17 初戦闘


「せあぁぁぁっ」

「グギャッ」


 頭上から飛びかかってきたゴブリンの腹部めがけて一撃。橋本が振り抜いた剣がゴブリンの腹に横一線の傷をつけた。短く悲鳴を上げたゴブリンは軽く飛び退き後退する。


「ふっ」

「ギギャァァァッッ」


 草むらから飛び出してきたゴブリンは、レリウスの一閃で右腕を斬り落とされ大きく声を上げた。

 一歩下がって、それぞれの武器を構え直す。ゴブリンは五体。先ほどレリウスが話していた通りだ。


「補助かけっぞ。《筋力増強》《俊敏上昇》《耐久硬化》」


 菱川がすぐに剣士二人に基礎値上昇の魔法をかけた。菱川の杖から召喚時の魔法陣のような光る文字の輪が現れた。


「こちらは散らないように、一体ずつ相手取りましょう」


 武器を鞘に収めたレリウスが、振り返らずに言う。雪たち後衛は頷いたが、今さっき攻撃に成功した橋本は勝てると確信したようだ。


「んなのいいって!」


 レリウスの言葉を無視して、橋本が飛び出し、右手を失ったゴブリンに斬りかかった。


「ギッ!?」


 驚きの声をあげて振りかぶられた直剣を見上げたゴブリンが、頭から真っ二つに裂ける。血飛沫が飛び散り、汐野が悲鳴を上げた。気の弱い彼女には恐ろしい光景だったようだ。


「橋本ッ」


 菱川が焦った声をあげる。

 ゴブリンの体から剣を引き抜き、「ほらみろ」と言わんばかりの顔でこちらを振り返った橋本の体が、横から与えられた衝撃によって軽くふっ飛んだ。


「ガハッ」


 橋本が立っていた場所のすぐ横には、大きな棍棒を振り切った体勢のゴブリン。一体倒して油断していた橋本の隙をついてフルスイングしたのだ。

 吹き飛んだ先の幹で背中を強打したのか、橋本は起き上がらない。地面にぐったりと横たわり、掠れた呼吸を繰り返している。


「汐野さんっ」

「す、すぐに回復します!」


 急かすような雪の声にハッとし、汐野は慌てて橋本に駆け寄った。両手を重ねて前に翳し、目を瞑って呪文を唱える。


「光よ、神聖なる光よ、彼者の傷を癒したまえ《ヒール》!」


 眩い白い光が橋本の体を包み込み、傷を癒していく。あちこちにできた擦り傷が少しずつ色を薄め、消えていった。


「だから言ったんです、よっ」


 汐野が回復魔法をかけているのを横目で見ていたレリウスは、呆れたように呟いた。柄に添えられた右手が、一瞬ブレる。


「グギャギャギャギャ、グギャギャギャギャギャギャ、ギャッ」


 木に激突して動かない橋本を嘲笑っていたゴブリンの声がぴたりと止んだ。カチリ、とレリウスの手元で音がした。ずるりとズレたゴブリンの首が地面を転がり、切断面から血飛沫が上がる。


「水よ、凍てつき水よ、彼者を貫け《氷塊弾アイスショット》!」


 雪の周囲に浮かび上がった三つの魔法陣から、氷の塊が幾つも射出され、二体のゴブリンに被弾した。


「グギャアアアッ」

「ギギャギャギャツ」


 雪の魔法が命中したのを確認したレリウスが、最後の一体に向けて右の手のひらを翳す。


「《火炎弾フレイムショット》」


 全弾命中したゴブリンは苦しげな声を上げながら、炎に身を包まれて崩れ落ちた。




「怪我は」


 振り返ったレリウスに冷静な声で聞かれ、雪はすぐに首を振った。そうですか、と短く答えたレリウスは早足で汐野たちの方へ向かった。


「お二人とも、怪我は?」

「あっ、レリウスさん。俺は大丈夫です。汐野は?」

「わ、私も大丈夫です。ただ、橋本さんが……」


 汐野の視線に合わせて、雪たちの目も下に向く。木の根本にもたれ掛かる橋本の服は、かなりボロボロになっていた。顔色は悪く、口から掠れた音を出している。

 その裂け目から見える右腹部の青黒い痣。あのゴブリンに殴られた箇所だろう。


「折れてるな。ヒール以上の回復魔法は?」

「ま、まだ覚えられてなくて……すみません」


 痕を見てすぐに判断したレリウスに聞かれ、汐野は歯痒そうに首を振った。

 擦り傷などの細かい怪我は治せたようだが、骨折と言った重症にあたる怪我はまだ治せないらしい。


「あ、あの。レリウスさんって魔法も使えるんですよね。治せませんか?」


 先ほどの「火炎弾」を見ていた菱川が言う。「火炎弾」は雪の使った「氷塊弾」と同じくかなり高位の魔法だ。そんな技をスキル化しているレリウスならいけるのではないかと思ったのだろう。


「いえ、私に回復系の適性はありません」

「そんな……」


 はっきりと言い切ったレリウスに、汐野たちの顔が青くなる。どうしたらいいんだと頭を抱える二人に、手を上げた雪が提案した。


「テントの方に運びましょう。あそこには神官さんがいらっしゃるはずです」

「そ、そうだな」


 力の籠った提案に、菱川はその手があったかと力強く頷いた。それを聞いてすぐに屈んだレリウスが橋本の腕を肩に回し、立たせる。


「私が運びましょう。方向はわかりますか?」

「はい、大丈夫です」


 意識のない橋本をレリウスが背負い、道を覚えている雪が先頭になって歩き出した。

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