21 愚痴大会


「それにそれに、あのフェルトルとかいうおっさん、アイツもうざい! 他の魔法師と比べて魔法の成績がウンタラカンタラ! 俺のマジシャンは魔術師じゃなくて奇術師なのに!」


 教官もナイフとか使わせてくれないし! そう言って亮は頬を膨らませる。高三の男が……と思わないでもないが、なぜか許されるのだから不思議である。


 亮はここ最近魔法の扱いに伸び悩んでいた。一番適正の高い闇属性はともかく、王国側に伝えた中では一番数値の高い守属性の魔法が上手く扱えないのだ。

 魔法適正の中で、火、水、土、風、光、闇の六つはその文字通りの元素に干渉する際のやりやすさを表している。

 勿論その六属性の魔法の中にも回復系の魔法や、シールドを張る魔法、対象に飛ばして攻撃する魔法、といったようにその数は多岐に渡る。

 そして守と攻というのは、回復やシールドなどの防御系の魔法と、球や弾といった攻撃系の魔法、どちらが向いているかを表す数値だ。


 例えば『勇者』の真壁。彼の場合は守属性が50、攻属性が80と魔法を使うなら攻撃系を扱った方が上手く行使できる。一方で『聖女』の三神ならば、守属性100、攻属性20と明らかに防御系の方が向いているのだ。この防御系の中には回復魔法も含まれているので、聖女ならば当然とも言える。

 そして亮の適正値は守属性が120、攻属性が80だ。これもまた防御系の魔法が向いているといえる。しかし亮の光属性や水属性といった回復魔法のある属性の適性は低い。なので練習するのは「風魔盾ウィンドシールド」といった防御魔法だ。

 けれど亮はその魔法をなかなか発動させることができなかった。適正があるのは間違いないのだが、どうも上手くいかないのだ。


 それで大臣からはぐちぐちとお小言を貰っていた。やれ他の魔法師はもっと優秀だの、もっと真面目に取り組んではどうだねだの、魔法師の割に適正値が低いだの。

 大きなお世話というものだ。彼らは隠しているだけで、大臣たちの把握するものより遥かに高い基礎能力と適正値を持っている。


「っはー、なるほどなぁ。そういや俺も色々言われたぜ? 能力値が物理に振られすぎだってな。実践では使い物にならないのでは困るから強化魔法くらいは使えるようになれってさ。んなこと言われても適正がねぇんだからどうしようもねぇっての」


 キッチンに立って夕食の用意をしていた仁もまた、亮に続いて愚痴りだした。やれやれとため息をつき、勘弁してくれねぇかなと遠くを見る。


「……そういえば、僕もこの間面倒臭いのに絡まれた」


 ぽつりと窓の外を見ていた廉が呟く。

 なんでも、以前からずっとぼーっとしている癖に次席を掻っ攫っていくという廉に逆恨みのような感情を抱いており、こちらの世界に来てからもそれは変わらないのに何気に優秀な成績を収めていることに不満を爆発させた輩に絡まれたらしい。

 いつも空ばかり見ているくせに次席なんておかしいだとかリクラットさんに褒められて妬ましいだとか。なんとも馬鹿馬鹿しい嫉妬を叫ばれたとか。


「あー、それは御愁傷様だな」

「うわー。ちょーめんどいじゃん。俺絶対やだー」


 可哀想にといった顔で仁が頷き、亮はうげーと顔を歪めている。それを聞いていた貴史は「俺は…………特にないな」と無駄に間を開け、皆をずっこけさせた。この男、表情は死んでいるがちょくちょくネタをぶっ込んでくるのである。



「そういや俺も王女様がうざいんだよな……」


 優雅な動きで貴史の淹れた紅茶を啜った雪が、思い出したように呟く。ソーサーに置かれたカップがカチャリと音を立てた。

 雪が言っているのは王国の第一王女、シファニー・ジュランデールのことだ。亮たちC組が召喚された際に説明を行なったのはこの王女で、亮からはシフォンケーキと間違われ、貴史には興味すら抱いてもらえなかった可哀想な娘である。

 ここのところ真壁たち勇者パーティーと親しくなったようで、このままよく真壁たちと話している雪とも距離を縮めようと近づいてきているのだ。


 勿論雪には真壁の友達(笑)だからといって簡単だろうと舐めてかかっている王女サマなんぞと仲良くするつもりは微塵もない。むしろそのまま俺を除いた五人でメンバーを固めてくれとまで思っている。

 雪の呟きは誰かに聞かせようと思って発されたものではなかったし、別になんの反応もなくて構わなかった。実際仁や廉は聞こえていたようだがあまり気にした様子はない。


 だが、この男はそうはいかなかった。


「雪に言い寄っている、だと……!?」


 背後に雷でも落ちたかのような反応を示し、ピシリと硬直する貴史。面倒なことになったと雪が顔を歪めた瞬間、貴史は光の速さで雪の目の前まで迫った。


「誰だ。どの女だ。雪はそれでいいのか? いや、うざいと言っていたなそうだったな。なら俺の方でなんとかしよう。さあ雪、教えてくれ。そのアバズレはどこのどいつだ?」


 距離が近い、口調が早い、声のトーンが怖い。雪は全力で体を逸らし、間近に迫った貴史の顔から距離をとった。


「いや、別にいいか「多分第一王王女のシフォンちゃんだよ。あれ? シフォンだっけシファンだっけ?」……亮」


 雪はことを大きくしないよう貴史を止めようとしたが、それを遮って亮が情報を与えてしまった。

 亮は雪からの鋭い睨みを受け、やってしまったと慌てて口を塞いで冷や汗をダラダラと流している。が、もう遅い。


「そうか、第一王女だな。分かった。どんな奴かは知らんが明日にでも撤去しておこう。任せてくれ雪。誰にも気付かれないよう片付ける」


 貴史は死んだ目の奥に何やらやばい種類の光を宿し、雪の方を見る。任せておけと握り拳を作っているが、その手にはビキビキと血管が浮いており、任せてしまえばどんなことになるかは想像にかたくない。間違いなくその王女はこれからまともな人生を送れなくなる。


「だからいいって!」


 別にそうなること自体は何の問題もないのだが、自分たちが疑われるようなことになっては困る。もし王女に何かあれば真っ先に疑われるのは異邦人である雪たちだ。


「む、そうか。いいのか。……いいのか?」


 雪に強めの語調で拒否され、貴史は項垂れた。耳を畳む大型犬の姿が重なるが、これは幻覚だ。それに大型犬は大型犬でもラブラドールといったもふもふの可愛らしい犬種ではない。どこまでも獰猛なやつである。例えば飼い主以外には攻撃的であるドーベルマンなどだ。


「んー、やっぱ出ていく?」


 そう提案したのは、小分けのチョコレートを口に運んだ廉だった。その提案に雪は暫く考え込む素振りを見せ、ゆっくりと首を振った。


「……いや、もう少し様子を見よう。この寮がそれなりに過ごしやすいのは事実だからな」

「りょーかい」

「おう」

「分かった」

「りょうか〜い」


 王女の動きやメイドの動きなんかはその内落ち着くだろうし、廉の問題だってそう何度も起こらないだろう。仁たちはそれに頷き、もう少し様子を見ることにした。



 ──人はそれを、フラグと呼ぶ。

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