20 亮の不満
とことん楽しもう。雪たちはそう決めた。どうせ異世界召喚なんて面白い事態に巻き込まれたのだ。日本じゃできなかったことをすればいい。
せっかく王国側が魔物と魔族という絶対悪を倒す機会をくれるのだ。衣食住は保証してくれるし、戦闘訓練だって行ってくれる。魔法についての情報だって質問すれば簡単に教えてもらえた。
この立場は便利だ。機を見て脱走するという話は無かったことにしよう……。
これが、一週間前に行われた204号室での話し合い(といっても数分で終わった)の結果である。
「っだー! 無理! 限界! こんなとこ出てくー!!」
少しずつ室外でも距離を縮め、五人が一緒に行動していてもそこまで怪しまれなくなってきた頃。廉と貴史を引き連れて部屋に戻ってきた雪を出迎えたのは、枕をぼすぼすと叩きつける亮の心からの叫びだった。
「……おい仁」
「俺にも分かんねぇよ! なんか戻ってきてからずっとこの調子なんだよっ」
静かな、しかししっかりと怒りの込められた雪の問いかけに、亮を宥めるように横に座っていた仁が俺に聞かれても困ると首を振る。
「どうした山路。このメンバーなら気が楽でいいとか言っていなかったか。そんなに嫌なら郷里に掛け合ってやろうか? 人数が減るなら俺は万々歳だ」
こてりと首を傾げた貴史が無表情で冷たいことを言い放つ。貴史は教師陣にも強いというのは有名なことで、いくら郷里といえどこの能面みたいな顔で無言の圧をかけられたら頷くだろう。
貴史としては基本的に騒がしい人種は好きではないし、大人数で過ごすのも好きではない。ただこの部屋には雪がいて、その他の面々がこの三人だから耐えられているだけなのだ。
それ故、亮から出て行きたいという要請があるなら貴史は両手を上げて歓迎する。
「違うよ! この部屋から出て行きたいんじゃなくて、この城から出たいの!」
亮は貴史をキツく睨みつけ、再び枕をマットレスに叩きつける。
亮の主張に、雪たち三人は顔を見合わせた。廉はどこか明後日の方向を見つめているので自然と外れる。
貴史は肩を竦め、仁は苦笑している。雪は亮の方を向き直ってからなるほどと頷いた。
「この間は『割と悪くないかも。メイドさんは可愛いし、仁のご飯が食べれるし〜』とか言ってなかったか、お前」
「うっ、うっさいなぁ! 事情が変わったの! じ・じょ・う・が!」
五日ほど前の発言を持ち出され、亮は分かりやすく狼狽えた。そんなこと言ったっけ、言った気がする。とでも考え、内心冷や汗を垂らしていることだろう。
けれどそれくらいで静かになる亮ではなかった。流石は自他ともに認める駄々っ子。雪の引っ張り出してきた発言はどこかに押しのけ、事情が変わったのだと主張する。
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
こんな時、優しく話を聞いてくれるのは、見た目にそぐわぬオカンスキルを身につけたヤンキー、仁である。
「仁〜、聞いてよぉ〜」
さっきまでの怒り顔はどこに行ったのか、亮は甘えた声を出してへなへなと仁にしなだれかかる。
それに慣れている仁は危ねぇなと言いつつその体を起こしてやり、肩に頭が乗るように調整してやる。
どちらの仕草も、異性にやれば気があると勘違いされること間違いなしだろう。亮の方はわざとなので良いが、仁は完全に素だ。何故それが異性相手に発動されないのか。哀れ仁。女性相手だとキョドって固まって終わるのだ。
「なんか最近さぁ、メイドたちがうざいんだよねぇ。前いた子達はなんかこう、実力で選ばれたって感じがしたんだけどさ、最近変わったじゃん? それからやけに接触してくんの。ぶっちゃけ好みじゃないからうざいだけ!」
ぷんすかと怒りを表す亮だが、それを他の男子たちに言ってみろ。ふざけてんのかテメェとそれだけで殺せそうな視線を向けられることだろう。一部非リア共には間違いなくぶん殴られる。
亮はこう言っているが、最近入れ替わったというその侍女たちだって十分に可愛らしい部類に入る。これまで散々食い散らかしてきた上に周囲の顔面偏差値が異常なせいで、亮の基準がおかしいだけだ。
実は亮が気づいた通り、勇者寮の侍女たちの一部は最近入れ替わっている。最初の頃は元々王城に勤めていた凄腕メイドさんたちの中から抜粋された実力派メイドさんたちだったのだ。
けれど、勇者たちがここの暮らしに慣れてきたのをいいことに、国王がその一部を連れ戻したのだ。そしてその代わりに、この国の下級貴族の令嬢たちがメイドとして雇い入れられたのである。
ちなみにその令嬢メイドたちにベタベタされているのは亮だけではない。真壁や柏木といった一定以上の顔を持った者たちも最近それに気づき始めている。
「……そういえばそんな気もするな。俺の場合は睨めばすぐに去っていくので問題なかったが、亮は女好きと思われている以上邪険にすることもできないのだな」
なるほどな、と貴史が同意した。彼もまた表情筋が死んではいるが、元々の顔面スペックはかなり高めなのである。だがやはり生気を失った目で睨まれるのは相当怖いらしい。ひょっとするとそれすらも物ともしない強者がその内現れるかもしれないが。
「あー、それは多分あれだな。王国の貴族令嬢と関係を持たせることで国を出て行くという選択肢を潰すためだろ」
しれっと言い放った雪の言葉に、三人の体がピシリと固まる。
気に入った子がいればそのまま……なんて考えていた亮は勿論、そこまで気にすることはないと思っていた貴史とむしろ羨ましいなんて思っていた仁も、想像だにしなかった戦略に言葉を失った。
ちなみに言っておくと、これを提案したのは雪も少しばかり気に入っていたあの魔法師団団長、リクラットである。
彼女はこの目的は伝えず、ただ「社会勉強」だと言って各家の当主と国王から許可をもぎ取った。そして集まった令嬢たちには勇者という上玉に乗るチャンスだと伝えたのだ。
自分も女性という身でそんなことを実践リクラットもリクラットだが、その意図を平然と見破る雪も雪である。
「そ、そんなことが……」
「マジでか……」
「うざったいだけだと思っていたが、もっと面倒ごとのようだな」
絶句する二人とため息を吐く貴史。雪はそれぐらい気づけとため息をついた。
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