13 生活魔法
「皆さんマナの扱い方は大体分かっていただけたようですね。流石は勇者です。普通は一週間くらいかかるのですが、たった一時間で習得されるとは」
リクラットの言う通り、担任を含めた全員がものの一時間でマナの扱い方を覚えた。体内のマナだけでなく、体の外、空気中に存在するマナも思うように動かすことができるようになった。
雪には空気中に漂う靄が自分たちの意思の通りに動いているのが見えていた。なんとも便利な能力である。
「では、いよいよ魔法の訓練に移っていきましょう」
ワッと、食堂の空気が湧き上がる。マナの扱いを覚えるというのは、正直言って地味だ。何も見えないし、自分の内側にあるものを弄るというのはあまり楽しくない。
けれど魔法となれば誰だってテンションが上がるものだ。魔法なんて子供の頃の憧れの象徴ではないか。
雪も少しだけテンションを上げていた。周りからはあまり変わらないように見えるが。
「最初は、魔法全てのスタート。この世界の住人が子供の頃に覚える生活魔法からいきましょうか。まずは火属性。《着火》」
立てられた人差し指に、蝋燭くらいの火が灯る。どこからか取り出した紙に火が燃え移り、あっという間に燃え尽きた。
「これは焚き火なんかに火を付ける時に使われる生活魔法です。生活魔法というのは、庶民たちが生活する上で利用している魔法全般を指します。大抵は着火、飲水、乾燥、清潔の四つのことですね。どれも簡単ですから、すぐに出来ますよ。さあ、皆さんも体内のマナを感じつつ小さな火をイメージして唱えてみてください。火よ、暖かな火よ、我が手に灯れ《着火》」
「「火よ、暖かな火よ、我が手に灯れ《着火》」」
リクラットに続いて、全員で声を揃える。体内のマナが光を強めたかと思うと、立てた人差し指に小さな火が灯った。
「うわっ」
「スッゲェ!」
「ほ、ほんとに出来たぁ!」
「う、うおぉぉぉ」
食堂内が一気に騒がしくなる。
かくいう雪も初めて自分で行った魔法という超常現象に、テンションを爆上げしていた。と言っても雪の場合はすごいという単純な感情ではなく、なんでどうしてどういう理論でという興味が湧いている状態だ。
以前陰陽術を題材にした漫画を読んだ時も、同じような知識欲が沸き上がり、そういった専門書や文献を読み漁ったものだ。きっとこれから様々な古書を読み漁ることになるだろう。
「さあ次は飲める綺麗な水をイメージしてください。いきますよ? 水よ、清廉な水よ、我が手に集え《飲水》」
とぷん、と空中に水の塊が浮き上がった。表面張力が働いているのか、かろうじて球体を保っている。
ど、どうなってんだこれ!? なんで浮いてんだよ、重力とかないのか? いや、俺らが立ってる時点で重力はある。じゃなくて、なんで浮いてんの!??
指を動かせば、それに倣って水の玉も右に左に移動する。これもまた謎だ。
ん? よくよく見てみれば、指先に繋がるうっすらとした細い糸のような光が水を包んでいる。もしかして、これが球体を保って動かしているのか?
試しに糸よ消えろと念じてみる。
すると、ふよふよと浮いていた水が重力に従って地面にぶちまけられた。
「わっ」
水を動かして遊んでいた生徒たちが、何事だと雪の方を見る。リクラットも目を丸くしてこちらを見ていた。
「あらあら、集中力が切れちゃったのかしら。あまり違うことを考えると魔法は解除されてしまいますから気をつけて下さいね」
ふふっと笑ったリクラットに続いて、生徒たちもどっと笑い出した。
雪は顔を赤くして、恥ずかしそうに下を向いている。
クッッソ! 誰もいないところでやるべきだった! こんなくだらない理由で目立つとか! マジで! ねぇわっ!!
その後も「乾燥」と「清潔」を試行し、全員が成功させることができた。
「皆さん、スキル欄をご覧になって下さい。「生活魔法」というスキルが追加されている筈ですわ。これで詠唱を唱えることなく、行使することができるようになりました」
言われるがままにステータスを開き、スキルの欄を確認する。
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スキル
生活魔法New・火魔法LV10・水魔法LV10・土魔法LV10・風魔法LV10・光魔法LV10・魔法耐性LV5・魔力回復LV5・魔力操作LV5・気配察知・魔力感知・成長補正・言語理解
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なるほど。確かに増えている。これで今後はあの謎の詠唱を唱えなくても最後の二言で行使できるってわけか。楽でいいな。
「次は、いよいよ実践系の魔法をやってみましょうか」
リクラットの言葉にまた生徒たちのテンションが上がる。ここでは危ないので中庭に移動しましょうと言うリクラットたちに続いて、ぞろぞろと食堂を出る。
「雪、さっき何考えてたんだ?」
少し笑いを滲ませた真壁が小声で聞いてきた。さっきというのは「飲水」の水球が弾けた時のことだろう。
ふむ、なんと答えようか。適当に誤魔化すか? いや、今回のことは別に話したところでなんの問題もないな。
「……なんで重力はあるのに浮いてるのかなぁって考えてたら、マナが乱れちゃったみたい。うー、恥ずかしい」
両手で顔を覆って俯く。その答えに目を瞬かせた真壁は、明るく笑ったかと思えば心配そうな顔で下から覗き込んできた。
「あはははっ、また難しいこと考えてたんだな。でも暴発とかあったら怖いし、次からは集中しろよ?」
「うん。気をつけるね」
もうしねぇよ。俺をなんだと思ってやがんだコイツは。
ああ、勉強できるくせにどこか抜けてる守ってあげなきゃ小動物だったな。自分でそう仕向けてたんだったわ。
離れていく真壁の背中を眺めながら、雪はまたため息をついた。
もうちょっとマシなキャラにしとけばよかった。いや、あれが一番我儘が通るんだよ。上目遣いと涙目に弱いからな。
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