M30 まさかの別れ


「……最近、雪と話せてないなぁ」


 今日の基礎訓練が終了し、午後からは自由時間となった俺たちは、昼食を食べようと食堂に集まっていた。

 それぞれ好きなメニューを注文し、食べながらスキルや魔法のこと、最近あった出来事なんかを話していると、ふと楓が呟いた。


 どこか寂しげな目をする楓の視線を追って、奥の方の席へ目を向ける。そこには料理を食べ進めながら談笑する一つのグループがいた。

 俺たちから見えるのは、ピクリとも動かない無表情とずっとケラケラと笑っている顔、そいつの腕を肘で小突いているヤンキーの姿。それから凸凹の黒髪コンビの背中だ。

 結構離れている俺たちの席にも伝わってくるほど彼らからは仲良しオーラが溢れている。彼らがこの場所に現れるのは二、三日に一回とかなり少ない。

 楓の視線は彼らの方を向いているが、実際に見ているのは彼らの中の一人、凸凹コンビの凹、紺野雪である。勿論俺たちが見ているのも雪だけで、他の四人は自動的に視界に入っているだけだ。


 雪は何もないと言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。そんな心配はああいう光景を見る度に、するだけ無駄だと言われているような気になる。


「もうずーっとアイツらと一緒だしなぁ」


 孝介が寂しそうに呟く。俺たちも頷いた。

 食堂に来ない時は自室で宮田の作った食事を食べているんだとか。アイツ料理するのか!? と驚いたことは記憶に新しい。しかも雪はかなり気に入っているらしい。

 雪は料理にはうるさい。購買のパンも学校の食堂の料理も口に合わないといつもお弁当を持ってくる。そんな雪に認められたのだから、相当料理上手なのだろう。少し食べてみたいと思ったのは誰にも言いたくないな。


「……ユキさんは、どんな方なんですか?」


 最近一緒にいることが多くなったシファニーが遠慮がちに聞いてきた。シファニーはこの国の第一王女様なのだが、近くに同じ年頃の人がいなかったからか俺たちによく懐いている。

 シファニーと一緒に行動するようになった頃から特に雪と接することが減ったように思える。だからシファニーは雪のことをよく知らないのだ。


「うーん、雪くんはすっごく優しいんだよ」

「あとめっちゃ頭いい」

「そうね。入試からずっと首位を取り続けてるのよ」

「えぇ!? それってとっても凄いことですよね!?」

「それに意外と運動もできるぞ。……体力はないみたいだが」


 ぽんぽんと飛び出した雪の紹介をシファニーはふんふんと頷きながら聞いていた。この世界にも試験という概念はあるようで、ずっと首席をキープしている雪の凄さは伝わったようだ。


「あー、そういや球技大会でどの部活にも入ってない雪の取り合いが勃発したよな」


 秋頃に行われる球技大会ではバレー、バスケー、サッカー、野球の中から一つの競技を選んで参加する。ただし自分が入っている部活の競技は選べないので、孝介はバスケを選べなかったり、俺はサッカーを選べなかったりする。

 そこで問題になったのがどの部活にも属していない雪だ。雪の運動神経の良さは体育の授業で明らかになっていたので、みんなが自分と同じ競技に参加させようと引っ張りだこになっていた。結局雪が選んだのは人数の少なかったバレーだった。


「いつだったか雪のIQが300を超えてるとかいう噂が飛び交ってたわよね」

「そんな噂もあったなぁ」


 二年の冬頃。学年に雪のIQは300以上だという噂が広がった。これは雪と同じ中学だった先輩が部活で零していた話が元になっている。

 先輩曰く、中学の頃雪と仲の良かった別の先輩が冗談で赤本を差し出してみたところ、スラスラと解いてしまったのだそうだ。ただこの話も又聞きだったので、実際どうだったのかは分かっていない。

 けれどIQ170の天才だという廣瀬の上に立っている以上、一概に全くの間違いだとも言えないのだ。


 あれもこれもと出てくる雪の話に、シファニーはくすりと笑った。


「シファニー?」

「どうしたの?」

「ふふっ、いえ。本当に皆さんユキさんのことが大好きなんだなぁって」


 微笑ましそうに笑うシファニーを見ていると、段々恥ずかしさと誇らしさが込み上げてきた。


「い、いや。そ、それは、まあ……」

「そ、そりゃあ、大好きだけど……」

「いざ言われると恥ずいな……」

「本当の事だけど、言葉にされると少し恥ずかしいね」


 俺たちは顔を見合わせ、気恥ずかしくなって頬を書いた。ちらちらと視線を泳がせながら唇を尖らせる。流石にちょっと恥ずかしい。


「いえいえ、仲がいいのはとても良いことですから」


 にっこりと、シファニーは微笑んだ。







 その日の晩。生徒たちは寮の自室で眠りについていた。一日の疲れを表すように、生徒たちは皆ぐっすりと眠る。一ヶ月の習慣で、生徒たちは皆自然と朝早くに目を覚ますようになっていた。

 今日もまた、朝日が昇る頃まではゆっくりと眠れるはずだった。

 けれど、まるでそんな呑気な時間はないぞとでも警告するように、それは起こった。




「勇者様! 勇者様!」


 ドンドンと、扉を強く叩かれる音がする。既に寝静まった勇者寮の中を、バタバタと忙しない複数の足音が駆ける。

 一体何事だろう。半分寝たままの頭で、真壁はぼんやりと思った。フラフラする体をなんとか動かして扉を開く。


「……はい、なんですか……?」


 目を擦って寝起きの声で尋ねながら、ゆっくりと扉を開ける。俯いた視界に、黒のスカートと白のエプロンが入ってきた。廊下の明るさに目をやられ、思わず目を瞑る。


「すぐに一階のロビーに集まってください。皆様を起こして、すぐにです!」


 いつも冷静なメイドさんのやけに焦った声に、真壁はゆるゆると顔を上げた。

 綺麗なメイドさんの顔は、可哀想なくらい真っ青になっていた。早くして下さいと焦るメイドさんは、あまりにらしくない。


「ちょ、ちょっと。どうしたんですか? まだ夜中だと思うんだけど……」


 メイドさんの様子や辺りが騒がしいことに気づいた真壁は、異常事態だということは察しながら、メイドに説明をせがんだ。


「りょ、寮に。魔族が侵入しました」

「……えっ?」

「場所は204号室です」

「…………………………え?」


 204。それは、彼の、雪の暮らす部屋番号ではないか?

 寝起きでぼんやりとしていた真壁の頭に、巨大なトンカチを振り下ろされたような衝撃が走った。


「ゆっ、雪は、そこのみんなは無事ですか!?」


 目の前のメイドの肩を強く掴み、大声を出して迫る。

 ギチギチと音を立てる肩の痛みに顔を顰めながら、メイドは掠れた声で言った。


「……204号室の勇者様方は、五名とも、行方不明です……」


 行方、不明……。


「おそらくは連れ去られたのではないかと……」


 言いにくそうなメイドの言葉は、もう真壁の耳には届いていなかった。

 そんな、そんな。雪が、いない? 行方不明? なんで、どうして。ここは安全なんじゃなかったのか? なんで雪が狙われた? 警備は何をしていたんだ?

 真壁の頭の中を、ぐるぐると言葉が巡った。一体どういうことだと混乱する真壁の脳裏に、最悪の光景が過る。

 倒れ伏す黒髪の青年と、その体を踏みつける人型のバケモノ。空には蝙蝠が羽ばたいて、暗雲が立ち込めている。青年の体からは、夥しい量の血液が流れ出ていた。

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