溢れるのを感じていた。

 友情と書いて永遠と読むのが彼の辞書。離れ離れになっても失われてはいなかった。友との絆も、戦う力も。

「フミカ、ありがとよ。皆――行ってくるぜ!」

「負けるな、弧次郎!」

 学ラン越しに腰を締め付ける変身ベルトの重い感触。スイッチ操作に反応し、エネルギーが満ちていく高揚感。そうだ――ベルトコイツがあれば、どこまででも飛べる!

『弧次郎さん、ヒーローだったんですか!?』

 学ランの胸ポケットに仕舞ったスマホから「歌姫」の黄色い声が響く。ふふん、と胸を叩いて、弧次郎は叫ぶ。――見てろよ、美音ミオン

「青春変身ッ! バイカーマスク・スペーシアン!」

 ベルトから解き放たれる宇宙の力が、彼を無敵の戦士へと変える。

 視界に群がるのは無数の「怪人エクリプス」達。なぜ奴らが蘇ったのかも、何体倒せば終わるのかもわからないが――今の彼には恐れるものなどない。

「喧嘩上等! 行くぜぇ!」

 背面の噴射ブーストで軽やかに宙を舞い、弧次郎スペーシアンは敵の群れへと飛び込んだ。

 さあ、歌姫カノジョにカッコイイところを見せてやる。


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 どことも知れぬ海岸線、砂浜を焦がす魔法の火花。

 叩き落とされたドーナツの袋をぐしゃりと乱暴に踏みつけて、「敵」が師門シモンの眼前に迫る。

 かつて倒した筈の魔物。再び冥界の門を通り、現世に蘇ってきたか。

「よくも……俺が楽しみに取ってたドーナツを」

 師門シモンが敵を睨みつけると、吹きゆく風が彼のジャケットをばさりと捲り上げた。

 瞬間、彼の腰に現れるのはベルト型の魔道具。師門シモンの瞳に燃える戦意が、炎のオーラとなって背後に魔法陣を浮かび上がらせる。

「死ねっ、魔道士!」

 敵が撃ち出してくる火球を、腰の魔道具ベルトから放たれる炎の渦が迎撃した。影も見えぬ炎の中で、涼しい声が鋭く響く――「魔導変身」!

 爆炎払いて姿を現すは、光り輝く宝玉の仮面、黒衣マント翻せし正義の魔道士。

「バイカーマスク・マジカル――乱舞ショーの時間だ」

 師門シモンの静かな戦意を映し、真紅の仮面がきらりと輝いた。

「小癪な!」

 魔物の振るう大鎌が砂浜を薙げば、疾風一閃、そこに魔道士の影はない。

聖炎フレイム魔弾バレット!」

 中空で一転して敵の背後に回り込み、師門マジカルは魔導の銃から純銀の弾丸を放つ。怯んだ敵がこちらを振り向いたその瞬間、銃は彼の手中で退魔の聖剣へと姿を変える。

 巧みな剣さばきで繰り出されるは、竜の炎纏いし必殺の斬撃。

 魔物は炎の中で断末魔を上げ、敢えなく爆散して果てる。一度倒した相手など、魔道士の敵ではない――。

 ふう、と師門シモンが仮面の下で息をついた、その時。

暗黒ダークネス・エクスプロージョン!」

 瘴気しょうきを孕んだ詠唱が彼方から響き、凄まじい闇の炎が彼の身体を飲み込んだ。

「っ、ぐあぁっ!」

 衝撃に吹き飛ばされ、変身解除された師門シモンの身体が砂浜に転がる。彼が呻きながら顔を上げた、その先には――。

「久しぶりね。魔道士さん」

 邪悪な気に満ちた、女の声。

 倒したはずの強敵。終わったはずの戦い。フードで顔を覆っても、隠しきれない狂気が師門シモンの肌を刺す。

「お前は『魔女ウィッチ』! 死んだ筈じゃなかったのか!」

 人間ひとでありながら悪魔に魂を売った狂気の女。先程の魔物を差し向けたのも、魔女こいつか――?

「『財閥』が瀕死のわたしを救ってくれたのよ。そして、『財閥』は、わたしにもう一度……亡き娘カレンを取り戻す手助けをしてくれると言ったわ」

「何だと?」

 悠長に話を聞いている余裕などない。師門シモンは砂浜の中に立ち上がり、生身のまま魔空間から取り出した魔導の銃を「魔女ウィッチ」めがけ発砲する。

 だが、銀の弾丸は敵に届く寸前に時空の渦に飲み込まれ消えてしまった。目を見張る師門シモンの視線の先で、「魔女ウィッチ」が彼に向かって手をかざしてくる。撃ち出される闇の火球を彼はすんでのところで回避し、砂の中に膝をついた。

「魔導変身!」

 再び宝玉の仮面に素顔を隠し、強化された身体能力で彼は跳び上がる。銃を剣に変化させ、「魔女ウィッチ」に斬り掛かる――が。

「ホホホホッ、無駄よ、無駄」

 高位魔法か。向こうはこちらに干渉できるのに、こちらの攻撃は霧を掴むようで、まるで当たらない――。

 敵の爆炎をもろに食らい、彼は再び変身を解かれて砂浜に倒れ伏す。

「そこで転がっていなさい、魔道士。これから起こる奇跡の儀式に目を見張りながらね」

「……儀式、だと……」

 オホホホ、と魔女ウィッチの高笑いが海岸にこだまする。もやと変わり、いずこへともなく消えていく宿敵の姿を、師門シモンは血の滲んだ拳を握りながら最後まで睨みつけていた。


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 可変電子機器ガジェットが街を駆け回って集めてきてくれた情報は、この街全体の通信システムをジャックした「財閥」の中枢勢力が、都心のセントラルタワーに結集していることを示していた。

 いつもは晴れ渡る空に希望の風が吹くこの街も、今は「敵」の悪意に満ちた不穏な空気を湛えている。

 バイクを停めてメットのバイザーを上げ、悪に占拠されたセントラルタワーを見上げて、「彼」は高ぶる戦意に拳を握った。

 相棒ワトスンがいなくても、変身ができなくても、自分が必ず敵の計画を止めてみせる。都市まちの涙を拭う正義の白布ハンカチーフ、バイカーマスク・シャーロックの名に懸けて。

「おやおや、これはこれは。風島かぜしまジョー君のお出ましとは」

 突如、黒ずくめの男が多数の黒服を引き連れて彼の前に現れた。これまで幾度も対決しては取り逃がしてきた相手――死の商人「Z財閥」の幹部の一人だ。

「一般人に戻った君が、社会科見学かね?」

「ざけんな。俺が財閥おまえらの居る場所に現れる理由なんざ、決まってるだろ」

 敵の姿を睨みつけながら、「彼」――風島ジョーは懐に仕舞った可変電子機器ガジェット達を服の上から握りしめていた。相棒が残した最後の戦力。これでやれる所までやるしかない。

「我々に楯突くつもりか。一介の私立探偵に何ができる?」

 黒ずくめの男がフンと鼻で笑う。その肩の向こう、街を見下ろすセントラルタワーの中心部から、「闇」を具現化したかのような瘴気の渦が立ち上り始め、やがてタワーを中心に街を覆い尽くす巨大なエネルギーの円が形成されていく。それはまるで――悪魔を呼び出す魔法陣。

「これは……!?」

 ジョーがその光景に目を見張っていると、いつのまにか、タワーを目掛けてやってきた幾人、幾十人もの街の人々が、彼と黒ずくめの男達の周りを取り囲んでいた。

「ミオンちゃん……やっと……」

「やっと……会える……」

 虚ろな目をして口々に呟く人々の手には、一様にスマホが握られ、その画面の中には緑の髪を揺らして笑顔を振り撒く少女の姿があった。

「おい、何だこれは」

 ジョーが思わず敵に問いかけると、黒ずくめの男は、にやりと笑って答える。

「我が財閥がAIテクノロジーを駆使して生み出した『電子の歌姫』……そのファーストライブだよ。見るがいい!」

 男が高々と腕を天に掲げると、タワーから広がる闇の魔法陣の中心に、人々のスマホの画面に映っていたのと同じ少女の姿がふわりと浮かび上がったではないか。

 うおおぉぉ、と街の人々が光を失った目で歓声を上げる。ミオン、ミオン、と、その少女の名らしきものを呼ぶ声が周囲に響き渡る。

「おい、お前ら、何なんだ、目を覚ませ!」

 ジョーが手近な人の肩を揺さぶって掛ける必死の声は、タワーの上層から降る黄色い声にかき消された。

『みなさん、美音ミオンのために集まってくれてありがとうございますっ。さあ、これからわたしに――魂を捧げてもらえますかっ?』

「ウオオォォ!」

 人々の叫びの中で、ジョーは狼狽うろたえることしかできなかった。この人々は、何かに操られてしまっている――!

 と、そこで。

 人々の絶叫をも塗り潰す、二つのエンジン音。

「むっ。新手のご来場か」

 黒ずくめの男が不敵に笑う。ジョーが視界を向けた先には――スペースシャトルを思わせる白いバイクに跨った学ランの若者と、ドラゴンの意匠をいただく赤いバイクで駆けつけた茶髪の若者。

「ほっほう。我々の計画を嗅ぎつけてきたとはな、バイカーマスクの諸君」

 それぞれの闘志を全身から立ち昇らせ、二人の男がバイクから降り立った。


「てめぇら! 美音ミオンに何をさせるつもりだ!」

 弧次郎こじろうが黒ずくめの男に向かって叫ぶと、タワーの上にホログラムで立つ「彼女」は僅かに彼の方を見て、切なそうな表情を浮かべたように見えた。

 弧次郎は知っている。この状況が「彼女」の本意ではないことを。

 学園に現れた怪人軍団を蹴散らし、スマホの画面の美音ミオンに向かって彼がVサインを作ったとき、彼女はそっと彼に囁いたのだ。

 ――わたしは、もうすぐ現実世界に召喚されます。その時が、弧次郎さんとのお別れの時ですね。

 なぜ、現実世界に現れるのが別れの時なのか。その理由を弧次郎は賢い親友達に諭されて知っていた。「彼女」は――電子の歌姫・美音ミオンは、悪の組織の計略に利用されるために生み出されたに過ぎない。彼女に与えられた電子まぼろしの命は、敵の計画が実行に移されると同時に消えゆく運命さだめなのだと。

『……弧次郎さん』

 虚ろな目の犠牲者ファン達をタワーの上から見下ろしながら、電子の歌姫は弧次郎だけを見て呟いた。他の人には聞こえない、彼のスマホからだけ流れる声で。

『わたし……消えたくない』

「何をさせるつもりかだと? はっはっ、知りたいなら教えてやろう。愚鈍な国民どもを、我が財閥のAIの支配下に置き――この国を我らが支配する理想郷に生まれ変わらせるのだよ!」

 黒ずくめの男が歪んだ自信に満ちた声で上げる高笑い。弧次郎はその内容などろくに聴いてはいなかった。彼の熱いハートに燃える思いはただ一つ――「彼女」を泣かせる奴は、自分が許さない!


 学ランの若者と黒ずくめの男のやり取りを聴き、師門シモンは一つのことを悟っていた。「財閥」が「魔女ウィッチ」を蘇らせたのも、全てはその計画とやらのため。敵は科学と魔法を融合させ、この世界を手中に収めるつもりなのだ。

 自分の目が黒い内に、そんなことをさせてたまるか――。

 師門シモンは闇の魔法陣の上に浮かぶ「電子の歌姫」とやらを見上げ、声を張り上げた。

「『魔女ウィッチ』! 居るんだろう、出てこい!」

 呼ばれなくとも――。そう言いたげな笑みをにたりとローブの下に浮かべ、彼らの眼前、狂気の女が揺れるもやの中に姿を現す。

 黒ずくめの男と並び立ち、女は若者達を睥睨した。

「魔道士ふぜいが、今さら何をしても無駄よ。既に、街の人々の生気を『歌姫』に集める術は発動している。そして、あの魔法陣は、冥界の……愛しいカレンの魂に繋がっているのよォ!」

「目を覚ませ、『魔女ウィッチ』。お前がどんな魔術を使っても、死んだ人間は帰って来ない!」

「そう……わたしだけの力では無理だった。だけど、『財閥』の力が合わされば別。『歌姫』を生み出した『財閥』の科学と、わたしが古文書より再現した闇の魔術――二つの力が合わさった今、カレンは今度こそ、この世に蘇る!」

 何かに取り憑かれたような目で語る「魔女ウィッチ」の言葉に、師門シモンが静かに首を振っていると、瞳に怒りを燃やした学ランの若者が口を挟んでくる。

「てめえの娘を生き返らせるのに、美音ミオンを利用しようってのか!」

「そう、街の人々の命を媒介に、『歌姫』は現世へと顕現するの。わたしの愛しい娘の魂を宿した、現実の肉体を持ってね!」

 命を弄ぶ魔女の所業に、師門シモンも怒りの声を上げた。

「『魔女ウィッチ』……いや、人間・黒木カナデ! そんなことをして蘇らせた命に、何の意味がある!」

「意味ィ……? 意味はあるに決まっているわァ! カレンに、本物のカレンにもう一度会えるならねェェ!」

 生きながら地獄に堕ちた女の高笑いを聴きながら、師門シモンはぐっと唇を噛む。

 彼の脳裏に去来するのは、偽りの命を与えられながらも自分を慕ってくれた、在りし日の少女カレンの微笑み。「魔女ウィッチ」の策略でかりそめの身体と心を与えられた「彼女」は、それでも懸命に生きようとしていた。歌い、笑い、食べ、走り、眠り、そして――師門おれを愛した。そんな「彼女」を、あの最後の戦いの日、「魔女ウィッチ」は、本物のカレンではないからという理由で殺戮したのだ。

 そして、悪魔と化した女は今、今度はカレンの本当の魂を冥界から呼び戻すために、再び多くの人の命を犠牲にしようとしている――。

 絶対に許せない。これ以上、悲劇の連鎖を繰り返させてはならない!


 弧次郎こじろう師門シモン、血気にはやる二人の「同志」を前に、風島ジョーも敵への怒りを募らせていた。

 Z財閥。社会の闇に紛れて暗躍する悪魔の結社。これ以上、この街を彼らの好きにさせるわけにはいかない。

「おい、お前ら。どうやら、奴らは俺達の共通の敵ってことらしいぜ」

 ジョーが二人に呼びかけると、彼らもこくりと頷いて応える。並び立つ三人の男達――同じ悪に立ち向かう英雄達の間に、もはや言葉は要らない。

「無駄だ、バイカーマスクども! 今や儀式の準備は万端、やれ、『魔女ウィッチ』!」

「闇の魔力よ――我が愛しきものを蘇らせたまえェェ!」

 魔女の詠唱に呼応して、タワーの上の「歌姫」が大きく両手を広げる。虚ろな目をした街の人々が、生気を吸い取られ始める――。

「やめろぉぉ!」

 英雄達は「魔女」に生身で駆け寄り、儀式を止めようとするが、「財閥」配下の黒服達が彼らの行く手を阻んだ。

 こうなったら生身の人間相手でも変身するしかない。弧次郎こじろう師門シモンがそれぞれの変身ベルトを構え、ジョーも拳を握った、その時。

 突如、天地をうがつ緑の稲妻が、「歌姫」の身体ごとタワーを撃ち貫いた。

 突然の衝撃に身構える男達の前で、「財閥」幹部の男が愉悦に満ちた高笑いを上げる。

「電脳世界と現実世界のゲートは開かれた! いでよ、蓄積ストレージされた怪人ども!」

 雷光の中で、「歌姫」が苦悶の表情を浮かべ――そして、その華奢な身体が粉々にはじけ飛ぶ。

「ミオォォォン!」

 弧次郎の絶叫がその場に響き渡った。

 「歌姫」の身体を構成していた粒子の残骸は、タワーの上空から同心円を描くように地面に散らばり――一体、また一体と、その落下地点から怪物が立ち上がる。

 ジョーと相棒ワトスンが、弧次郎が、師門シモンが、これまでに倒してきたはずの、無数の怪人達。

「ふはははっ! 電子の海に記録されていた悪の同胞達が、今、現実の肉体を得て蘇ったのだ!」

「そんな……これは……!」

 驚いているのは彼らだけではなかった。「魔女ウィッチ」は目の前の光景が信じられないといった顔で、真っ赤な目を見開いて財閥の男に食って掛かっている。

「わたしの娘は! カレンはどうしたのよォ!」

「馬鹿め!」

 突如、男の片腕が人ではない何かに変わり――「魔女ウィッチ」の胸を刺し貫いた。

「がはっ……!」

 迸る鮮血の海の中、狂気の女が崩れ落ちる。

「……だ、騙した……わね……!」

「そう、貴様の娘を生き返らせると言ったのは嘘だ。よもや本気で信じていたわけではなかろう? 我々『Z財閥』が約束を守るなどとな!」

「よくも……」

 怒りと絶望に目を見開き、「魔女」が男の足を掴んだまま動かなくなる。その身体はやがて土塊のような何かに変わり、風に吹かれて消えた。

「お前……仲間のことまで騙していたのか……!」

 戦慄の中、ジョーが言葉を絞り出すと、男はちっちっと指を振ってそれを否定する。

「仲間? 我が財閥にそんな概念はない。あるのはただ手駒のみ」

 師門シモンは風に乗って消えてゆく「魔女」の残骸を目で追い、苦渋の表情を浮かべていた。弧次郎は、周囲を取り囲む怪人達をぎらりと鋭い目で見据えながら、美音ミオン、と小さく呟いていた。

「ふはははっ! 電子の歌姫が人々に与える希望も、『魔女ウィッチ』の娘が生き返る未来も、最初から幻だったのだ! あるのはただ破壊のみ――。さあ、人類よ、我がZ財閥の力の前にひれ伏すがいい!」

 生気を吸い取られて倒れた人々の背中を踏みつけ、怪人達が進軍を開始する。街の全てを恐怖と絶望に陥れるために……。

 だが、それを許さぬ者達がいた。怒りと悲しみに歯を食いしばり、それでも立ち上がる男達がいた。

美音ミオンは幻なんかじゃねえ! 確かに生きてた! 生きて笑った! ……お前ら、絶対に許さねえ!」

「悲劇の連鎖は繰り返させない。お前達の野望は俺達が止める」

 怒りの炎で空気を震わせ、弧次郎と師門シモンが怪人達の前に歩み出る。

 変身ができなくても後輩に後れは取れない――。ジョーが懐の可変電子機器ガジェットを両手に引き掴もうとした、その時。

 とんとん、と、ジョーの背中を叩いてくる者があった。

 振り向いた瞬間、彼は目を見張る。己の隣に現れたものの姿に。

「ボク達はZ財閥に感謝しなければならないね、ジョー。彼らが電脳空間と現実世界のゲートを開いてくれたおかげで、ボクも一時的にだけど蘇れた」

 そう、彼もまた「歌姫」と同じ科学の子。片時も忘れえぬ相棒の小憎たらしい笑顔が、確かに今、そこにあった。

「ワトスン……お前……!」

「感傷に浸っている余裕があるのかい? 後輩達に後れを取るわけにはいかないよ、ジョー」

 すたすたと歩いて弧次郎達に合流する相棒の背中を、ジョーは溢れ出る涙を袖で拭って追いかける。

 眼前には無数の敵。絶望の街に並び立つのは、正義の使命に導かれし四人の男達。

 財閥の男がにやりと笑い、その身体が蝙蝠コウモリを思わせる醜悪な怪物へと変わってゆく。

 幹部を囲むようにわらわらと群がる怪人達。多勢に無勢の戦場で、ベルトを構える四人の英雄ヒーロー


 私立探偵、風島かぜしまジョーと相棒ワトスン。

 熱血高校生、睦月むつき弧次郎。

 現代の魔道士、北落きたおち師門シモン

 八つの瞳が巨悪を見据え、静かな闘志に空気が揺れる。

 気勢が天地に響くとき、世紀の戦いの幕が開く。

協調シンクロ変身!」

「青春変身!」

「魔導変身!」

 四つの声が闘志を放ち、三つの身体を光が覆う。

 都市まちの息吹が、宇宙の科学が、魔法の火花が――勇気に溢れる男達を、時代を駆ける戦士に変える!

「【俺達/ボク達】は、バイカーマスク・シャーロック。お前の謎は既に暴いた!」

「ビィィィッグ・バン! バイカーマスク・スペーシアン、喧嘩上等だぜ!」

「バイカーマスク・マジカル――希望の涙は俺が止める!」

 優しき素顔を仮面で隠し、三人の戦士が巨悪を前に見得を切る。

「おのれ、バイカーマスクども!」

 電脳世界から顕現した闇の軍勢――宇宙の怪人が、冥界の魔物が、財閥配下の戦闘員が、徒党を組んでヒーロー達の前に立ち塞がる。

 だが、その程度の数の暴力に怯む彼らではない。

 気合を込めて駆け出せば、三つの身体は疾風かぜと化す。

 戦陣深く飛び込めば、四つの闘志は猛火ほのおと変わる!


「トランプ・スパイラルキック! トアァァッ!」

「バイカー・星雲大回転キィィィック!!」

聖炎フレイム・キックエンディング! ハッ!」

 戦場に閃く三条の流星。戦闘員ザコを蹴散らす必殺蹴撃キックが、爆炎貫き軍道いくさみちを開く。

「潰せェェ!」

 敵の怒号が天をき、怪人どもが唸りを上げる。

 戦士が巧みに武器を振るえば、積み上がるは死屍累々、噴き上がるは爆炎の華。

 閃光一瞬、華麗な技が天を舞い、渾身の力が地を駆ける!


「行くぜ、ワトスン! アイアン・バーニングだ!」

 風を纏いし俊足の戦士が、一瞬にして、炎を振り撒く鋼鉄の闘士へと姿を変える。

「アイアンロッド! バーニング・スパイラル!」

 両端から激しく炎を噴出させ、鋼のロッドは並み居る敵を薙ぎ倒し――

「次はこいつだ。シューター・ルミナス!」

 鋼鉄の闘士が中空で一転する間に、その身体は閃光の力を宿せし百発百中の撃ち手シューターへと変わる。

「シューターマグナム、ロックオン!」

「ルミナス・オールアラウンド!」

 ジョーとワトスン、二人の声が重なるとき、閃光の一撃が周囲の敵にまとめて引導を渡した。

「ジョー、そろそろボクにも暴れさせたまえ」

「病み上がりで行けんのか?」

「電脳空間で十分すぎる休養を取らせてもらった。ボクの身体は力を振るいたくて疼いている――来い、暴竜レックス!」

 いつになく激しく響いたワトスンの声を受け、地面を割って現れた小型の恐竜が変身ベルトに収まって咆哮を上げる。

「シャーロック――『切札トランプ・レックス』!」

 万里ばんりを見通す理性を忘れ、地響きを立てる獣となって、牙の戦士は跳躍した。


「行くぜっ! 火星マーズフォーム!」

 仮面に軍神マルスの炎を映し、宇宙の戦士が宙に舞う。手にした銃器から撃ち出されるのは、人類ひとが初めて他の生物と袂を分かち、霊長として歩み始めた象徴の力。シンプルな「炎」が弧次郎かれの怒りを宿し、邪悪の軍勢を焼き上げる。

木星ジュピターフォーム!」

 続いて仮面に映るのは、万物を統べる雷神ユピテルいかずち。電気の力を身に付けたとき、人類ひとは自然の壁を破り始めた。

 科学革命の歴史を辿るように、戦士の振るう電撃の棒が敵の怪人を爆散させる。

「コイツを喰らえ! 水星マーキュリーフォーム!」

 旅人を導く賢神メルクリウスの力は、戦士に磁力のパワーを与える。火力、電力のステージを超え、電磁の力は人類ひとを新たな技術の領域へといざなう。

「バイカー・サイバネティック・シュート!」

 超電磁の砲撃レールガンで並み居る敵をまとめて蹴散らし、彼の瞳は次の標的を見据える――。


聖流アクア・ブリザード!」

 水の魔法陣から放たれる冷気が、邪悪の手勢を大地に釘付けにする。ドラゴンの翼で天に舞い上がり、魔道士は水流の蒼玉サファイアから疾風の翠玉エメラルドへとその身を変える。

聖風ウインド・スピニングスラッシュ!」

 竜の怒りが空を駆け、超速の剣戟が数多の敵を塵芥に変える。

 災禍を生き延びた敵が一斉に飛びかかれば、彼の姿は既にそこになく。

「ランド・ストリング!」

 大地を踏みしめる黄玉トパーズの煌めきが、無数の魔力の鎖で敵どもの体躯を縛り上げる。

最終楽章トドメだ!」

 炎、水、風、大地――四つのエレメントの力を同時に宿した究極の一撃キックが、中空でもがく敵をまとめて魔力の塵に還元した。


 怪人軍団を蹴散らし、並び立つ三人の英雄に向かって、財閥幹部が変異した蝙蝠コウモリの魔人が巨大な砲塔を向ける。

「死ねっ、バイカーども!」

 悪の砲声轟けば、着弾点に人影はなく。

 炎の中から風を巻いて飛び出すは、三つの弾丸、鋼の騎馬マシン

 人馬一体、バイカーマスクの名に恥じぬマシンアクションで、戦士達は疾風かぜとなり戦場を駆け抜ける!

「我がZ財閥は、世界の全てを支配するのだァァ!」

 ビルをも覆う巨大な怪物と化し、翼を広げ舞い上がる悪の権化。魔物の吐き出す超音波がアスファルトの地面を割り、バイカー達のマシンが爆風に煽り上げられる――。

「フハハハッ! シネェェ、バイカードモォォ!!」

 愉悦に浸る魔物の哄笑を掻き消すのは、各々の身に「最強」の力を宿し、マシンを蹴って天へ舞い上がるバイカー達の風切り音。

「シャーロック――ゴールド・アルティメイタム!」

「行くぜぇぇ! オールプラネットフュージョン!」

「ダイヤモンド・ドラゴンクロス!」

 その背に広げる正義の翼が、風より音よりなおはやく、邪悪の魔物を高度数万フィートの空に追い詰める!

「トリプル・シャイニング・バイカーキィィック!!」

 雲より高い空に螺旋スパイラルを描く三つの軌跡が、一つになって巨悪の権化に風穴を開けた。

「馬鹿なっ……Z財閥のナンバースリーのこの私が……バイカーマスクごときにィィィ!」

 爆風引き連れ大地に降り立つ戦士達の背後で、遠き空に爆音が轟く。

 都市まちを震わすその音は、英雄達の勝利の凱歌か、犠牲者達への鎮魂歌レクイエムか――。

 男達は変身を解き、それぞれの思いを込めて、夕焼けに染まる空を見上げた。


「……美音ミオン。お前の歌、キレイだったぜ」

 弧次郎こじろうのスマホに映るのは、黒い背景に無機質な「No Data」の文字。

 学ランの肩をぽん、と叩いて、師門シモンが優しく声をかける。

「散った生命いのちは戻らない。だが、俺達が忘れない限り、大切な人はいつまでも心の中にいるんだ」

「……おう。あんた、いいヤツだな」

「まあね」

 白い歯を見せて笑い合う二人の横で、ジョーは相棒ワトスンと二人、夜闇に染まってゆく街を眺めていた。

「この街は美しいね、ジョー」

「ああ。俺達が守った街だ」

 ジョーは言いながら、こみ上げる嗚咽をぐっとこらえる。戦う男の誇りにかけて、後輩達の前で涙は見せられない。

「そして、これからも守り続ける――だろう?」

 ふふっと穏やかな笑みを浮かべ、ワトスンは夜の風に融けて消えていく。身体を粒子に分解され、あるべき電子の塵となって。

「忘れないで、ジョー。ボクはこの街の風そのものだ。君が街を愛する限り、ボクの魂もまた、君とともにある」

 相棒の声はいつまでも彼の鼓膜に響いていた。その思いを、絆をしっかりと胸に抱き、彼は夜空に呟く。

「……わかってるさ。これは終わりなんかじゃねえ」

 「Z財閥」の全てが潰えたわけではない。幹部一人を倒したところで、組織の全容は未だ掴みきれない闇の中だ。

 だが、男達の表情はいまや明るかった。何が来ても、何度来ても倒すだけだ。バイカーマスクの名のもとに力を合わせて。

 三人の英雄は互いに拳を突き合わせ、いつか訪れる次の共闘を約する。それは冬空に贈る、愛と正義の賛歌トリビュート

 ――誓おう。散っていった幾多の魂にかけて、この都市まちに平和を。


(END)

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