誰も知らない苦しみ

 勇者たちにとって初となる実戦、魔の森への遠征第一日目の日程は無事終了した。

 現在は生産職の勇者や同行していた従者たちによって作られた夕食を食べ終え、用意されたテントへで自由時間となっている。ちなみにテントは寮での部屋ごとで使うことになっている。


 中位以上の騎士たちに連れられ、森の中のゴブリン共を倒してきた勇者たちは、皆酷く疲れた顔をしていた。

 怪我を負った者は少なかったが、勇者たちの疲労は酷い。それに皆身体ではなく精神の方が消耗している様子だった。真っ青な顔でふらふらと歩く女子や、時折自分の手のひらを見ては苦しそうな顔をする男子。


 特にそれが強く見られたのは、魔法職などの遠距離タイプではなく剣士などの接近戦タイプの生徒たちだ。

 中には元気な様子で楽しそうに話す者もいた。明らかに少数派ではあるが、王国側が求めているのはそういった様子の勇者なのだ。

 たかがゴブリンを倒したくらいでメンタルがやられる様では話にならない。あんなのでは魔族軍と争う時には「俺には無理だ」とか言って逃げ出してしまうだろう。

 魔物ごとき、いくら殺そうと顔色を変えないくらいが理想だ。いや、もっと人型に近い魔物でも平気なら尚いい。


 ジュランデール王国騎士団副団長を務める、上位騎士リリエンタは勇者たちの泊まるテント周囲を歩きながらそんなことを考えていた。

 勇者たちの護衛という名の監視である。平和な世界の平和な国からやってきた平和ボケした学生たちは、人を疑うということを知らないようだった。

 魔王を倒せば元の世界に帰れる? そんなことなんの確証もない。大体魔王が賢者の石を持っているなどというのも御伽噺のような信憑性の欠片もない伝承だ。

 それに賢者の石が願いを叶える遺物だというのが本当なら、このがめつい国は勇者たちに使わせる筈もなく、自分たちの欲望を満たすためだけに使うのだろう。どうせ何か適当なことでも言って巻き上げるに違いない。


 リリエンタはぼんやりと光を放つ一つのテントを見つめながら、ほう、とため息をついた。

 それこそ初めは異世界から来た平民だというのに調子に乗る下賤な者共だというのが召喚された勇者たちへの印象だった。

 しかし、今日の討伐で同行することになったパーティにいたマカベとかいう男は悪くない。自分たちはあくまで養われている側だという事実を理解した上で、伯爵令嬢で上位騎士となった自分に対しあまりへり下った態度を取らなかった。

 もちろん最初のうちは「なんという無礼者だ。これだから異界の猿は」と思っていたリリエンタだったが、


『これから先、俺たちは同じ戦場で戦う仲間なんだろう? なら、言葉や態度で距離を置きすぎるのは良くない。いい同僚ってのは、立場が違おうが一つになれる人たちのことを言うんだよ。……それに、俺の職業は『勇者』だから。自然と俺たち召喚者の代表みたいな立場になるんだ。そんな俺が一王国の副騎士団長にへり下ってたら、他の奴らに「所詮勇者はそんな存在だ」ってナメられちゃうだろ?』


 だから俺は君と対等でいたい。そう言うマカベに、リリエンタは目が覚めたような心地になった。この男は、他の奴らとは何か違う。自分たちは特別なのだと思い込んでいる馬鹿な連中とは違って、平民なりに周りから特別だと認識させる為の努力をしている。

 今まで、自分の周りには己の地位や親の威厳にたかを括り、馬鹿な真似をする馬鹿な男共しかいなかった。けれどこの男は違う。マカベは違う。

 箱入り娘として育ち、騎士団に入ってからは爵位のことか腕を磨くことしか考えていない男連中の中で過ごしてきたリリエンタにとって、現代の高校でカーストトップに立つカリスマ系男子というのは見たことのない部類の異性だった。

 そんなリリエンタが、元の世界からモテモテだった真壁に落ちるのは当然のことだったのかもしれない。





 少しばかりテント群から離れたところに流れる小川の近くを歩いていた時、川辺の岩陰に腰掛ける人影が見えた。


「……ははっ、流石にこたえるなぁ……」


 今リリエンタが想っていたその人、真壁悠人である。リリエンタは音を立てないよう気をつけつつ、慌てて近くの木の影に隠れた。

 リリエンタは見つからないよう気を配りつつ、そっと真壁の方に耳を澄ませる。


「魔物なんて、これからいっぱい倒すことになるんだ。これくらいでへこんでちゃ、やっていけない。……そんなこと、俺だって分かってるよ。でもさ、俺たちは高校生だぜ? 何の変哲もない、ただの学生だ。そんな俺が、急に生き物の命を奪うなんてこと、平然と出来るわけないだろっ」


 誰もいない空間に訴える様に叫んだ真壁は、強く拳を握りしめていた。ここからは見えないが、きっと目には涙を滲ませていることだろう。

 落ち着かせる様に息を吐き出した真壁は、後ろの岩に背を預けた。星々の輝く空を見上げながら、自分の手を翳す。

 その手は、先ほどからずっと小刻みに震えていた。


「くそッ」


 力強く岩に拳を叩きつける。パラリ、砕けた岩から小さな石が溢れていく。

 これまで苦しんでいる素振りなど全く見せていなかった真壁の辛そうな姿に、誰にも知られたくなかったのだとリリエンタは悟る。これ以上見てはいけない、リリエンタは足早にその場を去った。

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