第3話 野獣の妹
「兄ちゃんって、生まれた時から顔
そんな千佳が今、どうにも困っているのは――
高校で親友になったばかりの
「何度も
「またまたぁ。イケメンじゃないなら顔隠す必要ないでしょ?」
学校帰りのハンバーガーショップで安っぽいテーブルを囲み、一袋のフライドポテトを二人でつまみながら、千佳は茜とノーメイクの顔を突き合わせている。
「なんで、ブサイクだから顔を隠してる、って方向に考えられないかなぁ」
「ないないない。エイト様の『中の人』がブサイクだなんて、ありえない、ありえない」
赤ブチの眼鏡のレンズ越しに黒い瞳をきらきらと輝かせて、茜は身内の証言を全否定した。
「まったく。
「かっこいいもーん、エイト様」
テーブルに頬杖をつき、うっとりした表情を浮かべている親友の様子を呆れた目で見下ろしてやりながら、千佳は口に入れたポテトをコーラで流し込んだ。
茜がテーブルの上に置いているスマホのカバーには、男性アイドルを題材にした人気アニメのイケメンキャラのイラストがでかでかと踊っている。確か、そのキャラの声を
要するに、茜は憧れの声優が吹き込むイケメンボイスをアルファイター・エイトの着ぐるみと同一視し、そのスーツアクターである千佳の兄のことまで勝手にイケメンと決めつけているようなのだったが……。
「あたしには何がいいのかワカんないね。エイト様って、着ぐるみだよ? しかも中身、ウチの兄ちゃんだよ?」
「着ぐるみじゃないもん。
「ああ……セブンの息子だからエイトなんだ。あんちょくー」
子供向け特撮ヒーローのネーミングセンスを千佳が揶揄ってやっても、茜は嫌な顔一つせず、そのままぺらぺらとオタクトークを並べ続けた。まあ、これもいつものことだ。誰かが聞き役になってあげることで彼女が笑顔でいられるのなら、その役目は入学時にたまたま出席番号順で席が前後だった自分が務めてあげるのが適役なのだろう。
「ねーえー、今度、お兄サマに会わせてよ。一生のおねがいー」
「だから、人前に出せるようなモノじゃないんだって、ウチのアレは! 素顔は
「あんな端正な身体付きしてるのに?」
「あー、首から下だけはね……。だからスーツアクターなんだよ。兄ちゃん、
「なにそれ。面白い」
千佳の話を冗談かなにかと解釈したのか、茜はジュースのストローに口を付けながらくすくすと笑っている。
――全部ほんとの話なんだけどなあ……。
千佳はよっぽど兄の写真を茜に見せてやろうかとも思ったが、見せたら見せたで親友の無垢な夢を壊してしまいそうで、とても実行に移す気にはなれなかった。
「ちーかー、おーねーがーいー」
「はいはい、わかったわかった、いつか今度ね。ホラ、もう塾行く時間だよ」
「むぅ……。約束だよ?」
ぷくっと頬を膨らませてから、茜は紙カップに残ったジュースの残りをすすっていた。
塾の定席に茜と並んで座り、黒ブチ眼鏡に紺のジャケットがトレードマークの
千佳が幼い頃から、大吾は自慢の兄ではあったのだ。勉強はそれほどでもないようだったが、歳の離れた千佳への面倒見もよかったし、運動ができて孝行者でもある。ただ……いかんせん、どうにも、顔が
千佳には特撮ヒーローのことはよくわからなかったが、顔を
――ただ、そうは言っても。
「正体不明のスーツアクター」なんて茶番をいつまで続けることができるのかは、なんだか怪しいような気がする。
声優だってスーツアクターだって、素顔をメディアに一切晒さないなんてことはない。以前、千佳が兄本人から聞いたところによると、兄以外のスーツアクターは特撮ファン向けの専門誌などで普通に素顔を晒しているそうだった。顔出しのエキストラとしてカメオ出演することもあるし、最近はスーツアクターの素顔の写真集なんてものまであるらしい。
――そんな時代で、いつまで顔を隠してやっていけるんだろう?
高校生の自分が心配するようなことではないと思いながらも、千佳は、いつ兄が野獣であることが世間様にバレてしまわないかとハラハラして仕方ないのだった。
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