第5話 斜陽の巨神

Actionアクション!」

 スタジオに響く酒田監督の号令と同時に、アルファイター・エイトのスーツに身を包んだ大吾は地面を蹴り上げて疾走する。

 眼前には二体の「敵」――宇宙支配を企む凶悪宇宙人と、それに使役される凶暴怪獣の姿。宇宙人が腕を前に振り出すのに合わせ、怪獣がどしどしと山のセットを踏みしめてこちらへ走り出してくる。

「ハッ!」

 気勢一閃、大吾は跳んだ。ワイヤーに吊られた大吾エイトの身体は難なく宙へと舞い上がり、空中で体勢転換した彼のキックが怪獣の頭部へと叩き込まれる。

 ワイヤースタッフの巧みな操演に助けられ、大吾が華麗な着地を決めると同時に、怪獣は弾着の火花を激しく上げながらセットの中に倒れる。

「おのれ、アルファイター・エイト!」

 宇宙人が恨みのこもった台詞を発しながら大吾エイトに迫ってくる。中に入っているのは経験三年目の後輩スーツアクターだ。何も持たない右手を大きく振りかざし、宇宙人は大吾に斬りかかってきた。その腕先には、後ほどCGで光の剣が合成されるのだ。

 大吾はその場で回転し、宇宙人の腕先――光の剣があるべき位置に強烈な回し蹴りを炸裂させた。剣を破壊されて狼狽うろたえる動きをする宇宙人に、大吾はすかさず迫り、パンチの連打ラッシュを浴びせていく。この宇宙人の策略によって今は光線技を封じられているアルファイター・エイトだが、元より彼の最大の武器は、師匠アルファイター・タイガーの直伝を受けた体術なのである。

「タイガー・スマッシュ!」

 大吾の渾身のアッパーが宇宙人の喉元をとらえ、宇宙人は後方に吹っ飛んで倒れた。大吾エイトがトドメのキックを食らわせるためにジャンプの溜めを作ろうとした、その瞬間――

 密かに後方で起き上がっていた怪獣が、彼の背中に火炎弾の直撃をぶち込んでくる。

 ――という筋書きに従って、大吾は背中に火炎弾をぶつけられた衝撃を想像しながら、苦しむ演技を交えて前方に倒れ込んだ。

 怪獣が彼の背中を踏みつけ、高々と天を仰いで咆哮する――。

「はい、カーット! Goodグッ・ Jobジョブ!」

 酒田の声で虚構と現実が切り替わり、怪獣役のアクターがすぐに大吾の背から足をどけた。カットが掛かった途端に感じるスーツの重さと仮面マスクの息苦しさ。大吾は手をついて立ち上がり、セットから降りながら、汗の滴る顔面からエイトのマスクを引き剥がした。

「お疲れさん、大吾! いやー、YouユーBodyバディは一級品だな! おお、今日も顔コワいな」

 酒田が彼の労をねぎらいながら、エイトのスーツに覆われた胸板と背中をばんばんと叩きまわしてくる。うっす、と大吾が返事した後、酒田は全員に向かって笑顔で休憩を宣言した。


「酒田監督って、同性愛そっちの人なんすか?」

 既に出番を終えている先輩スーツアクターとベンチに並んで座り、スポーツドリンクを喉に流し込みながら、大吾はふと先程の酒田の手つきを思い返しながら先輩に尋ねた。

「まさか。あのエロ監督に限ってそれはねえよ。奥さんもいるし」

 大吾と同じく首から下にアルファイターのスーツを纏ったまま、強面コワモテの先輩は答える。彼の配役はエイトの師匠、アルファイター・タイガー。彼自身も「角屋プロダクションの虎」の異名を取る、この道二十年のベテランアクターである。

「あの人は、お前の身体を芸術品だと思ってるだけだよ」

「芸術品っすか」

 大吾は酒田監督の人懐っこい笑顔を思った。四十代の若さにして日本特撮界の新たな至宝とファンから讃えられる彼から、自分の身体をそのように評価してもらえるのは、名誉なことだが少し気恥ずかしい。

「それにしても、お前、顔コワいな」

 自身のペットボトルを傾けながら、先輩はふとお決まりの一言を発してきた。角屋プロの撮影現場でそれはもう時候の挨拶のようなものなので、大吾自身も先輩相手にわざわざ反応はしない。

「勿体ねえよなあ。せっかく大吾おまえが居るのに、『エイト』も次の一回でラストか」

 先輩のいかつい横顔が若干の寂しさに歪んだように見えた。大吾が「そうっすね」と返すと、先輩はスポーツドリンクを一口飲んでから、さらに続けてくる。

「これが終わったらテレビシリーズはまた再放送オンリー、長編映画の予定もなしか。『アルファイター』に未来はあるのかねえ」

 先輩の口からそんな弱気な言葉が出ると、大吾自身の気持ちもしぼむようだった。

 かつて日本の特撮ブームを牽引した国民的ヒーローでありながら、「アルファイター」の、そして角屋プロダクションの勢いは、いまや斜陽の一途をたどるばかり。長編映画は、震災の直後に最後の大作を世に送り出して以来、未だ一本も作れていない。角屋プロは経営権の身売りを繰り返しながら、過去のアルファイター・シリーズの遺産で糊口をしのぎ、今回撮影中の「エイト戦記」のような全十二話一クール程度の新作をちまちまと作り続けるのがやっとなのである。

「……酒田さんがまた大作撮ってくれるでしょ」

「どうかねえ。あの人、最近は北映ほくえいの方に引っ張られがちだぜ。知ってるだろ、『戦団』だけじゃねえ。『バイカー』の冬映画ふゆえいがにも毎年登板して、いよいよ身体がいくつあっても足りねえ感じらしい」

 そのことは大吾ももちろん知っていた。いまや角屋プロを抜いて日本特撮界のトップとされる北映、その人気シリーズである「五色戦団」と「バイカーマスク」。酒田監督はどちらのシリーズにも最前線で関わっている。それだけでも凄いことなのに、加えて北映の商売敵である角屋プロのアルファイター・シリーズでもこうしてメガホンを取り続けてくれているというのは、もはや八面六臂どころではないオーバーワークぶりだと言えた。

「……まあ、元々『サンダーファイブ』の人っすからねえ」

「だろ。一つしかない身体をどこに置くかって言ったら、やっぱり北映あっちになるだろうよ」

 酒田は元々、米国アメリカで「五色戦団」シリーズのリメイク作品「サンダーファイブ」の撮影に長年関わっていた人物である。つまり、そもそも彼の出自は北映あちらなのであり、角屋プロには酔狂で関わってくれているにすぎないのだ。

 北映特撮からも引く手あまたの彼が、いつまで斜陽のアルファイター・シリーズを撮り続けてくれるか――。アルファイターの裏方に関わる大吾ら専属アクターにとっても、それは避けて通れない心配だった。

「おいおい、Youユー達! 何を辛気臭い顔してるんだ」

 いつのまにか、大吾達の後ろに酒田監督が立っていた。会話がどこまで聞こえていたのかはわからないが、酒田は大吾と先輩の背中をばんばん叩き、「気合い入れて行こうぜ」と活を入れてくる。

「うっす」

 大吾が先輩と並んで立ち上がると、酒田は他のスタッフにも聞こえるような大きな声で言った。

「俺の忙しさの件なら、Noノー Problemプロブレム。ジャパニーズ・ヒーローの魅力を世界に発信する大事な仕事に、北映も角屋もあるか。俺は『アルファイター』から離れねえぞ!」

 酒田の言葉に多くのスタッフ達がオオッと声を揃える。大吾も思わず身震いした。そうだ、自分達の限界を自分達で決めてどうする。現場の俺達が頑張っている限り、いつかまた必ず、アルファイターがこの国でトップのヒーローに返り咲く日も訪れるに違いない。

「っしゃあ! 続きの撮影行くぞ!」

「はいっ!」

 名監督の号令に大吾は力強く返事をし、誇り高き銀河の巨神のマスクを被った――。

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