22 国王の愚行


 王城が恐怖のどん底に叩き落とされることとなったあの夜の前日。



「…………計画を練るぞ」


 仁の作った夕食を食べ終え、一息つこうとそれぞれの前に紅茶のカップが置かれたとき、唐突に、神妙な顔をした雪が言い出した。

 テーブルに肘をつき、口元に組んだ手を添えた雪は、やけに真剣な目で仁たちを見渡した。


「えーっと、ごめん雪。なんの?」


 暫く続いた沈黙を破ったのは、ちょうど紅茶に口をつけていた亮だった。その声に他の三人も漸く意識を取り戻し、答えを聞こうと耳を傾ける。


「あ゛? 決まってんだろ。こっから出るんだよ」

「へっ? もう少し様子見るんじゃ……」


 どうも相当機嫌が悪いらしい雪は亮を軽く睨み、不機嫌を隠そうともしない口調で答えた。一週間前の話を覚えていた故にそれに疑問を持った仁がはてと首を傾げて尋ねる。

 だが、この疑問は今の雪には非常に癪に触るものだったらしい。


「あ゛ぁ!?」


 ドスの効いた声と共にそれだけで人を殺しそうな鋭い目で睨まれた仁は、ヒョッと変な声を出してビクリと肩を跳ねさせた。

 そこら辺の不良共なんぞこれだけで竦み上がりそうな目と声を飛ばされ、仁だけでなく廉と亮も顔を青くさせる。


「それで、どうして急に出ていく気になったんだ?」


 こんな時に役に立つのが基本顔色も表情も変えることがない能面系男子、貴史だ。ドス黒いオーラを放つ雪にも怯むことなく、堂々とした声で尋ねる。


「……限界なんだよ」

「限界?」


 ぽつりと零された言葉をなんとか復帰した亮が疑問符をつけて繰り返す。またも機嫌が悪くなるかと思われた雪だったが、幸い今度は機嫌を損ねることにはならずに済んだようだ。


「そうだ。もうこんなところにいられるかってんだ。ぬあぁにが『賢者ならできて当然であろ?』だ。『詠唱は分からん』じゃねぇんだよ。何もできないお飾りの肉塊のくせにふざけやがって。自分もできねぇことを他人に強要してんじゃねぇよカスが」


 イライラを表すように体を揺すりながら、つらつらと恨言を吐いていく雪。


「大体全部こっちに丸投げしようっていう魂胆が丸見えんだよ。王国からも有志の軍を送るつもりだとか言ってたが、どうせいざとなりゃ勇者共だけ送り込む気だろうがふざけやがって。あの女狐も女狐だ。俺のこと絆せてるとか勘違いしてんのか知らねぇが、テメェなんぞに頼まれたくらいで了承するわけねぇだろクソが」


 言葉と共に雪の体から黒々としたオーラが立ち上る。無意識のうちに先日取得した呪詛魔法を発動しようとしているようだ。

 呪詛魔法とはその名の通り、対象を呪う魔法だ。体調不良から死に至るまで、こちらの捧げる生贄によってその効果はピンからキリまである。

 今回のこれは雪の膨大なマナとどす黒い感情が生贄となって発動されようとしているのだろう。恐らくこのまま発動されれば国王を始めとしたその場にいた全員が原因不明の腹痛や頭痛、吐き気や倦怠感に襲われることだろう。

 ちなみに呪詛魔法を最初に取得したのは貴史だ。この世界に来てから三日目、闇魔法の次に取得した。恐るべき速さである。


「あ〜、これはあれだねぇ。今日呼び出された時になんかあったんじゃないかなぁ」

「あぁ、昼間に呼び出されたやつか」

「国王直々に無茶振り食らったっぽいね」

「全くふざけた豚だなアイツは、雪に命令するなど身の程を知れ。大体豚というのは家畜であっって人間に逆らっていい存在ではないのだ。その上あいつは不潔極まりない。本当の豚より下だな。豚畜生以下だ」


 未だつらつらと呪詛を吐き続ける雪をよそに、廉たちは非常に呑気に会話を続けていた。いや、一人だけ随分と物騒な人間がいるが。

 貴史もまた、雪に負けないくらいの怨念を垂れ流していた。

 廉たちはどうしようかと顔を見合わせ、取り敢えず雪に詳しい話を聞かなくては始まらないと雪を正気に戻すことから始めることにした。


「……それにあの女もうざい。なんなんだこの国の王族にはムカつく奴しかいないのか? あ゛?」

「雪、雪」

「そういやもう一人バカ女に似た感じの娘がいたな」

「おぉ〜い、雪〜?」

「ひょっとして妹か?」

「おい雪、雪ー」

「……ふぅーん」

「ゆぅーきぃー?」

「……使える、か?」

「「「聞けやぁ!!!」」」

「うおっ」


 堪忍袋の緒が切れた三人の怒号によって、漸く雪は現実世界へと戻ってきた。目をパチパチと瞬き、何事だろうかと首を傾げている。


「んだようるせぇな」


 不機嫌そうな雪に苦言を呈され、三人の額に青筋が浮かぶ。


「んだよじゃねぇよ」

「ずっと呼んでたの!」

「無視されたら叫ぶでしょ? 普通のことだよ〜?」


 拳を握りしめる仁と膨れっ面で叫ぶ亮、にこにこと笑いながら煽るように言ってくる廉。呼ばれていることに気づいていなかった雪は不思議そうに首を傾げた後、まあいいかと話を切り替えた。よくない。




「今日の昼頃俺が呼び出されたのは知ってるだろ?」



 雪の話によると、呼び出された先にいたのは、この国の王であるレヴス・ジュランデールと大臣のフェルトル、魔法師団長のリクラット。それと護衛だろう顔も知らない騎士たち。

 最初はよくやっているようだとありきたりな労わる言葉をかけられ、面倒臭いと仮面の下で顔を歪めていた。それからもっとうちの娘と話せだのというふざけた勧めを受け、そろそろ帰りてぇなと思い始めた頃、国王が言い出した。


 『ユキよ、貴様には最上級魔法を覚えてもらいたい』と。


 最上級魔法というのは名前をつけられた既存の魔法の中で、最も行使するのが難しいと言われている幾つかの魔法のことを指す。

 雪が覚えろと言われたのは、かの伝説の大聖女、リルエルが扱っていた大魔法で、「聖光なる雨ホーリーレイン」という光属性の魔法だ。


 この時、雪は「三神に覚えさせろよあいつ聖女だろうが」と心の中で吐き捨てていた。

 しかもこの魔法、伝承として残っているだけで実際に目にしたものはもう存命ではなく、マナの扱い方どころか詠唱すらどこにも分からないのだ。


 これには流石の雪も「無理に決まってんだろふざけてんのかテメェェェ!!」と怒鳴りつけたい衝動に駆られた。

 大体雪に一番向いているのは闇属性なのだ。光属性とは対をなす属性。そりゃ王国側はこれを知らないが、雪はそれを忘れるほどの怒りに支配されていた。


 この後すぐに下がって良いぞと言われていなければ、更に何か余計な言葉を付け足していれば、間違いなく雪はその場にいた全員を吹き飛ばしていたことだろう。代わりに王城のとある一角に立っている柱が犠牲になった。

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