16 魔の森
翌日。雪たち生徒は生い茂る木々の前に立っていた。
「さて、勇者諸君! 準備はいいかね?! これより我々は魔物の蔓延る魔の森へと入っていく! その名の通り、この森には大量の魔物が生息している! 時に森を出て人々を襲い、時に迷い込んだ人間を襲う! 我々王国騎士はそんな魔物を度々間引き! 森から出てこないようにしているのだ! 今日は君たちにもこれに加わってもらう! 実践訓練だと思ってくれたまえ! 上位騎士とやり合える君たちなら何の問題もない! 出発は十分後だ! それまで休憩!」
朝の九時過ぎに王城を出発し、二時間ほど歩いてきたのでかなり体力を消耗している。生徒たちは言われてすぐその場に座り込み、どっと息を吐く。
騎士たちは荷物の整理をしたり、武器の確認を行っている。ここまで荷物を運んできた馬から積み荷を下ろし、何も乗せていなかった馬へと積み替える。
教師陣は指揮官のテントへ呼ばれ、今回の作戦に関する概要を聞いている。
この日行われるのは、数が増えると食料や床を求めて森から出てきてしまう魔物、ゴブリンの間引きだ。
ゴブリンというのは、凶暴性が高く、人間を見るとすぐに襲ってくる知能の低い魔物だ。繁殖能力が高く、放っておくと一ヶ月で倍以上の数に膨れ上がる。そうなると森を出て近くの村々を襲いに来るのだ。
そうなる前に中規模な遠征で討伐隊を寄こし、その数を強制的に減らすのである。
本来こういった仕事は冒険者と呼ばれる魔物の討伐を職とする者たちによって行われるのだが、この国では冒険者の立ち入りを禁じているため、わざわざ騎士たちが出向かなくてはならないのだ。
ちなみに騎士たちはこの事を快く思っていないらしく、冒険者を追い出した今代の国王にはそれなりの不満が溜まっているようだ。
荷下ろしを手伝いながらそんな話を聞いていた雪は、やっぱこの国そろそろ倒れるなと予測を確かなものにしていた。
「中位騎士のレリウスです。本日は皆さんの案内を担当させていただきます」
踵を合わせ、胸に拳を当ててそう言ったのは、今日雪たちの案内をしてくれるというオレンジ色の髪の青年騎士だ。
「よろしくお願いします。僕は紺野です」
「あたしは橋本」
「俺は菱川」
「わ、私は汐野です」
今日のメンバーは、騎士団側が遠近や実力を鑑みてちょうどいいバランスになるよう考えられたものだ。
橋本は剣士、菱川は支援系の魔法師で汐野は回復職。そして雪は攻守ともにこなせる魔法師だ。
ちなみに雪が元の世界で繋がりがあるのは、柏木と仲の良かった菱川と去年同じ図書委員だった汐野だ。橋本の名前と顔は知っているが話したことはない。
「それでは、早速ですが出発しましょう。我々が向かうのは北東の方角です」
レリウスはそれだけ言うと、すぐに踵を返して森に入っていった。
「何あいつ、感じ悪いんですけど」
ボソリとそう吐き捨て、橋本は腰に差した剣の柄に触れてからレリウスを追いかけた。
「あー、まあ無理しねぇようにな」
「はっ、はい!」
その後に菱川と汐野が続き、最後を右手の杖をくるりと回した雪が歩いていく。
「ゴブリンは人を見るとすぐに襲いかかってくるので、警戒は怠らないでください。皆さんは強いですが、不意打ちで食う傷は思ったよりも深くなります」
淡々と話しながらどんどん奥へと進んでいくレリウス。顔にかかりそうな枝は切り払ってくれている辺り、根は優しい人間なのだろう。声に出ないだけで。
「ゴブリンっていやぁ、ゲームでも定番だよな。大体最初に戦う雑魚だけど、この世界じゃ違うのか? っと、違うんですか?」
よくあるRPGを思い描いているのか、左上を見ながら菱川が尋ねる。確かに日本でのゴブリンといえば緑の肌に醜い顔の小人、基本的に序盤に出てくる雑魚モンスターだ。
「……まあ、そこまで強敵では無いですね。冒険者の間でも比較的低ランクの者が相手にする魔物ですし」
「じゃあ──」
余裕なんじゃね? と言いかけた菱川の言葉を遮って、レリウスは続ける。
「けれどそれはあくまで冒険者間での話です。皆さんのイメージする冒険者が一体どんなものかは知りませんが、国王陛下が考えているような下賤な金にうるさい連中ではありません。一番ランクの低いEランクの者でも王国兵士くらい余裕で伸せますし、Bランク辺りなら上級騎士相手でも余裕を持って相手取れますよ」
つらつらと述べながらレリウスは歩いていく。足元に現れた緑色のドロドロした何かは、上から一突きにされ、ピギュッという奇声をあげて動かなくなった。
「ゴブリンは人型で、知能が低いといっても獣よりは考えます。その辺の狼を狩れるくらいで調子に乗っている狩人くらいなら一対一でも楽勝ですね。しかも大体は群れで移動しますから、三から五体を一度に相手にすると思っていてください」
レリウスの言葉に菱川と汐野が顔を見合わせる。思っていたよりも大変そうだとでも思っているのだろうか。
そんな二人を見ていると、左前方から何か嫌な気配がしてきた。雪が杖を持つ手に力を込め、同じく何かを感じた橋本が剣を抜いた。
次の瞬間、上の木や腰ほどの高さはある草陰から小さな人影が飛び出してきた。
「ギャギャギャァァッ」
「グギャギャギャッ」
緑の肌に醜悪な顔。手には歯の欠けたナイフや棍棒。今回の標的、ゴブリンである。
「──ああ、噂をすれば、ですね」
レリウスは静かにそう呟き、腰の武器に手をかけた。
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