15 二日目の夜
それから全属性の初級魔法を教わり、今日はこれで解散となった。そのまま流れのままに食堂で夕食を取り、風呂にも入って、ようやく寮の自室へと戻ってくることができた。
「つ、疲れた……」
部屋に入るなり、雪はドアに背中を預けて長い長い息を吐き出した。
「おかえり雪、何もなかったか」
「あー、うん」
真っ先に声を掛けてきた貴史に適当に返しながら、一番近い仁のベッドに腰掛ける。貴史の顔が酷い事になった気がするが気のせいだろう。こういう時だけ表情豊かなんだよな。
「お疲れ〜。結局晩飯も風呂も一緒してるじゃん」
ガムを膨らませたまま笑うという器用な真似をする亮。一体どうやって喋っているんだろうか。かなり気になる。
「おー、お疲れさん。プリンあるけど食う?」
「んー、食う」
キッチン横にある冷蔵庫のような魔道具を開けた仁が、肩越しに振り返って聞いてきた。いつの間に作っていたのか雪は知らないが、今朝か昨日の朝だろう。
音符を飛ばしながらカップを受け取り、差し出されたスプーンも持つ。知らずうちに頬が緩み、かなりだらしない顔をしながら一口食べる。
「ん〜、うまい」
「それはよかった」
真顔でほっと息を吐いたのは、人でも殺しそうな顔で仁を見ていた貴史だった。意外に思うだろうがこのプリン、作ったのは貴史である。
仁が料理上手なのも驚きだと思うが、貴史もこんな能面みたいな顔で菓子作りが趣味なのだ。きっと学校の連中は想像だにしないだろう。
「……それは?」
プリンの半分を食べ終え、さっきからチラチラと視界に映っていた屍について聞いてみた。ベッドに倒れるようにうつ伏せになり、魂を半分吐き出した状態で動かない。
「あー、風呂から上がってきて「……ぐっばい」って言い残して死んだ」
「重かったんだぞコイツ」
「廣瀬にしては頑張った方だろう。こいつの体力のなさは折り紙つきだ」
どうやら風呂に入った時点で完全に力尽きたようだ。なんとか風呂からは上がってそのまま
そして運び役はやはり仁だったようだ。疲れた顔で恨めしげに廉を見ている。
「まあ半分くらいでぶっ倒れてたからな」
「倒れるまで頑張った点は評価してあげよう」
「まあ、廉にしては根性見せたか」
午前中の走り込み、廉は全体の半分あたりでぶっ倒れた。体育では基本的にサボタージュに走る廉だったが、今日は遅いながらも必死に走っていた。体力のなさが雪たちの足を引っ張ると分かっていたのだろう。
普段と比べてかなり頑張っていた廉に分かりにくいながらも称賛の声が掛けられる。当の本人は完全に意識がないので聴こえていないのだが。
「今日は甘味をとる余裕もなかったようだ」
「「「マジか」」」
まあ頑張ったかなといった雰囲気だった三人は、貴史からもたらされた情報に考えを改めた。あの廣瀬廉が、菓子も食べずに半日を過ごすなんて普段からは考えられないことだ。
三人の空気は「まあ頑張ったかな」から「めっちゃ頑張っとるやん」に変化した。関東人なのだが。
「そういえばさ、暫くここで過ごすって言ってたけど、大体どれくらいのつもりなの?」
ふと、仁とどうでもいい会話をしていた亮が思い出したように呟いた。失敗した時のためにシンクで魔法で生み出した水の操作を練習していた雪が答える。
「まあ、この世界の情報をあらかた掴んで、魔法を大体習得して、武器の扱いも有る程度教わったら、だな」
「んー、まあそんなもんかぁ」
「結構時間かかりそうだよな。半年くらいいるんじゃね?」
そんな長い間ここで暮らせるのか? と首を傾げている仁に、亮と貴史は顔を見合わせた。
仁が言っているのは王国側が半年も衣食住を保障してくれるのか、ということではない。自分たちがこんな環境で半年も耐えられるのか? という意味だ。
「……無理じゃね」
「無理だろう」
「……大丈夫だろ。今のところストレスは特にねぇし」
心配そうな顔をする三人に、雪はわずかに言葉を詰まらせながらもそう言い切った。
それから二週間。勇者たちはハイペースな訓練をこなし、王国の上位騎士たちとも渡り合えるまでに成長した。
中庭では狭いだろうと用意された寮の外にある訓練場で各々鍛錬に励む生徒たち。支給された西洋風の剣を振る生徒もいれば、バスケットボールほどの火の玉を飛ばしている生徒もいる。
とても平凡な高校生だったとは思えない動きを見せる彼らを眺めていたスキンヘッドの大男、ゲルウェードは満足気に頷き、よく響く大声を張り上げた。
「集合!」
だだっ広い訓練場全体に響き渡った号令に、いつの間にか慣れていた生徒たちは駆け足でゲルウェードの元に集まった。
数十秒で集合した生徒たちを見回し、ゲルウェードはゆっくりと口を開いた。
「諸君! 君たちの実力は十分に伸びた! そこで! 明日より城の裏にある魔の森へ、実践訓練も兼ねた遠征を行う! 必要な物資はこちらで用意する! 君たちはその心積もりをしておいてくれ! 魔物と戦う心積りを!」
ゲルウェードはその頭と白い歯を光らせ、ニッカリと笑った。
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